屋根は、九点に一つも残っていない——ベックリン・コール・ヒラーズほか九点の廃墟

もう一点、廃墟が舞台になった版画がある。
紙は12.2×10.8センチしかない。
九点のなかで、いちばん小さい。
画面の右に、二人が向かい合っている。
一人は座り、一人は立つ。
立っているほうは、腕を前に出している。
二人のあいだに、石を積んだ井戸がある。
左には、崩れた壁とアーチがある。
アーチの下は暗く、奥が見えない。
上のほうには、別の人物が壁の上に立つ。
その足もとには、崩れた石が積み重なる。
右手前には、子どもが二人しゃがんでいる。
館の記録の題によれば、これは聖書の場面である。
井戸端での対話が主題である。
その舞台として、廃墟が選ばれている。
聖書に廃墟の指定はない。
画家が、そういう場所として想像した。

廃墟は、風景の飾りにもなる
廃墟が遠くにある例を見たい。
一点目は、銅版画である。
画面は37.5×48.3センチ、紙は43×56.5センチ。
横長の画面で、線だけで描かれている。
左に、大きな木が数本立つ。
葉は細かい線の塊である。
中央には、なだらかな谷が広がる。
谷の底に、白い道と小さな人影がある。
その奥、丘の上に、崩れた壁がある。
小さく、輪郭だけである。
館の記述によれば、この作者は特定の地方の風景ばかり描いた。
滝と、風景と、廃墟を選んだという。
そして、地形の正確さを保ちながら壮大さを伝えようとした、と館は書く。
同じ記述は、この場所が後に観光地になったことにも触れている。
館の記録には、紙の透かしも写されている。
紙を作った工場の名と、王冠の印である。

二点目は、油彩である。
全体で86.4×116.8センチ。
画面の右寄りに、円い塔が立つ。
塔は崩れかけ、上端が欠けている。
石の面には草が生え、蔦が垂れる。
塔の足もとは、緑の斜面である。
斜面に、小さな人影が二つある。
左には、海が広がる。
水面は金色に光っている。
低い位置に太陽があり、雲を照らす。
奥には、岬と島影が重なる。
空は淡い水色と、桃色である。
塔だけが暗く、他はすべて明るい。
館の記録に、記述の欄はない。
題から分かるのは、これがイタリアの海岸だということである。

三点目は、ごく小さな水彩である。
10.5×12.7センチ。
淡い茶色の紙に、水彩と黒鉛で描かれている。
画面の中央に、丸屋根の建物がある。
その上に、細い鐘楼が立つ。
建物の壁には、穴が開いている。
左には、低い壁と塔が並ぶ。
手前は白く、雪か砂のように見える。
そこに、小さな人影が数人いる。
館の記録の題によれば、大砲と兵士がいるという。
つまり、これは戦いの後の建物である。
崩れた原因が、時間ではなく人にある。
館の記録によれば、これはあるアルバムに収められた一枚である。

北米の遺構を撮った二点
残る二点は、性格が違う。
十九世紀末の北アメリカで作られた作品である。
一点は写真、一点は水彩である。
写真の画面は33.2×25センチ。
台紙まで含めると61×50.8センチになる。
画面の上半分は、巨大な岩の壁である。
砂岩らしく、層が斜めに走る。
その岩がひさしのように前へ張り出す。
張り出しの下、日陰になった部分に、建物の跡がある。
石を積んだ低い壁が、いくつも並ぶ。
四角い部屋の輪郭が読める。
手前の斜面には、崩れた石が散る。
人は写っていない。
館の記録によれば、陰画そのものに文字が書き込まれている。
場所の名と、撮影者の名である。
そして館は、その地名の綴りが誤っていることを注記している。
誤りをそのまま写し、誤りであることを付記する。
記録の扱いとして、丁寧な書き方である。

水彩のほうは、見える範囲で48.9×71.8センチ。
横長の画面である。
中央に、低い石積みの壁が横に伸びる。
壁は赤茶色で、高さは人の背丈ほどに見える。
その内側に、部屋の仕切りらしい線が並ぶ。
手前は、乾いた草地である。
草は黄と緑で、まばらに描かれる。
奥には、平らな台地の縁が横たわる。
空は淡い青で、雲は薄い。
館の記録に、記述の欄はない。
書かれているのは、題と年と技法だけである。
題には、遺跡の名と峡谷の名と州の名が入る。
いずれも、そこに暮らした人々が築いた住居の跡である。
館の記録は、それを遺構と呼んでいる。
当社も、その呼び方に従う。
