作品を知る

同じ木が、花と実に分かれる——若冲・高鳳翰・ヴァライエ=コステルほか九点

茶入の面に、梅が散る

四点目は、小さな器である。

梅花文の茶入
青木木米《梅花文の茶入》1800年代初め。館の記録では、染付の磁器。全体は7.7×4.8センチ。番号は1989.265.1。クリーヴランド美術館蔵。青木木米《梅花文の茶入》クリーヴランド美術館蔵

たいへん小さな壺である。

高さ7.7センチ、径4.8センチしかない。

胴はまっすぐで、上がわずかにすぼまる。

白い磁器の地に、青い線で絵が描かれている。

枝が細く、胴を回るように伸びる。

その枝に、花が点々と付く。

花は小さく、丸い点として置かれている。

線は細く、迷いがない。

館の記録では、作者は料理屋の家に生まれた。

陶工であり、書家であり、画家であり、学者でもあった。

そして、後期の京の焼きものの三人の名手のひとりとされる。

中国の作例に倣った磁器を得意とし、煎茶のための道具を作った。

この茶入もその一つで、染付で飾られている。

底に署名がある。

さらに館は、付属についても書いている。

模様の入った絹の袋があり、器を美しく見せ、また守る。

外側の木箱の蓋には、作者が銘と絵を記したと書かれている。

蓋の内側には、前の持ち主の署名と印がある。

内側の箱の蓋にも作者の署名があり、その三面に中国のある湖の風景が描かれている。

館の記録は、そこまで書いている。

つまりこの小さな壺は、袋と二重の箱に包まれている。

梅の花は、いちばん内側にある。

そして箱の三面には、中国の湖の風景が描かれている。

つまり中身と外側で、主題が違う。

器には梅、箱には風景。

どちらも作者の手による。

煎茶の道具は、飾って眺めるものでもあった。

箱ごと出して、蓋の絵を見せることもできる。

九点のうち、包みまで作品の一部になっているのは、この一点だけである。

高さ7.7センチという小ささも、その扱いに合っている。

小さいほど、包みの厚みが相対的に増す。

ここから、実としての四点

五点目からは、同じ語が実を指す。

プラムの籠
アンヌ・ヴァライエ=コステル《プラムの籠》1769年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで38×46.2センチ。番号は1971.47。クリーヴランド美術館蔵。アンヌ・ヴァライエ=コステル《プラムの籠》クリーヴランド美術館蔵

横長の小さな画面である。

背景は深い茶色で、暗い。

中央に、浅い籠が置かれている。

籠は細い枝を編んで作られている。

その中に、丸い実が盛り上がっている。

色は赤紫で、表面に白い粉がふいている。

一つずつの実に、光の点が入る。

籠の手前には、実がいくつか転がる。

その隣に、緑の苔がある。

右には、紙に包まれた菓子が置かれている。

左には、水の入ったガラスの器がある。

水面に光が反射している。

館の記録では、この時期に果物の静物はたいへん流行した。

そして、実を盛った籠はよく使われる主題だったという。

この絵では、細部、とくに実と籠が、深い影から現れる。

色は鮮やかな赤と菫色で、生えている苔、ぱりっとした紙に包まれた菓子、そして水のガラスの輝きが、その場らしさを生んでいる。

館の記録は、そう読んでいる。

そして、この画家は対になる絵も描いたと付け加える。

桃を盛った皿と、桜桃の枝である。

つまりこの籠は、二枚のうちの一枚である。

実の表面の白い粉も見ておきたい。

熟した実には、白い粉のような膜が付く。

触れば取れてしまう、はかない膜である。

その膜を絵の具で描くのは難しい。

厚く塗れば汚れに見え、薄すぎれば消える。

この画面では、赤紫の上に灰色を薄くかすませて作られている。

そして光の点だけが、膜の上に置かれている。

触れていないことが、光の点で示されている。

林檎、洋梨、胡瓜、無花果、李、メロンのある静物
フェーデ・ガリツィア《林檎、洋梨、胡瓜、無花果、李、メロンのある静物》1625年から1630年ごろ。館の記録では、板に油彩。画面は35.3×59.1センチ。番号は2023.3.2。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。フェーデ・ガリツィア《林檎、洋梨、胡瓜、無花果、李、メロンのある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の小さな板絵である。

背景は暗く、上下に石の台がある。

台の上に、果物が横一列に並ぶ。

左には、大きな丸い果実がある。

表面に網目の筋が走る。

その隣に、緑の細長い実が二本置かれる。

中央には、白い皿がある。

皿の上に、小さな実がいくつも盛られている。

濃い紫の実が混じる。

右には、洋梨と林檎が並ぶ。

さらに右端に、割られた実がある。

断面に、細かい粒が見える。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

題には、六種類の果物の名が並ぶ。

その五番目に、李の名がある。

つまりこの画面では、李は六分の一である。

そして果物は、横一列に並べられている。

重ならないように、間隔を空けて置かれている。

つまりこれは、食卓の様子ではない。

一つずつを見せるための並べ方である。

背景を暗くし、台を水平に走らせる。

その上に、種類の違う実を等間隔に置く。

図版に近い作りだが、絵の具は厚く、影も落ちている。

学問の図と、飾る絵の中間にある。

図版の中で、実は品種ごとに並ぶ

七点目は、果樹の図版である。

李(ポモナ・ブリタニカより・第十七)
ジョージ・ブルックショー《李(ポモナ・ブリタニカより・第十七)》1806年。館の記録では、アクアチント。番号は1955.310。クリーヴランド美術館蔵。ジョージ・ブルックショー《李(ポモナ・ブリタニカより・第十七)》クリーヴランド美術館蔵

暗い背景の中に、枝が一本ある。

葉は幅広く、縁に細かい刻みがある。

その枝に、丸い実が付いている。

実は五つか六つある。

色はそれぞれ違う。

濃い紫、赤紫、黄緑、そして黄色。

同じ枝に、違う色の実が付いている。

これは実際の枝ではない。

品種の違いを一枚に並べるための、作られた枝である。

館の記録では、この本はある宮殿の庭で育てられた果物を図示している。

ロンドンの周辺でもっとも名高い庭だったという。

そして、英国で栽培されるもっとも美しい品種に捧げられた本である。

九十点ある図版の多くは、この一枚のように暗い背景を持つ。

館の記録は、そう書いている。

さらに、乾いた一行が添えられている。

この作者は、植物の図版を出す前は、彩色した家具の作り手として知られていた。

つまり果物の図版は、家具の職人の転身によって作られている。

アクアチントという技法も、この暗さに関わっている。

版に樹脂の粉をふり、腐食させて面を作る。

線ではなく、粒の集まりで灰色が作れる。

だから背景を一様に暗くできる。

そしてその暗さの上に、明るい実が浮かぶ。

同じ本の九十点が、みな同じ暗さを持つ。

品種は違っても、見せ方はそろえられている。

比べるためには、条件をそろえる必要があるからである。