太陽は、隠すか、輪にして描く——バーチフィールド・狩野周信・モネほか九点

黒一色の石版画である。
腕を上げた女の横顔のまわりに、柔らかい光の層が幾重にも巻いている。
デュヴェの太陽がとがった線なら、ルドンの太陽はにじむ靄である。
画面の下には、太陽を着た女という句が仏語で刷り込まれている。
館の記録では、ルドンの十一番目にして最後の石版画集の一枚である。
黙示録の十二の句を、そのまま絵にした組だという。
過去の巨匠、たとえばデューラーの系譜に自分を連ねる主題選びだったとある。
黙示録は、デュヴェの時代から絵師たちが繰り返し取り組んできた主題である。
同じ主題を選ぶことで、ルドンは先人の列に自分から並んだ。
画商ヴォラールが出版し、ルドンの版画の市場を築いていった、と記録は述べる。
ヴォラールがルドンの作品を扱い始めたのは、その一年ほど前だという。
付記には、黒だけで作った最後の時期の仕事だと書かれている。
このあとのルドンは、まばゆい色彩の画家へ変わっていく。
黒い太陽は、その変わり目の手前で刷られた。
まぶしさが、黒との差だけで作られている。
デュヴェもルドンも、太陽を人の衣にした。
まとわれた太陽は、人を焼かずに、人を飾る。
金の輪と、真ん中の顔
最後の一点は、太陽を文様にした。

紙の中央に、金と青の大きな飾り円が輝いている。
花と幾何学の文様が、輪をなして幾重にも広がる。
シャムサ、すなわち旭光の文様である。
ムガル朝の皇帝のアルバムの、締めくくりのページだという。
円の下には、偉大な王シャー・ジャハーン、という句がペルシア語で記されている。
館の記録では、文様は金とラピスラズリで、数学のような正確さで手描きされた。
花の文様と幾何学の文様は、神の光を形にするための言葉だったとある。
もとは、円の中心は無地の金だった。
神の光を示し、皇帝シャー・ジャハーンの統治を裏づける印だったとある。
ところが今、中心には小さな肖像がはまっている。
父から帝位を奪ったアウラングゼーブが、のちに描き入れさせたらしい、と記録は読む。
1658年に帝室の書庫を継いだときのことだろう、とある。
即位したアウラングゼーブは、宇宙をつかむ者を意味する名を名乗った。
手にした数珠は、その厳格な信仰を示すという。
太陽の中心、神の光の座に、皇帝の顔が置かれた。
タロッキの絵師は、太陽に顔を描いた。
ムガルの宮廷は、太陽の顔の場所に、人の顔をはめた。
太陽が誰のものかという主張が、文様の中心で行われている。
直視できない光は、ここでは持ち主を選ぶしるしになった。
まぶしさは、権威の言い換えでもある。
付記には、金の雲形に針で穴を打ち、光をよく拾わせたとある。
描かれた太陽ではなく、実際にきらめく金である。
紙の上で、ここだけが本物の光を返す。
数えて、分かったこと
九点を数え直す。
太陽が画面のどこにもない絵が二点。
モネの大聖堂と、イルステッドの室内である。
雲や木に隠れた太陽が二点。
ル・グレの海と、バーチフィールドの木である。
さえぎりなしの円が一点、顔の付いた太陽が一点。
人がまとう太陽が二点、文様になった太陽が一点。
まともに丸く描かれた太陽は、九点のうち一点しかない。
いちばん多いのは、隠すか締め出すかした四点である。
直視できないものは、絵のなかでも直視されていなかった。
目が受け止められないものを、絵は受け止められない。
画家の目も、わたしたちと同じ目だからである。
色も数えておく。
画面に見えている太陽のうち、赤いのは狩野の一点だけである。
バーチフィールドの太陽は白く、タロッキの太陽は線だけで色がない。
ルドンの光は黒い紙面の白であり、シャムサの光は金である。
太陽の色は、絵によってこれほどばらばらである。
本物の太陽を見つめて色を確かめた人が、いないからかもしれない。
もう一つ数えられる。
太陽が聖なるものと結び付いた絵が、九点のうち五点ある。
バーチフィールドの光輪と、タロッキの世界の魂。
デュヴェとルドンの黙示録、そしてシャムサの神の光。
見つめられないことと、あがめられることは、遠くない。
強すぎて見えない光は、神聖の絵姿に向いていたと考えられる。
言えないことも書いておく。
この九点は、題や記録に太陽や陽光の語を持つ作品から集めた。
四対一や五対四の比率は、この九点の話にすぎない。
太陽の絵の全体で隠す型が多いかどうかは、ここからは決められない。
土地による違いも、ここでは決められない。
赤い円が日本の一点だけだったのは、事実である。
だが日本の太陽の絵を、この記事は一点しか見ていない。
数を増やさなければ、癖と偶然は区別できない。
集める途中の候補には、絵でないものも混ざっていた。
太陽の紋を金で飾った、フランス王の護衛の槍である。
館の記録では、ルイ十四世の護衛兵が携えた飾り槍だという。
太陽は、王の印として武具の上にも住んでいた。
ただし絵のなかの太陽ではないので、今回は外した。
最後に、記録に残らないことを一つ。
バーチフィールドが1917年6月30日の空に何を見たか、記録は日付しか知らない。
その日の太陽はとうに沈み、二度と昇らない。
だが紙の上では、黒い梢の真ん中で、今も白く抜けたままである。
太陽の絵は、直視できないものを、いつまでも見ていられるものに変える。
次に太陽の絵に出会ったら、画家が太陽をどこへ隠したか探してみてほしい。
堂々と真ん中に描いてあったら、それはたぶん、朝の太陽である。









