屋根は、九点に一つも残っていない——ベックリン・コール・ヒラーズほか九点の廃墟
廃墟は途中で終わった建物である。九点で数えると、壁が残るのは五点、アーチが四点、柱が二点。屋根はどこにも残っていない。植物が生えているのは六点で、崩れた理由が分かるのは一点だけだった。人が描かれているのは四点だけである。

壁が、途中で終わっている
一枚の油彩に、崩れた建物がある。
額なしで111×82センチ。
縦長の画面である。
画面の中央に、赤茶の壁が立つ。
壁の上端は、水平ではない。
斜めに欠け、左の部分だけが高く残る。
壁には四角い窓の穴が二つある。
穴の向こうは空で、雲が見える。
つまり、壁の後ろには何もない。
屋根も、床も、失われている。
壁の下のほうには、丸いアーチの入り口がある。
その奥は暗い。
壁の表面には、蔦が這っている。
右には、細長い木が三本立つ。
木は風で右へ大きくたわむ。
葉は黒に近い緑である。
左は海である。
水は暗く、波が立っている。
空の左上に、雲の切れ目がある。
そこから、白い光が斜めに差す。
空には、鳥が数羽飛んでいる。
館の記述によれば、この画家は死を思わせる主題を好んだ。
そして館は、この建物にかつて誰が住んでいたのかと問いかけている。
その問いに、記録は答えていない。

廃墟は、途中で終わった建物である。
作られたときの形が、いまはない。
だが、なくなったわけでもない。
一部が残り、一部が失われている。
その差が、時間の経過を目に見える形にする。
九点を並べて、廃墟の描かれ方を数えたい。
何が残り、何が消えるか
集めかたは、館の記録の題によっている。
廃墟、遺跡、遺構にあたる語が入るものを拾った。
今回は、外れが一点もなかった。
九点とも、崩れた建物を描いている。
まず、何が残っているかを数えたい。
壁だけが残っているのが、五点。
アーチや門が残っているのが、四点。
柱が残っているのが、二点。
塔が残っているのが、二点。
屋根が残っているものは、一点もない。
これは当然である。
屋根は木で作られ、いちばん早く失われる。
石の壁は、いちばん長く残る。
だから廃墟の絵は、たいてい壁の絵になる。
蔦が、時間の長さを示す
もう一つ、数えたいものがある。
植物である。
九点のうち、建物に植物が生えているのは六点だった。
蔦が壁を這うもの。
石のあいだから草が伸びるもの。
崩れた上に木が立つもの。
植物は、そこが使われていないことを示す。
人が住んでいれば、草は抜かれる。
抜かれないまま伸びたということは、時間が経っている。
そして、植物の大きさが経過の長さを示す。
草なら数年、木なら数十年である。
素描の一点では、崩れた壁の上に若い木が立っていた。
紙は17.1×18.7センチと小さい。
黒鉛だけで描かれている。
画面の中央に、大きなアーチの壁が立つ。
窓の枠が縦に並び、上は欠けている。
壁の下半分は、草に埋もれている。
右のほうには、木が数本生えている。
館の記述によれば、この作者は本職の画家ではない。
同時代の他の画家の廃墟の絵と比べられる、と館は書く。
そして、そのうち一人の名を挙げている。
前に階段を扱った回で、その人の素描を取り上げた。
同じ時代に、同じ主題が繰り返し描かれていた。

空が、建物の内側に入る
廃墟の絵で、いちばん目を引く特徴がある。
建物の内側に、空が見えることである。
九点のうち、その状態が読めるのは五点だった。
窓の穴の向こうが空になっている。
アーチの向こうが、外につながっている。
壁の上端の向こうに、雲が見える。
これは、屋根が失われた建物にしか起きない。
完全な建物なら、窓の向こうは室内である。
内と外の区別が、崩れによって消えている。
前に部屋を扱った回で、部屋は囲いだと書いた。
囲いの一面を外して覗く、とも書いた。
廃墟では、外すという操作が実際に起きている。
しかも、絵の都合ではなく時間の作用によってである。
だから廃墟の絵には、室内と屋外の中間の場所が現れる。
壁はあるが、天井はない。
床はあるが、家具はない。
その中間の状態が、絵を引きつけるのだろう。
九点のうち六点で、建物は人の使う場所ではなくなっている。
代わりに、草と木と鳥が入り込んでいる。
海辺の油彩では、鳥が数羽飛んでいた。
崩れた建物は、別の生き物の場所になる。
廃墟の前で、人は日常を送る
廃墟の絵に、人はいるか。
九点のうち、人が描かれているのは五点だった。
そのうち、廃墟を見物している人は一人もいない。
みな、別の用事でそこにいる。
十七世紀の油彩が、その典型である。
額なしで98.8×129.2センチ。
画面の右に、崩れた石の門がある。
太い柱が二本立ち、上に横石が載る。
その上には、彫刻の断片が積まれている。
奥には、円い建物の一部が見える。
画面の左には、人と動物が集まっている。
白い馬に乗った人が一人。
その脇に、荷を負った驢馬がいる。
犬が二匹、地面にいる。
赤い衣の人が、しゃがんでいる。
館の記録の題によれば、これは狩人たちである。
つまり、廃墟は狩りの途中の休み場である。
館の記述によれば、この画家はローマに五年住んだ。
そして帰国後も、地元ではなくイタリア風の風景を描いた。
明るい光、古典建築、異国風の衣装。
いずれも、その関心を示すという。