蝶は、どこにも止まらない——窪俊満・エーレト・コールテほか九点
鳥は枝に止まり、獣は地に立つ。蝶だけが支えなしに浮かんでいる。九点のうち六点で、蝶は余白や縁や頭の上にいた。止まった蝶は一匹もいない。残る三点では、蝶は花の名と金具の名と隣の一葉にいる。止まらないからこそ、どこにでも置くことができる。

紙の上に、蝶と蛾が五つ並ぶ
灰色がかった紙に、羽のある虫が五つ描かれている。
いちばん大きいのは、画面の左寄りにいる。
羽を広げ、真上から見た形で置かれている。
前の羽には、黒と白の市松のような模様が並ぶ。
後ろの羽は黄色で、縁が茶色く縁取られる。
胴は太く、短い毛が生えている。
触角は細く、先が丸い。
その右上に、小さな二匹が重なる。
どちらも褐色で、羽をたたんでいる。
中央には、黒い羽の一匹がいる。
羽の付け根に、赤い丸が二つ光る。
下のほうには、白っぽい一匹が羽を開く。
さらにその左に、褐色の一匹がいる。
五つとも、地面にも枝にも止まっていない。
紙の上に、直接置かれている。
画面の上には、細かい文字が縦に何行も書かれている。
右上に赤い印がある。

館の記録では、これは摺物と呼ばれる私家版の刷り物である。
詩を添えて配るために作られた。
画面は20×18.1センチしかない。
館の札は「蝶」の一語である。
しかし題には、蛾と蝶の両方が挙がっている。
つまり五つのうち、どれが蝶でどれが蛾かは、記録も分けていない。
分けずに並べることが、この一枚の作り方である。
背景を描かないので、五つは標本のように見える。
しかし影が付いているので、紙の上に載っているようにも見える。
摺物という形式も、この並べ方を許している。
売るための版画なら、売れる図柄にする必要がある。
私家版の刷り物は、注文した人の趣味で作られる。
だから虫を五つ並べるだけの図も成り立つ。
上部の文字は、その趣味の集まりが作った詩だろう。
館の記録は、詩の内容までは書いていない。
書かれているのは、これが摺物であることと、寸法だけである。
そして色は、薄く何度も摺り重ねられている。
黄も褐色も、透けるように置かれている。
厚く塗れば虫の軽さは消える。
摺りの手加減が、羽の薄さを作っている。
蝶は、どこに置かれるか
この一枚を出発点に、蝶の絵を九点数えていく。
蝶は、小さく、軽く、すぐ飛び去る。
だから絵の中では、たいてい何かの隅に置かれる。
花の上、果物のそば、余白の中。
主役になることは少ない。
先に言ってしまうと、九点のうち、蝶が主役なのは二点だけである。
四点では、蝶は画面の隅か縁にいる。
一点では花の名になり、一点では金具の名になり、一点では隣の紙にいる。
前の回で貝が姿を変えずに器になることを見た。
蝶は器にならない。
薄すぎて、何も入らないからである。
そのかわり、蝶は模様になる。
箱の蓋の隅に、蝶が一匹
二点目は、磁器の箱である。

白い磁器の箱である。
上から見ると、正方形に近い。
角は丸く落とされている。
蓋の表面はほとんど白いままである。
その一つの隅に、青い蝶が一匹描かれている。
羽を広げ、斜めに置かれている。
触角が二本、細く伸びる。
羽の模様は、濃い青の点で表されている。
蓋の縁には、青い線が断続して走る。
線は途中で切れ、また現れる。
側面にも、細かい花の文様がくり返される。
館の記録では、この箱は壁が厚く、持つと重い。
装飾は控えめで、蓋の一隅に蝶が一つだけ置かれている。
蓋の天板が側面へ曲がるところと、身と合わさるところに、青い線が引かれている。
底の中央には、作者の署名が青い四角の中に記されている。
館の記録は、そう書いている。
そして重要な一行が続く。
この箱は、古代の思想家に帰される有名な話を思い起こさせるためのものだという。
夢の中で蝶になった人の話である。
つまりこの蝶は、装飾であると同時に、話の引用でもある。
一隅に置かれているのは、控えめであることが引用の作法だからかもしれない。
ただし、それは記録に書かれていない。
そして館は、蓋と身の合わせ目についても書いている。
身の上の縁は、釉をかけずに残されている。
閉じたとき、蓋がしっかり掛かるようにするためだという。
つまり、見えない部分の作りまで考えられている。
蝶は蓋の隅にいて、開ければ見えなくなる。
箱を使う人は、蝶を見てから蓋を開ける。
夢の中で蝶になった話も、目覚めれば消える話である。
置き場所と話の内容が、うまく合っている。
植物図の脇に、蝶が三つ
三点目は、植物図である。

一枚の紙に、植物が一株描かれている。
茎は太く、左下から右上へ伸びる。
葉は大きく、掌のような形をしている。
葉脈が細かく描き分けられている。
茎の先には、花がいくつか開く。
花は白く、筒の形で、内側に赤い斑点が並ぶ。
その下には、実らしいものが下がる。
そして画面の右上と右下に、蝶がいる。
右上の一匹は羽を開き、白と褐色の縞が見える。
右下の一匹は羽をたたみ、黒い体を見せる。
さらに小さな一匹が、葉のあいだにいる。
紙の上には、細い字で文章が書かれている。
館の記録では、作者は十八世紀半ばの植物画の第一人者だった。
英国に落ち着き、貴族たちが教えを乞うたという。
そして館は、その仕事の性格を書いている。
見たものをそのまま真似することはしなかった。
しかし花の色や意匠への感覚に引きずられて、植物の構造の基本を外すこともなかった。
館の記録は、ある著者の言葉としてそう引いている。
つまり、絵と学問のあいだで釣り合いを取っている。
蝶は、その釣り合いの外側にいる。
構造を示す必要がないので、余白に置ける。
連作の題にも、稀種の植物と蝶とある。
蝶は、植物に添えられるものとして題に入っている。
手彩色という技法も見ておきたい。
版で刷るのは黒い線だけで、色は一枚ずつ筆で塗る。
だから同じ図でも、色は一枚ごとにわずかに違う。
葉の緑も、蝶の羽の褐色も、塗った人の手による。
学問の図でありながら、色は手仕事である。
館の記録は、その工程までは書いていない。
書かれているのは、手彩色のエングレーヴィングであることだけである。