美術史・技法

屋根は、遠くから見た家である——レンブラント・呉鎮・北斎の周辺ほか九点

屋根の上から、町を見る

屋根が描かれていない例に移りたい。

一点は、写真である。

館の記録の題は、城塞の宮殿の屋上から見た市街の眺め、という。

つまり撮影者は屋根の上に立っている。

写っているのは、そこから見た町である。

手前に、白い建物の平らな屋根がある。

その向こうに、細い塔が四本立つ。

さらに奥に、丸屋根と尖塔の並ぶ建物がある。

町は霞み、輪郭がぼやけていく。

空は白く飛んでいる。

自分の立っている屋根は、画面の下の縁にわずかに写るだけである。

屋根の上に立つと、屋根は見えなくなる。

館の記録によれば、この写真は五十枚組の写真帖の一枚である。

館の記述は、二十世紀の修復前の姿を伝える記録として価値がある、と書く。

同じ記述は、撮影者がもとは銀行員だったとも書いている。

城塞の宮殿の屋上から見たラホール市の眺め
サミュエル・ボーン《城塞の宮殿の屋上から見たラホール市の眺め》1863〜70年。館の記録では、アルビュメン・プリント。番号は2024.5.26。クリーヴランド美術館蔵。サミュエル・ボーン《城塞の宮殿の屋上から見たラホール市の眺め》クリーヴランド美術館蔵

もう一点、屋根を上から見た絵がある。

繊維板に描かれた油彩で、40.6×55.2センチ。

題は《屋根の連なり》という。

画面には、四角い塊がいくつも重なっている。

灰色の壁、赤茶の屋根、黒い窓の穴。

手前には緑の茂みらしい面がある。

塗りは粗く、輪郭は決まっていない。

どこが屋根でどこが壁か、決めにくい部分もある。

上から見ると、屋根は面になる。

三角形ではなく、四角い板として見える。

だから、家の形は分からなくなる。

分かるのは、面が幾つ重なっているかだけである。

屋根の連なり
アリス・パイク・バーニー《屋根の連なり》1900年頃。館の記録では、繊維板に油彩。40.6×55.2センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。アリス・パイク・バーニー《屋根の連なり》スミソニアン協会蔵

屋根になる前の材

もう一点、変わった例がある。

十九世紀のアメリカで描かれた水彩である。

18.6×27.3センチ。

題は、イトスギ材の屋根板の置き場という。

画面には、細長い木が何本も立っている。

葉は上のほうにだけ付く。

手前に、葉を束ねて掛けた粗末な小屋がある。

小屋の屋根も、葉を重ねただけである。

その周りに、人が四、五人いる。

座っている人、しゃがんでいる人がいる。

地面には、板や道具が散らばる。

館の記録に、詳しい記述はない。

題から分かるのは、ここが屋根板を作る場所だということである。

屋根板は、木を薄く割って作る。

割った板を重ねて、屋根を葺く。

この画面には、完成した屋根がほとんどない。

あるのは、材と、それを作る人と、仮の小屋だけである。

屋根の前段階が主題になっている。

イトスギ材の屋根板置き場、フロリダ州オクラワハ川
ハリー・フェン《イトスギ材の屋根板置き場、フロリダ州オクラワハ川》1870年。館の記録では、淡い黄褐色の網目紙に水彩、グワッシュ、黒鉛、アラビアゴム。18.6×27.3センチ。番号は1973.290.1。メトロポリタン美術館蔵。ハリー・フェン《イトスギ材の屋根板置き場、フロリダ州オクラワハ川》メトロポリタン美術館蔵

屋根の語だけが残る

最後の二点は、語で拾ったことの結果である。

一点目は、フランスの銅版画。

題を訳すと《屋根の上の牛》になる。

画面には、屋根も牛も描かれていない。

描かれているのは、賑やかな酒場である。

丸いテーブルを囲んで、人が二十人以上いる。

手前には、打楽器を叩く人と、大きな弦楽器を弾く人がいる。

奥の壁には、丸い装飾がいくつも掛かる。

テーブルの上には、瓶と杯が並ぶ。

館の記録は、題をそのままの綴りで書いている。

これは、当時のパリにあった店の名である。

店の名が、そのまま題になっている。

だから画面に屋根がなくても、記録は正しい。

題は、場所の名を指しているのであって、光景を指していない。

屋根の上の牛
ピエール・ルイ・ガティエ《屋根の上の牛》1923年頃。館の記録では、エッチング。番号は1925.977。クリーヴランド美術館蔵。ピエール・ルイ・ガティエ《屋根の上の牛》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、日本語に訳したときに生じた一致である。

館の記録の題は、老人が家の一軒から出てきた、という一文である。

これは小説の挿絵で、題は本文の一行をそのまま使っている。

日本語にすると、そこに「軒」の字が入る。

家を数える語だが、もとの意味は屋根の端である。

画面には、雪の積もった街路が描かれる。

左に、山高帽の男が立つ。

右には、箒を持った女性がいる。

奥に、建物の壁と窓が霞んで見える。

屋根らしい面は、上の隅にわずかにあるだけだ。

館の記述によれば、この絵は1904年の雑誌の挿絵である。

同じ記述は、黒い外套の輪郭が雪のなかで孤立を示す、と書いている。

軒の字は、日本語の側の事情で入ってきた。

もとの記録に、屋根の語はない。

老人が家の一軒から出てきた(「不名誉除隊」より)
ウィリアム・ルロイ・ジェイコブズ《老人が家の一軒から出てきた(「不名誉除隊」より)》1904年。館の記録では、紙に黒と白のグワッシュと黒チョーク。紙は54.3×35.6センチ。番号は1917.277。クリーヴランド美術館蔵。ウィリアム・ルロイ・ジェイコブズ《老人が家の一軒から出てきた(「不名誉除隊」より)》クリーヴランド美術館蔵

屋根の下に、人はいるか

屋根が描かれた六点で、その下に人がいるかを見たい。

いるのは、二点だけだった。

画帖の一葉では、草庵の中に一人が座っている。

書物を開き、うつむいている。

顔は米粒ほどの大きさしかない。

屋根板の置き場では、粗末な小屋のそばに人がいる。

ただし、小屋の中に入っている人はいない。

みな外の地面に座るか、しゃがんでいる。

残る四点では、屋根の下に人がいない。

三軒の小屋にも、草亭にも、春雨の草庵にも人はいない。

屋根の連なりを描いた油彩にも、人はいない。

家はあるのに、住人が描かれない。

これは風景画に共通する事情だと思われる。

人を描くと、そこが場面になってしまう。

場面になれば、風景ではなく物語になる。

屋根だけを置けば、人の気配だけが残る。

気配を残して人を描かないのが、風景の作法らしい。

館の記録は、住人について何も書かない。

例外は、春雨の草庵だった。

館の記述が、庭の持ち主の名と経歴を書いている。

官を退いた年、庭を作った土地の名まで記録にある。

絵に描かれていない人が、記録には残っている。