塔は、一本で立つ——カナレット・トライプ・パーマーほか九点

二点目は、二枚の三角形の板絵である。
額なしで30.5×22.7センチ。
どちらも、上が尖った三角形をしている。
背景は金地である。
左の板には、若い人物が描かれる。
赤い衣に青い外衣。
顔は右を向き、手を胸の前に置く。
右の板の人物は、左を向いている。
館の記録の題は、天使を表した尖塔飾りという。
館の記述によれば、これは失われた祭壇画の上部にあった。
祭壇画は複数の板から成っていたが、いまはない。
二人の身振りと視線から、中央の絵の左右にあったと考えられる、と館は書く。
つまり、この二枚は建物の一部ではない。
家具のような大きな絵の、いちばん上の飾りである。
その形が塔に似ているので、塔の語で呼ばれる。

三点目は、色刷りの版画である。
館の記録に、寸法の欄はない。
画面には、野原と生垣がある。
馬に乗った人が、次々に生垣を跳んでいる。
数えると、馬は八頭ほどいる。
一頭は前脚を上げ、生垣の上にいる。
一頭は転倒し、乗り手が投げ出されている。
右のほうでは、別の馬が飛び込もうとしている。
左には、赤い上着の見物人が馬で並ぶ。
木は葉を落としていて、冬らしい。
画面の下に、細かい文字が刷られている。
館の記録の題は、ある町の競馬である。
英語の題に、塔を指す語が含まれている。
この競技の名は、遠くの教会の尖塔を目印にして走ったことに由来する。
つまり、語のなかに塔が残っている。
画面に塔は描かれていない。
日本語に訳すと、その語は消える。

四点目は、日本の掛幅である。
画面のみで85.1×31.2センチ。
表装を含めると172.2×44.1センチになる。
縦に細長い画面である。
下のほうに、水辺と橋がある。
橋の上に、小さな人影が二つ見える。
その上に、切り立った崖が立ち上がる。
崖は墨の濃淡で描かれ、輪郭は途切れがちである。
崖の中ほどに、屋根らしい形が見える。
寺だと思われるが、はっきりしない。
上のほうは霧で、紙の地が残されている。
いちばん上には、文字が書かれている。
館の記録は、その訳を載せている。
孤ろな寺が、切り立つ崖の西にある。
古い橋のあたりで、波が夕闇に消える。
梅を見ながら、二人の文人が考えている。
詩と酒と、どちらが先か。
そういう内容である。
英語の題では、崖を形容する語に塔の語が使われている。
日本語では、切り立つ、と訳される。
そこでも塔の字は消える。

夜の塔と、昼の塔
九点で、時刻の分かるものを見たい。
はっきり夜と読めるのは、一点だけだった。
星が散り、塔の窓に明かりが点いている銅版画である。
夜を描くには、光源を一つに絞る必要がある。
この一点では、それが塔の窓だった。
窓の明かりがあるので、そこに人がいると分かる。
昼と読めるのは、六点である。
空が白いか、影がはっきり出ている。
残る二点は、時刻が読めない。
金地の板絵と、崖を描いた掛幅である。
どちらも、空を空として描いていない。
金と、紙の地である。
時刻を持たない画面と言ってもよい。
これは、材と様式の問題である。
金地の絵は、光の当たり方を描かない。
墨の絵は、霧を紙の白で示す。
いずれも、その日その時刻の記録ではない。
一方、写真の一点は、必ずある一瞬を写している。
館の記述によれば、動くものは意図的に外された。
人も動物も入れなかった。
その結果、時刻の手がかりが影しかなくなった。
正確な記録を目指した結果、時間の情報が減っている。
塔は、水のそばに立つ
九点の塔の位置を見たい。
建物としての塔、五点のうち三点が水辺にあった。
一点は潟の岸に。
一点は港の石壁の上に。
一点は海辺の砂の上に。
残る二点は、丘の上と、寺の境内である。
水辺に塔が多いのは、理由がある。
水は道であり、境である。
舟が通る場所には、見張りと目印が要る。
だから河口や港には、塔が建てられた。
そして、水は塔を映す。
水面に映れば、塔は倍の高さに見える。
絵にとっては、都合のよい条件である。
もっとも、九点のうち映り込みを描いたものはなかった。
水は静かでも、塔の影までは描かれていない。
理由は、塔がたいてい岸から離れているからだろう。
真上から映すには、水際に立っていなければならない。
そこまで水に近い塔は、九点にはなかった。
館の記録は、塔の位置を書かない。
書かれるのは、地名だけである。
地名から、水辺かどうかを知ることはできない。
分かるのは、画像を見たときだけである。
数え直す
九点を並べ直したい。
建物としての塔が描かれているのは、五点。
そのうち、崩れている塔が一点。
明かりの点いている塔が一点ある。
塔の形をした別のものが、二点。
塔の語だけが残り、塔が描かれていないのが二点だった。
人が描かれているのは、七点。
そのうち、塔に近づいている人は一人もいない。
みな、塔の下か、離れた場所にいる。
塔は、入る建物ではなく、見る建物として描かれている。