作品を知る

壁は、絵と同じ形をしている——デューラー・アルトドルファー・トライプほか九点

壁は人物の後ろで黙って立つ面である。九点で数えると、人の後ろに壁があるのは五点、そのうち三点で壁はくぼんでいた。壁に掛けるもの、壁を覆うもの、壁の名を持つ通りまで混じる。最大と最小で四千倍の差が出た。

壁のそばに座る聖母子
アルブレヒト・デューラー《壁のそばに座る聖母子》クリーヴランド美術館蔵

低い石垣が、画面を上下に分けている

一枚の小さな銅版画に、石を積んだ低い壁がある。

壁は画面の左から右へ、ほぼ水平に走っている。

その手前に、女性が地面に直接座っている。

膝の上で、幼子を抱いている。

幼子は左手に丸い実を持ち、こちらへ差し出している。

女性の衣は厚く、襞が幾重にも折り重なる。

腰のあたりに、鍵の束と小さな袋が下がっている。

館の記述によれば、それは当時の家庭で使われていた鍵と財布である。

壁の向こう側には、なだらかな丘が続く。

丘の上に、塔のある建物が小さく見える。

館の記述は、それを当時のニュルンベルクの城と書いている。

版の面は14.7×9.9センチしかない。

紙は15×10.2センチだから、余白は左右に一.五ミリ程度しかない。

その狭い画面に、近景と遠景が同居している。

分けているのは、あの低い壁である。

壁のそばに座る聖母子
アルブレヒト・デューラー《壁のそばに座る聖母子》1514年。館の記録では、エングレーヴィング。版の面14.7×9.9センチ。紙は15×10.2センチ。番号は1977.20。クリーヴランド美術館蔵。アルブレヒト・デューラー《壁のそばに座る聖母子》クリーヴランド美術館蔵

壁は、絵のなかでいちばん地味な面である。

床のように物を載せず、天井のように高さを示さない。

たいていは、人物の後ろで黙って立っている。

それでも壁がなければ、画面はどこまでも奥へ抜けてしまう。

奥へ抜けた画面は、屋外になる。

つまり壁は、その絵が閉じているか開いているかを決めている。

壁は、後ろを止めるためにある

九点を並べて、壁の働きを数えたい。

集めかたは、館の記録の題によっている。

壁、壁龕、城壁にあたる語が入るものを拾った。

拾った九点は、素材も大きさも極端に違っていた。

いちばん小さいものは6.8×8.9センチの水彩である。

いちばん大きいものは416.4×563.6センチの綴織である。

面積で比べると、四千倍に近い差がある。

同じ壁という語で、この二つが並ぶ。

まず、絵のなかの壁として数えたい。

九点のうち、人物の後ろに壁が描かれるのは五点だった。

そのうち三点は、壁がくぼんでいる。

くぼみのことを、壁龕という。

残る二点では、壁が平らなまま背景になっている。

そして四点には、絵としての壁が描かれていない。

壁に掛けるための物、壁そのものを写した写真、壁の名を持つ通りである。

壁をくぼませると、そこは場所になる

壁龕の三点を見たい。

一点目は、十六世紀のイタリアの板絵である。

額なしで59.5×43.9センチ。

画面の中央に、女性が座り、膝の上に幼子を立たせている。

背後には、灰色の石の枠がある。

枠は上で丸く閉じ、左右で縦の柱になる。

そのくぼみの奥は、暗い茶色で塗られている。

くぼみがあることで、二人は前へ押し出されて見える。

平らな壁の前に立たせるより、はっきりと奥行きが出る。

館の記述には、この板が大きく手を加えられてきたことが書かれている。

かつて幼子の体の一部を隠す布が描き足されたという。

1941年に古い上塗りが除かれ、もとの状態に近づいたとも書かれている。

つまり画面は、五百年のあいだに二度描き替えられている。

見えているのは、その最後の状態である。

壁龕の聖母子
アントニオ・デル・チェライオーロに帰属《壁龕の聖母子》1520年代頃。館の記録では、板に油彩。額なしで59.5×43.9センチ。番号は1916.813。クリーヴランド美術館蔵。アントニオ・デル・チェライオーロ《壁龕の聖母子》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、木版で刷られた祭壇画の図である。

画面は30.2×22センチ。

版と紙が同じ寸法で、余白がない。

画面には、木で組んだ大きな祭壇の正面が彫られている。

中央に、聖母子を収めたくぼみがある。

その左右に、細長いくぼみが四つ並ぶ。

くぼみごとに、聖人が一人ずつ立っている。

四人は、それぞれ違う持ち物を抱えている。

上には三角形の破風があり、そこにもくぼみがある。

つまりこの画面は、くぼみの集合でできている。

祭壇とは、壁をくぼませて人を並べる装置である。

そう考えると、この版画は建築の図でもある。

レーゲンスブルクの美しき聖母と壁龕に立つ聖クリストフォロス、マグダラのマリア、聖フロリアヌス、聖カタリナの祭壇画
アルブレヒト・アルトドルファー《レーゲンスブルクの美しき聖母と聖人たちの祭壇画》1519〜38年。館の記録では、生成りの簀の目紙に黒の木版。画面と版と紙が30.2×22センチ。番号は1923.321。シカゴ美術館蔵。アルブレヒト・アルトドルファー《レーゲンスブルクの美しき聖母と壁龕に立つ聖クリストフォロス、マグダラのマリア、聖フロリアヌス、聖カタリナの祭壇画》シカゴ美術館蔵

館の記録の題は、これよりずっと長い。

四人の聖人の名が、一人ずつ書き並べられている。

さらに、上に父なる神がいることまで題に入っている。

つまり題そのものが、画面の目録になっている。

版画の題には、こういう書き方が残りやすい。

一枚ずつ売られる絵では、題が説明を兼ねるからである。

三点目は、ペンで描かれた図面に近い素描である。

紙は20.2×32.8センチ、台紙まで含めると27.2×40.1センチ。

画面は横長で、壁の一面が正面から描かれている。

中央にくぼみがあり、そこに翼のある子どもの像が立つ。

像の下には、四角い台がある。

左右の壁面には、細い縁取りと軽い唐草が描かれる。

線の一部は定規で引かれている、と館の記録は書く。

台紙の下には、鉛筆の書き込みが残っている。

館の記録はその文面も写している。

小部屋の壁龕の細部、十八世紀末の様式、といった内容である。

つまりこれは、実在の壁のための設計図だった可能性が高い。

絵として鑑賞するためではなく、作るために描かれた紙である。

壁龕の中のクピド像
パオロ・ヴィンチェンツォ・ボノミーニ《壁龕の中のクピド像》1700年代後半。館の記録では、ペンと黒インク、黒鉛の跡、白で明るいところを起こす。紙は20.2×32.8センチ。台紙は27.2×40.1センチ。番号は1991.146。クリーヴランド美術館蔵。パオロ・ヴィンチェンツォ・ボノミーニ《壁龕の中のクピド像》クリーヴランド美術館蔵