美術史・技法

五点が組物で、三点は欠けている——アルトドルファー・栄之・安堅の周辺ほか九点

カルカッタのジャイナ教寺院
プラーテ写真館《カルカッタのジャイナ教寺院》1890年代頃。館の記録では、プラチナ・プリント。画面28.8×24.2センチ。台紙を含めて50.8×40.6センチ。番号は2009.13。クリーヴランド美術館蔵。プラーテ写真館《カルカッタのジャイナ教寺院》クリーヴランド美術館蔵

神殿は、崩れてから絵になる

十九世紀のアメリカの油彩がある。

51.1×91.4センチ。

横に長い画面である。

左には、木立と草地が広がる。

右に、崩れた石造りの建物がある。

大きなアーチが三つ並び、上は欠けている。

壁には蔦がからむ。

その奥に、丸屋根の建物が霞んで見える。

手前の草地には、羊らしいものが数頭いる。

人も二、三人いる。

空は明るく、地平のあたりが黄色い。

館の記録の題は、平和神殿の眺めという。

だが、神殿として使われている様子はない。

牧草地の一部になっている。

前に見た城の廃墟と、同じ扱いである。

崩れた建物は、風景の一部になる。

フォロ・ロマーノの平和神殿の眺め
ジョージ・ローリング・ブラウン《フォロ・ロマーノの平和神殿の眺め》1864年。館の記録では、油彩・カンヴァス。51.1×91.4センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ジョージ・ローリング・ブラウン《フォロ・ロマーノの平和神殿の眺め》スミソニアン協会蔵

寺は、見えないところにある

東アジアの三点では、寺の扱いが違っていた。

一点目は、対になった二幅の掛幅である。

館の記録は、寸法を三通り書いている。

画面が各89.9×45.4センチ。

表装を含めると各198.8×61センチ。

軸の端の飾りまで含めると各198.8×70.8センチになる。

つまり、絵の部分は全体の四分の一ほどしかない。

画面は淡い墨で描かれている。

低い山と水面があり、木立が点在する。

その奥に、屋根らしい形がわずかに見える。

館の記録の題は、霧に包まれた寺の晩鐘という。

鐘の音が主題になっている。

音は描けないので、寺も小さくしか描かれない。

もう一幅は、湖の上の秋の月である。

二つの題は、古くからある八つの景の一部である。

同じ形式で、対にして飾られた。

煙寺晩鐘(左)、洞庭秋月(右)
安堅に帰属《煙寺晩鐘(左)、洞庭秋月(右)》1450〜1500年頃。館の記録では、対幅。絹に墨。画面は各89.9×45.4センチ。表装を含めて各198.8×61センチ。番号は1987.278a・b。メトロポリタン美術館蔵。安堅《煙寺晩鐘(左)、洞庭秋月(右)》メトロポリタン美術館蔵

二点目は、中国の掛幅である。

全体で158×63.5センチ。

縦に長い。

画面の下のほうに、木立と小さな橋がある。

その上に、切り立った岩山が積み上がる。

山の中腹には、霧が白く残される。

霧は描かず、紙の地を残して示す。

上のほうに、また峰が重なる。

右上には、書き込みと印がある。

館の記録は、その文を全文写している。

霧の木立が寺を包んでいる、と書き出される。

だが訪ねる者は道に迷わない、と続く。

木の橋を渡れば、俗世は断たれる。

無数の花びらのなかで、鳥が静かにしている。

そういう内容である。

題は、寺を訪ねる、という。

つまり、まだ寺に着いていない。

画面にも、寺の建物ははっきり見えない。

霧の山に寺を訪ねる
陳淳《霧の山に寺を訪ねる》十六世紀前半。館の記録では、掛幅。紙に墨。全体で158×63.5センチ。番号は1979.28。クリーヴランド美術館蔵。陳淳《霧の山に寺を訪ねる》クリーヴランド美術館蔵

三点目は、日本の版画である。

紙は39.4×25.4センチ。

画面には、四人の女性がいる。

大きな模様の衣を着て、立ったり座ったりしている。

一人は、細長い板のようなものを見ている。

背景には、太い柱と梁がある。

柱には、絵の描かれた板が幾つも掛かる。

館の記録の題によれば、ここは絵馬を掛ける堂である。

寺や社に、願いを書いた板を奉納する場所である。

つまり画面に写っているのは、奉納された板の裏側と表側である。

寺そのものは、柱と梁でしか示されない。

館の記録は、この一枚が三枚続きの左だと書いている。

そして、館は右の一枚も持っているという。

中央の一枚だけが欠けている。

三枚で一つの画面になるはずが、二枚しかない。

浅草絵馬堂で憩う女たち
鳥文斎栄之《浅草絵馬堂で憩う女たち》1790年代前半。館の記録では、三枚続の一枚。木版、紙に墨と色。紙は39.4×25.4センチ。番号は1916.1150。クリーヴランド美術館蔵。鳥文斎栄之《浅草絵馬堂で憩う女たち》クリーヴランド美術館蔵

建物の高さを、どう示すか

寺や社は、たいてい高い。

その高さを、絵はどう示しているか。

九点で見ると、方法は三つに分かれた。

一つは、天井を画面に入れる方法である。

木版の丸天井、聖堂の内部の二点がこれにあたる。

天井が上端で切れていると、その上がもっとあると分かる。

二つ目は、人を小さく描く方法である。

寺院の写真では、堂の前の人は柱の三分の一もない。

儀式の絵では、赤い衣の人が点のように並ぶ。

三つ目は、上へ細くしていく方法である。

寺院の屋根は、段を重ねて上へすぼまる。

すぼまり方が急なほど、高く見える。

三つとも、実際の高さを測らせるものではない。

見た目の印象を作る方法である。

館の記録には、建物の高さの数字がない。

書かれるのは、作品の寸法だけである。

だから、写真の寺が何メートルあるかは分からない。

分かるのは、印画紙が28.8×24.2センチだということだけである。

この落差は、建築を扱う作品につきものである。

数え直す

九点を並べ直したい。

寺や聖堂の内部を描いたのは、四点。

外から見たのが、三点である。

建物がほとんど見えないのが、二点だった。

人が描かれているのは、七点。

儀式や礼拝の場面は、四点である。

そして、寺が崩れているのが一点あった。

材で分けると、紙が五点、板が一点、布が二点、印画紙が一点。

大きさの幅も広い。

いちばん小さいのは44×32.3センチの板絵。

いちばん大きいのは、表装を含めて198.8×61センチの掛幅である。