同じ木が、花と実に分かれる——若冲・高鳳翰・ヴァライエ=コステルほか九点
九点のうち、花として描かれた四点はすべて東アジアの作、実として描かれた四点はすべて西洋の作だった。例外は一点もない。花のときは葉がなく、実のときは葉がある。選ばれているのは季節のほうである。花の四点には葉がなく、実の四点にはすべて葉がある。

満月の前に、白い花が浮かぶ
縦長の絹の画面である。
140.7×79.4センチある。
地は暗い灰色に沈んでいる。
その上部に、大きな円がある。
輪郭線はなく、まわりの墨を薄くすることで円が現れている。
月である。
月の手前を、枝が横切っている。
枝は太く、途中で鋭く曲がる。
曲がり角では、枝が二つに分かれる。
樹皮は濃い墨で、ざらついた質感が出ている。
その枝の先に、花が咲いている。
花びらは白く、輪郭線だけで描かれている。
内側は塗られず、絹の地が透ける。
一つの花に、五枚の花びらがある。
中心から、細い蕊が数本伸びる。
花は枝の上に、点々と付いている。
葉は一枚もない。

館の札は「花」と「木」の二つである。
つまり館は、この画面を花と木の絵として登録している。
葉がないのは、この木が葉より先に花を付けるからである。
冬の終わりに、裸の枝から花が開く。
だから枝の黒と、花の白の対比だけで画面が成り立つ。
月も白い。
しかし月は輪郭を持たず、花は輪郭だけを持っている。
同じ白が、二通りの作り方で置かれている。
そして絹という支持体も効いている。
絹は紙より墨を吸わない。
だから墨は表面にとどまり、にじみが少ない。
枝の樹皮のざらつきは、そのとどまった墨で作られている。
一方、月のまわりの薄い墨は、広く均一に刷かれている。
同じ絹の上で、濃い墨と薄い墨が別々の役をしている。
表装まで含めれば、全体は259センチになる。
床の間に掛ければ、月は見る人の頭より高い位置に来る。
見上げる形で、花と月が並ぶことになる。
同じ語が、花と実に分かれる
この一幅を出発点に、梅と李の絵を九点数えていく。
東アジアで梅といえば、まず花である。
寒さの中で最初に咲くので、節操のしるしとされてきた。
一方、西洋で同じ木の仲間を指す語は、まず実を意味する。
食べる果物としての実である。
つまり同じ植物の仲間が、土地によって花と実に分かれている。
先に言ってしまうと、九点のうち、花として描かれているのは四点である。
四点では、実として描かれている。
そして一点では、木は道具の材になっている。
前の回で竹が書の手つきのまま描けることを見た。
梅の枝も、同じ筆で描ける。
しかし実のほうは、筆ではなく絵の具の厚みで描かれる。
線で描けるものと、面で描くしかないもの。
その差は、道具の差でもある。
墨と筆は輪郭を得意とし、油の絵の具は表面の光を得意とする。
同じ木を、別の道具で見ているとも言える。
枝の上で、烏が鳴く
二点目は、木版である。

横長の画面である。
右上に、大きな円がある。
薄い黄色で刷られている。
月である。
その手前を、太い枝が斜めに横切る。
枝は黒く、樹皮の質感が線で刻まれている。
枝の途中から、細い枝が上下へ分かれる。
細い枝には、白い花が点々と付く。
そして枝の上に、烏が二羽とまっている。
一羽はくちばしを開き、上を向いている。
もう一羽は体を丸め、下を向く。
羽は真っ黒で、輪郭がほとんど背景に溶ける。
画面の左には、文字が縦に書かれている。
館の記録には、その詩の訳が載っている。
梅は、鳴き騒ぐ姿に寄り添う。
その香りが羽を襲う。
月の光の中の枝の美しい影が、書斎の帳へ這い上がる。
私の家に宿った二羽の烏が鳴き、飛び立とうとする。
夜更けの明るい月の下で。
館の記録は、その詩をそう訳している。
つまりこの一枚では、花は香りとして詩に入っている。
見えるのは形だけで、香りは文字の側にある。
烏の黒も見ておきたい。
版画で黒を出すには、墨の版を厚く刷る。
しかし背景も暗いので、烏の輪郭は溶けやすい。
そこで作者は、くちばしと足だけを明るく残している。
黄色いくちばしと、細い足。
その二つが、黒い塊を鳥にしている。
そして白い花は、彫り残しではなく、刷らずに残した部分である。
紙の白が、そのまま花びらになる。
花と月と、烏の目だけが白い。
巻子の前半に、梅が咲く
三点目は、横に長い巻子である。

高さ26センチ、長さ96.2センチの図である。
表装を含めると、全体は5メートルを超える。
右から見ていくと、まず枝が現れる。
枝は下から斜めに立ち上がり、右へ折れる。
墨は濃く、かすれている。
筆が紙の上を速く走った跡が残る。
その枝に、花が付いている。
輪郭は丸く、しかし整っていない。
線が二重になったり、途切れたりする。
さらに巻を進めると、別の花が現れる。
こちらは花びらが幾重にも重なる。
牡丹である。
館の記録では、作者はある町に住んだ画家たちの一人である。
型にはまらない作風と暮らしで知られた一群だった。
そして、中国でもっとも愛される二つの花を満開で描いている。
前半が寒さの中の美しさ、つまり梅。
後半が花の王、つまり牡丹である。
館の記録は、そう説明している。
さらに重要な一行が続く。
この巻が描かれた年は、作者が南を離れて故郷へ帰ると決めた年だった。
だからこれは別れの品だったのだろうという。
そして、そのくだけた筆づかいは、当時の心身の苦しみを示すのかもしれない。
作者は数年前に右手を痛め、左手で描くようになった。
そのことが、それまでにない粗さと風変わりな作風をもたらしたと記録は読む。
つまりこの梅の線の乱れは、左手の線である。
巻子という形も、この作品の見方を決めている。
巻いて仕舞い、少しずつ開いて見る。
一度に全体を見ることはできない。
右から左へ、梅から牡丹へと順に現れる。
つまり二つの花は、同時にではなく、時間の順に見られる。
寒さの花から、豊かさの花へ。
別れの品として渡すなら、その順序にも意味があるだろう。
もっとも、それは記録に書かれていない。
書かれているのは、二つの花の意味と、制作の年の事情である。