美術史・技法

屋根は、九点に一つも残っていない——ベックリン・コール・ヒラーズほか九点の廃墟

廃墟は途中で終わった建物である。九点で数えると、壁が残るのは五点、アーチが四点、柱が二点。屋根はどこにも残っていない。植物が生えているのは六点で、崩れた理由が分かるのは一点だけだった。人が描かれているのは四点だけである。

海辺の廃墟
アルノルト・ベックリン《海辺の廃墟》クリーヴランド美術館蔵

壁が、途中で終わっている

一枚の油彩に、崩れた建物がある。

額なしで111×82センチ。

縦長の画面である。

画面の中央に、赤茶の壁が立つ。

壁の上端は、水平ではない。

斜めに欠け、左の部分だけが高く残る。

壁には四角い窓の穴が二つある。

穴の向こうは空で、雲が見える。

つまり、壁の後ろには何もない。

屋根も、床も、失われている。

壁の下のほうには、丸いアーチの入り口がある。

その奥は暗い。

壁の表面には、蔦が這っている。

右には、細長い木が三本立つ。

木は風で右へ大きくたわむ。

葉は黒に近い緑である。

左は海である。

水は暗く、波が立っている。

空の左上に、雲の切れ目がある。

そこから、白い光が斜めに差す。

空には、鳥が数羽飛んでいる。

館の記述によれば、この画家は死を思わせる主題を好んだ。

そして館は、この建物にかつて誰が住んでいたのかと問いかけている。

その問いに、記録は答えていない。

海辺の廃墟
アルノルト・ベックリン《海辺の廃墟》1881年。館の記録では、布に油彩。額なしで111×82センチ。番号は1979.57。クリーヴランド美術館蔵。アルノルト・ベックリン《海辺の廃墟》クリーヴランド美術館蔵

廃墟は、途中で終わった建物である。

作られたときの形が、いまはない。

だが、なくなったわけでもない。

一部が残り、一部が失われている。

その差が、時間の経過を目に見える形にする。

九点を並べて、廃墟の描かれ方を数えたい。

何が残り、何が消えるか

集めかたは、館の記録の題によっている。

廃墟、遺跡、遺構にあたる語が入るものを拾った。

今回は、外れが一点もなかった。

九点とも、崩れた建物を描いている。

まず、何が残っているかを数えたい。

壁だけが残っているのが、五点。

アーチや門が残っているのが、四点。

柱が残っているのが、二点。

塔が残っているのが、二点。

屋根が残っているものは、一点もない。

これは当然である。

屋根は木で作られ、いちばん早く失われる。

石の壁は、いちばん長く残る。

だから廃墟の絵は、たいてい壁の絵になる。

蔦が、時間の長さを示す

もう一つ、数えたいものがある。

植物である。

九点のうち、建物に植物が生えているのは六点だった。

蔦が壁を這うもの。

石のあいだから草が伸びるもの。

崩れた上に木が立つもの。

植物は、そこが使われていないことを示す。

人が住んでいれば、草は抜かれる。

抜かれないまま伸びたということは、時間が経っている。

そして、植物の大きさが経過の長さを示す。

草なら数年、木なら数十年である。

素描の一点では、崩れた壁の上に若い木が立っていた。

紙は17.1×18.7センチと小さい。

黒鉛だけで描かれている。

画面の中央に、大きなアーチの壁が立つ。

窓の枠が縦に並び、上は欠けている。

壁の下半分は、草に埋もれている。

右のほうには、木が数本生えている。

館の記述によれば、この作者は本職の画家ではない。

同時代の他の画家の廃墟の絵と比べられる、と館は書く。

そして、そのうち一人の名を挙げている。

前に階段を扱った回で、その人の素描を取り上げた。

同じ時代に、同じ主題が繰り返し描かれていた。

修道院の廃墟
チャールズ・ノリス《修道院の廃墟》1812〜58年頃。館の記録では、黒鉛。紙は17.1×18.7センチ。番号は1954.668。クリーヴランド美術館蔵。チャールズ・ノリス《修道院の廃墟》クリーヴランド美術館蔵

空が、建物の内側に入る

廃墟の絵で、いちばん目を引く特徴がある。

建物の内側に、空が見えることである。

九点のうち、その状態が読めるのは五点だった。

窓の穴の向こうが空になっている。

アーチの向こうが、外につながっている。

壁の上端の向こうに、雲が見える。

これは、屋根が失われた建物にしか起きない。

完全な建物なら、窓の向こうは室内である。

内と外の区別が、崩れによって消えている。

前に部屋を扱った回で、部屋は囲いだと書いた。

囲いの一面を外して覗く、とも書いた。

廃墟では、外すという操作が実際に起きている。

しかも、絵の都合ではなく時間の作用によってである。

だから廃墟の絵には、室内と屋外の中間の場所が現れる。

壁はあるが、天井はない。

床はあるが、家具はない。

その中間の状態が、絵を引きつけるのだろう。

九点のうち六点で、建物は人の使う場所ではなくなっている。

代わりに、草と木と鳥が入り込んでいる。

海辺の油彩では、鳥が数羽飛んでいた。

崩れた建物は、別の生き物の場所になる。

廃墟の前で、人は日常を送る

廃墟の絵に、人はいるか。

九点のうち、人が描かれているのは五点だった。

そのうち、廃墟を見物している人は一人もいない。

みな、別の用事でそこにいる。

十七世紀の油彩が、その典型である。

額なしで98.8×129.2センチ。

画面の右に、崩れた石の門がある。

太い柱が二本立ち、上に横石が載る。

その上には、彫刻の断片が積まれている。

奥には、円い建物の一部が見える。

画面の左には、人と動物が集まっている。

白い馬に乗った人が一人。

その脇に、荷を負った驢馬がいる。

犬が二匹、地面にいる。

赤い衣の人が、しゃがんでいる。

館の記録の題によれば、これは狩人たちである。

つまり、廃墟は狩りの途中の休み場である。

館の記述によれば、この画家はローマに五年住んだ。

そして帰国後も、地元ではなくイタリア風の風景を描いた。

明るい光、古典建築、異国風の衣装。

いずれも、その関心を示すという。