作品を知る

太陽は、隠すか、輪にして描く——バーチフィールド・狩野周信・モネほか九点

室内の陽光
ピーター・ヴィルヘルム・イルステッド《室内の陽光》1920年。館の記録では、メゾティント。紙は59.2×49.4センチ。版面は40.9×38センチ。番号は2001.58。クリーヴランド美術館蔵。ピーター・ヴィルヘルム・イルステッド《室内の陽光》クリーヴランド美術館蔵

白い扉の部屋に、窓の形をした光が斜めに落ちている。

床の上の光のまだらが、この版画の主役である。

奥の暗がりでは、女性がうつむいて座り、手元を見ている。

光のまだらの向こう側にいることが、外の世界からの距離を思わせる、と館の記録は読む。

イルステッドはデンマークの版画家で、義理の兄弟に画家ハマスホイがいた。

静かな室内画の型を、二人で開いたと記録は書く。

用いたメゾティントは、当時手がける人の少ない技法だったという。

版を先に真っ暗にしておき、明るくしたい所だけを磨いて起こす。

闇から光を掘り出す作り方である。

床のまだらの明るさは、磨かれた版のつやから来ている。

版の余白には、黒鉛で署名と番号が書き込まれている。

イルステッドの版画の多くは、こうした後ろ姿や横顔の女性の絵だという。

物思いか、勉強か。

記録は、うつむく人の内側までは決めない。

決められるのは、光が窓から入り、床で四角く切れていることだけである。

太陽を描くのではなく、太陽が床に置いていったものを描く。

ここまでの四点のうち、太陽の丸い姿が見えるのは最初の一点だけである。

写真も油彩も版画も、太陽を画面の外か、雲の奥に置いた。

まぶしいものは、働きで描く。

それが一つ目のやり方である。

赤い円なら、見つめられる

では、太陽そのものを堂々と描いた絵はないのか。

ある。

ただし、朝の太陽である。

旭日に鶴亀松竹
狩野周信《旭日に鶴亀松竹》17世紀から18世紀。館の記録では、掛幅・絹本着色。画面は102.9×45.1センチ。表具を含めて188×59.1センチ。番号は36.100.6。メトロポリタン美術館蔵。狩野周信《旭日に鶴亀松竹》メトロポリタン美術館蔵

絹の画面の上のほうに、赤い円がひとつ浮かんでいる。

輪郭のはっきりした、塗りむらのない円である。

その下を、一羽の鶴が翼を広げて横切る。

画面の下には竹が伸び、水辺に亀がいる。

題によれば、松も描き込まれている。

描いたのは、江戸時代の絵師、狩野周信である。

絹に描かれ、掛幅に仕立てられている。

表具まで含めれば、高さは188センチになる。

床にかけて、下から見上げる絵である。

鶴と亀、松と竹は、長寿とめでたさの取り合わせとして知られる。

そこに昇る朝日が加われば、祝いの掛物になる。

正月や祝いの席にかける図柄として、この取り合わせは繰り返し描かれた。

ここで大事なのは、太陽が赤いことである。

昇ったばかりの太陽は光が柔らかく、赤く見える。

一日のうちで、目を向けていられる数少ない太陽である。

初日の出を拝む習わしも、太陽がその時刻なら見られることの上に立っている。

見られるから、輪郭のある円として描ける。

見られるから、円のなかを一色に塗れる。

つまりこの赤い円は、実際に見つめることのできた太陽だと考えられる。

九点のなかで、さえぎるものなしに丸ごと描かれた太陽は、この一点しかない。

しかも、真昼の白い太陽ではなく、朝の赤い太陽である。

直視できる瞬間を選ぶこと。

それが二つ目のやり方である。

太陽に、顔を付ける

三つ目のやり方は、もっと思い切っている。

見つめられないなら、見つめ返してくれる顔を描いてしまえばよい。

太陽の精霊(タロッキ「宇宙の原理と徳」より・第三十一)
イー系タロッキの画家《太陽の精霊(タロッキ「宇宙の原理と徳」より・第三十一)》1467年以前。館の記録では、エングレーヴィング。番号は1924.432.31。クリーヴランド美術館蔵。イー系タロッキの画家《太陽の精霊(タロッキ「宇宙の原理と徳」より・第三十一)》クリーヴランド美術館蔵

翼のある若者が、横向きに立っている。

右手に掲げているのは、顔の付いた小さな太陽である。

若者は太陽を、燭台の火のように顔の高さへ持ち上げている。

背後には、遠い森が細かい線で彫られている。

像の下には、イリアコの名と三十一の数字が彫り込まれている。

15世紀イタリア、フェラーラの版画である。

館の記録では、タロッキと呼ばれる寓意画の組の一枚だという。

光・時・空間の三つの原理と、七つの徳を集めた群に属する。

若者の名はイリアコ、太陽の精霊である。

太陽は世界の魂と考えられていた、と記録は書く。

その魂が翼のある若者の姿を取り、太陽を手に持って立つ。

手に持てる大きさになった太陽は、もうまぶしくない。

顔まで付いて、こちらの視線を受け止めてくれる。

付記によれば、この組には太陽が三度も現れる。

太陽神アポロとして、精霊として、そして星の一つとして。

同じ太陽が、神になり、精霊になり、天体になる。

擬人化は、直視できないものと付き合うための、古い作法だった。

太陽を、着る人

擬人化の先に、もう一つの型がある。

太陽を、人にまとわせる型である。

太陽をまとう女(黙示録より)
ジャン・デュヴェ《太陽をまとう女(黙示録より)》1546年から56年。館の記録では、エングレーヴィング。番号は1953.213.19。クリーヴランド美術館蔵。ジャン・デュヴェ《太陽をまとう女(黙示録より)》クリーヴランド美術館蔵

アーチ形の画面に、人と翼と雲がすきまなく詰め込まれている。

中央の女の体からは、細かい光の筋が四方へ放たれている。

新約聖書の黙示録を絵にした、23枚組の版画の一枚である。

館の記録では、製本された一冊として収蔵されている。

完本は、世界に七部しか知られていないという。

この組はデュヴェを長年にわたり没頭させ、最大の達成になったという。

デュヴェは、フランスで最初期の本格的な版画家に数えられる。

働いた場所は、地方の町ラングルだったとある。

それでも、出回る版画を通じてイタリアの美術を知った。

盛期ルネサンスの、量感のある人体表現を学んだと記録は書く。

ただし空間の理屈は無視して、画面を飾りのように埋め尽くした。

その埋め尽くしのなかで、女がまとう太陽は放射する線になっている。

円ではなく、線の束としての太陽である。

三百五十年ほどのち、同じ句をまったく別の絵にした人がいる。