美術史・技法

道は、五点で奥へ抜けていく——テリス・ピサロ・ハンマースホイほか九点

道は、どこで消えるか

道を描くとき、いちばん難しいのは終わりである。

道は画面の外へ続くので、どこかで切らねばならない。

九点で、道の消え方を見たい。

奥の霞に溶けて消えるのが、三点。

建物の陰に隠れて消えるのが、二点。

画面の縁で切れるのが、一点である。

霞に溶ける三点は、いずれも田舎の道だった。

遠くへ行くほど、色が薄くなる。

薄くなった先で、地面と空の区別がつかなくなる。

これは実際の見え方に近い。

遠くのものは、空気の層で霞む。

建物の陰に隠れる二点は、町の通りである。

通りは曲がっているか、突き当たりがある。

だから、必ずどこかで見えなくなる。

写真の通りでは、奥が白く飛んでいた。

光が強すぎて、階調が失われている。

これは写真特有の消え方である。

絵なら、霞ませることも、暗くすることもできる。

写真では、明るすぎる部分が白く抜ける。

同じ「奥が見えない」でも、理由が違う。

館の記録は、そこまで書かない。

技法の欄を読んで、こちらが推すしかない。

数え直す

九点を並べ直したい。

道や通りが描かれているのは、六点。

そのうち、町の通りが二点、田舎の道が四点である。

道の上に人がいるのは、四点。

道だけで人のいない画面は、二点だった。

道が画面を奥へ抜けていくのは、五点。

横に切る形は、一点しかない。

これは橋と対照的である。

橋は画面を横に切る形が多かった。

道は、奥へ向かう形が多い。

理由は用途の違いにある。

橋は渡すものだから、横から見せる。

道は進むものだから、進む向きに見せる。

道の絵は、縦にも横にもなる

判型を並べておきたい。

九点のうち、横長が五点、縦長が四点である。

町の通りを描いた二点は、いずれも縦長だった。

両側から建物が迫るので、画面も縦に細くなる。

田舎の道の四点は、三点が横長である。

横に開けた土地を見せるためだろう。

例外は、屏風の一点だった。

こちらは極端な横長で、幅が高さの二倍ある。

金地の上を、道が右から左へ蛇行する。

屏風は折って立てるので、横に長い。

その形が、道の蛇行と合っている。

もし縦長の紙にこの道を描けば、蛇行は入らない。

判型が、道の形を決めている。

そして判型は、その作品の使われ方で決まる。

屏風は部屋を仕切るために立てる。

だから横に長い。

素描帖の一葉なら、帳面の形になる。

写真なら、乾板や紙の規格に従う。

道の絵の形は、道そのものより、支持体の事情で決まっている。

道の幅が、場所の性質を示す

九点で、道の幅を見たい。

いちばん狭いのは、写真の通りである。

人が二人並べるかどうか、という幅だった。

次が、屏風の細道である。

一人が通れるほどの幅で、蛇行している。

町の通りの一点は、もう少し広い。

十数人が歩いていて、まだ余裕がある。

田舎の道の二点は、幅がはっきりしない。

草地のなかの筋にすぎないからである。

道の幅は、そこを何が通るかで決まる。

人だけなら細くてよい。

荷車が通るなら、広さが要る。

写真の通りが狭いのは、古い市街だからだろう。

そして、その狭さが取り壊しの理由でもあった。

館の記録の題に、改造という語が入っている。

道を広げるために、建物が壊される。

写真は、その直前を写している。

道の絵は、しばしば都市の変化の記録になる。

記録が、消える場所を残す

今回の九点で、いちばん性格が違うのは写真だった。

これは、なくなる予定の通りを撮ったものである。

館の記録の題に、改造という語が入っている。

つまり、撮影の目的が記録そのものだった。

絵として美しく撮ることが目的ではない。

だが結果として、画面は美しい。

狭い通り、湿った石畳、奥の白い光。

意図と結果が、必ずしも一致していない。

こうした記録写真は、後で価値が変わる。

撮った当時は、行政の資料だっただろう。

いまは、失われた市街の唯一の姿である。

そして美術館の収蔵品になっている。

館の記録は、その来歴を書いていない。

書かれているのは、購入の基金の名だけである。

どういう経路で館に来たかは分からない。

分かるのは、いつ撮られ、どこを撮ったかである。

それだけでも、資料としては十分に働く。

九点のうち、対象が失われたと記録から分かるのは、この一点だけである。

残る八点では、描かれた道がいまどうなっているかは書かれていない。

同じ名の通りが、いまもあるかもしれない。

道幅が広がって、別の場所になっているかもしれない。

そこまでは、美術館の記録の仕事ではない。

記録は、道の行き先を書かない

最後に、記録の欄を確かめておきたい。

九点の記録に、道の行き先を書く欄はない。

書かれるのは、道の名だけである。

通りの名が三点、山の峠の名が一点。

残る五点には、道の名がない。

名のない道は、どこへ続くか分からない。

画面の外へ出て、それきりである。

前に廊下を扱ったときも、同じことを書いた。

細長い場所は、必ず画面の外へ続く。

続いた先は、記録にも画像にも残らない。

ただし、道には一つ特徴がある。

名が付きやすいことである。

通りの名は住所になり、住所は人の記録に残る。

今回、二点の題は住所そのものだった。

一点は画家の住まい、一点は鉄道の走る道である。

道の名は、建物より人に近い場所で使われる。

だから、絵の題にも入りやすい。

そして、道がなくなっても名は残る。

前に城壁の名が通りに残った例を見た。

橋の名も、通りに残っていた。

道の名は、土地の記憶をいちばん長く保つ。

建物は建て替えられ、橋は架け替えられる。

それでも、通りの名だけは変わらないことが多い。

今回の三つの名も、いまも使われている可能性が高い。

確かめてはいない。

確かめる手段は、館の記録の外にある。

当社が書けるのは、記録に書かれていることまでである。

その外へ出るときは、推測だと明記する。

今回も、そのように書いた。

数えたことは数えたこととして、推したことは推したこととして。

その二つを混ぜないのが、この連載の約束である。

道の絵は、その約束を試すのに向いている。

見えている部分より、見えていない部分のほうが長いからである。

画面に入るのは、道のごく一部にすぎない。

その一部から先を、見る人が想像する。

想像させるために、道は奥へ向けて描かれる。

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