美術史・技法

道は、五点で奥へ抜けていく——テリス・ピサロ・ハンマースホイほか九点

無題(小川と木々に沿う道のある風景)
エドワード・ミッチェル・バニスター《無題(小川と木々に沿う道のある風景)》制作年不詳。館の記録では、油彩・カンヴァス。27.7×35.6センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。エドワード・ミッチェル・バニスター《無題(小川と木々に沿う道のある風景)》スミソニアン協会蔵

三点目は、日本の屏風である。

六曲一隻で、画面は133.1×267.6センチ。

全体では136.5×271センチある。

九点のなかで、いちばん大きい。

地は金である。

その上に、緑と朱の丘が置かれる。

丘のあいだを、細い道が蛇行して奥へ延びる。

道は白っぽい灰色で、幅は狭い。

道の上に、二人の人物がいる。

一人は黒い衣で、荷を背負っている。

もう一人は青い衣で、笠をかぶる。

丘には、蔦らしい葉と、赤い実が描かれる。

左端に、丸い赤い印がある。

館の記述によれば、これは十世紀の物語の一場面である。

蔦の茂る峠で、旅の途中の人が僧に出会う。

そして、都にいるかつての恋人への手紙を託す。

そういう場面だという。

館は、その山の名が別の語と同じ音であることにも触れている。

蔦の細道図屏風
深江芦舟《蔦の細道図屏風》十八世紀。館の記録では、六曲一隻の屏風。金地の紙に墨と色。画面133.1×267.6センチ。全体136.5×271センチ。番号は1954.127。クリーヴランド美術館蔵。深江芦舟《蔦の細道図屏風》クリーヴランド美術館蔵

通りの名が、室内の題になる

語の外れに移りたい。

一点目は、二十世紀初めの油彩である。

額なしで50.5×56.2センチ。

画面は室内である。

正面に、白い両開きの窓がある。

窓から入った光が、床に長方形を作る。

その右に、白い扉がある。

扉にも光が当たり、明るい。

左のほうは暗い。

暗がりに、女性が一人立っている。

灰色の服で、こちらに顔を向けない。

手前には、白い布を掛けた机の角がある。

壁は灰色で、装飾はない。

館の記録の題は、ある通りの名と「陽光」である。

館の記述によれば、それは画家の住まいの住所である。

その部屋を、画家は何度も描いた。

つまり通りの名は、住所として題に入っている。

画面に通りは写っていない。

窓の外も、白く飛んでいて見えない。

ストランゲーゼ通り、陽光
ヴィルヘルム・ハンマースホイ《ストランゲーゼ通り、陽光》1906年頃。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで50.5×56.2センチ。番号は2023.38。クリーヴランド美術館蔵。ヴィルヘルム・ハンマースホイ《ストランゲーゼ通り、陽光》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、1920年の油彩である。

額なしで41×48.5センチ。

画面は、真上に近い角度から街を見下ろしている。

建物は、色の面として単純化されている。

桃色、白、灰、濃紺。

窓は、白い小さな四角が規則的に並ぶ。

輪郭線はほとんどない。

面と面の境で、色が切り替わる。

右下に、暗い帯が斜めに走る。

その上に、小さな四角がいくつか載る。

館の記録の題によれば、それが高架鉄道である。

通りの名は、その鉄道が走る道の名である。

館の記述によれば、この画面はある短編映画の一場面に基づく。

画家自身が写真家と共同で作った映画だという。

つまり、これは映画の画面を油彩に移したものである。

道は上から見ると、建物のあいだの隙間になる。

歩く場所には見えない。

チャーチ・ストリートの高架鉄道
チャールズ・シーラー《チャーチ・ストリートの高架鉄道》1920年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで41×48.5センチ。番号は1977.43。クリーヴランド美術館蔵。チャールズ・シーラー《チャーチ・ストリートの高架鉄道》クリーヴランド美術館蔵

綴りの偶然で、一点が混じった

三点目の外れは、少し事情が違う。

十九世紀のアメリカの油彩である。

154×128.3センチ。

九点のなかで、二番目に大きい。

画面の左に、細い木が数本立つ。

葉は上のほうにだけ付く。

その右に、開けた土地が広がる。

地面は暗く、水たまりらしい光がある。

奥には、低い丘が霞む。

空は白く、雲が厚い。

道は、はっきり描かれていない。

館の記録の題は、広く静かな谷、という。

道の語は入っていない。

ではなぜ集まったのか。

英語の題の最初の語に、道の語と同じ綴りが含まれていたからである。

広い、という語の中に、道の四文字がそのまま入る。

機械で語を探すと、こういう一致が起きる。

前後を確かめずに拾うと、まったく関係のない作品が混じる。

今回は、その一点を削らずに残した。

語で記録を引くことの限界を、そのまま示すためである。

広く静かな谷
アレクサンダー・ヘルウィグ・ワイアント《広く静かな谷》1880〜87年頃。館の記録では、油彩・カンヴァス。154×128.3センチ。番号は06.1306。メトロポリタン美術館蔵。アレクサンダー・ヘルウィグ・ワイアント《広く静かな谷》メトロポリタン美術館蔵

道の上の人は、たいてい小さい

道に人がいる四点で、人の大きさを見たい。

町の通りの一点では、人は画面の三分の一ほどの高さがある。

数えると、十数人いる。

顔の造作までは描かれていない。

写真の通りでは、人は画面の五分の一ほどである。

二人しか写っていない。

長い露光のあいだ、動かなかった二人である。

田舎の道の二点では、人はさらに小さい。

銅版画の人影は、爪の先ほどしかない。

屏風の二人は、もう少し大きい。

それでも、画面の高さの十分の一ほどである。

つまり、道の絵では人が小さく描かれる。

理由は、道の長さを見せたいからだろう。

人を大きく描くと、道が短く見える。

小さく描けば、その先の距離が伸びる。

例外は、街頭で歌う人を描いた油彩だった。

こちらは、人が画面いっぱいに描かれている。

その代わり、道は一切見えない。

人を大きくするか、道を長くするか。

一つの画面で、両方は成り立たない。

九点は、その選択の結果に分かれている。