五点が組物で、三点は欠けている——アルトドルファー・栄之・安堅の周辺ほか九点

神殿は、崩れてから絵になる
十九世紀のアメリカの油彩がある。
51.1×91.4センチ。
横に長い画面である。
左には、木立と草地が広がる。
右に、崩れた石造りの建物がある。
大きなアーチが三つ並び、上は欠けている。
壁には蔦がからむ。
その奥に、丸屋根の建物が霞んで見える。
手前の草地には、羊らしいものが数頭いる。
人も二、三人いる。
空は明るく、地平のあたりが黄色い。
館の記録の題は、平和神殿の眺めという。
だが、神殿として使われている様子はない。
牧草地の一部になっている。
前に見た城の廃墟と、同じ扱いである。
崩れた建物は、風景の一部になる。

寺は、見えないところにある
東アジアの三点では、寺の扱いが違っていた。
一点目は、対になった二幅の掛幅である。
館の記録は、寸法を三通り書いている。
画面が各89.9×45.4センチ。
表装を含めると各198.8×61センチ。
軸の端の飾りまで含めると各198.8×70.8センチになる。
つまり、絵の部分は全体の四分の一ほどしかない。
画面は淡い墨で描かれている。
低い山と水面があり、木立が点在する。
その奥に、屋根らしい形がわずかに見える。
館の記録の題は、霧に包まれた寺の晩鐘という。
鐘の音が主題になっている。
音は描けないので、寺も小さくしか描かれない。
もう一幅は、湖の上の秋の月である。
二つの題は、古くからある八つの景の一部である。
同じ形式で、対にして飾られた。

二点目は、中国の掛幅である。
全体で158×63.5センチ。
縦に長い。
画面の下のほうに、木立と小さな橋がある。
その上に、切り立った岩山が積み上がる。
山の中腹には、霧が白く残される。
霧は描かず、紙の地を残して示す。
上のほうに、また峰が重なる。
右上には、書き込みと印がある。
館の記録は、その文を全文写している。
霧の木立が寺を包んでいる、と書き出される。
だが訪ねる者は道に迷わない、と続く。
木の橋を渡れば、俗世は断たれる。
無数の花びらのなかで、鳥が静かにしている。
そういう内容である。
題は、寺を訪ねる、という。
つまり、まだ寺に着いていない。
画面にも、寺の建物ははっきり見えない。

三点目は、日本の版画である。
紙は39.4×25.4センチ。
画面には、四人の女性がいる。
大きな模様の衣を着て、立ったり座ったりしている。
一人は、細長い板のようなものを見ている。
背景には、太い柱と梁がある。
柱には、絵の描かれた板が幾つも掛かる。
館の記録の題によれば、ここは絵馬を掛ける堂である。
寺や社に、願いを書いた板を奉納する場所である。
つまり画面に写っているのは、奉納された板の裏側と表側である。
寺そのものは、柱と梁でしか示されない。
館の記録は、この一枚が三枚続きの左だと書いている。
そして、館は右の一枚も持っているという。
中央の一枚だけが欠けている。
三枚で一つの画面になるはずが、二枚しかない。

建物の高さを、どう示すか
寺や社は、たいてい高い。
その高さを、絵はどう示しているか。
九点で見ると、方法は三つに分かれた。
一つは、天井を画面に入れる方法である。
木版の丸天井、聖堂の内部の二点がこれにあたる。
天井が上端で切れていると、その上がもっとあると分かる。
二つ目は、人を小さく描く方法である。
寺院の写真では、堂の前の人は柱の三分の一もない。
儀式の絵では、赤い衣の人が点のように並ぶ。
三つ目は、上へ細くしていく方法である。
寺院の屋根は、段を重ねて上へすぼまる。
すぼまり方が急なほど、高く見える。
三つとも、実際の高さを測らせるものではない。
見た目の印象を作る方法である。
館の記録には、建物の高さの数字がない。
書かれるのは、作品の寸法だけである。
だから、写真の寺が何メートルあるかは分からない。
分かるのは、印画紙が28.8×24.2センチだということだけである。
この落差は、建築を扱う作品につきものである。
数え直す
九点を並べ直したい。
寺や聖堂の内部を描いたのは、四点。
外から見たのが、三点である。
建物がほとんど見えないのが、二点だった。
人が描かれているのは、七点。
儀式や礼拝の場面は、四点である。
そして、寺が崩れているのが一点あった。
材で分けると、紙が五点、板が一点、布が二点、印画紙が一点。
大きさの幅も広い。
いちばん小さいのは44×32.3センチの板絵。
いちばん大きいのは、表装を含めて198.8×61センチの掛幅である。