作品を知る

壁は、絵と同じ形をしている——デューラー・アルトドルファー・トライプほか九点

壁そのものを、正面から写す

壁が主題になった写真が一点ある。

インドの大きな寺院の、本殿の壁面を撮った塩紙の印画である。

画面は27.4×36センチ、台紙まで含めると45.3×57.3センチ。

写っているのは、二層に積まれた石の壁である。

壁は左右へ長く続き、画面の外へ出ていく。

壁の面には、規則的にくぼみが並ぶ。

館の記述によれば、そのくぼみには神々の像が収められている。

さらに、この壁の内側には聖なる石が祀られていると書かれている。

つまり、見えているのは外側だけである。

館の記録には、技法についても細かい記述がある。

撮影者はガラスではなく蝋を引いた紙を陰画に使った。

重さと割れやすさを避けるためだったかもしれない、と館は書く。

印画は、食塩と硝酸銀を塗った紙に焼き付けたという。

台紙には、番号を刷った紙が貼られている。

さらに、撮影者の肩書を押した空押しの跡もある。

館は、その文言まで記録に写している。

写真の裏側の事情が、これだけ細かく残されている。

タンジョール大寺院(ブリハディーシュヴァラ)本殿塔壁面の西面と南面
リンネウス・トライプ《タンジョール大寺院本殿塔壁面の西面と南面》1858年。館の記録では、蝋引き紙の陰画から作った鶏卵紙処理の塩紙印画。画面27.4×36センチ。台紙を含めて45.3×57.3センチ。番号は2020.210。クリーヴランド美術館蔵。リンネウス・トライプ《タンジョール大寺院(ブリハディーシュヴァラ)本殿塔壁面の西面と南面》クリーヴランド美術館蔵

壁に掛けるもの、壁を覆うもの

壁は、描かれるだけでなく、使われる面でもある。

九点のうち二点は、壁に掛けるために作られていた。

一点目は、七宝の大皿である。

皿の直径は28.9センチ、枠まで含めると50.7×50.7センチになる。

中央の丸い面は、金色に光る。

そこに、細い枝が斜めに伸びる。

枝には赤紫と黄の葉が付き、二羽の小鳥が止まっている。

鳥の目は白く、丸く抜かれている。

周りの枠は、緑の地に金の唐草が渦を巻く。

館の記録は、制作にかかわった二人の名を併記している。

館の記述によれば、この時期の西欧の工芸には日本の意匠の影響があった。

草花を余白の多い画面に置く扱いが、それにあたるという。

題に付いた壁の語は、掛ける場所を示している。

描かれているものとは、関係がない。

二羽の鳥を描いた壁掛けの大皿
エドゥアール・リエーヴル《二羽の鳥を描いた壁掛けの大皿》1879年。館の記録では、金鍍金の金属枠に嵌めた七宝と絵付け七宝。枠を含めて50.7×50.7センチ。皿の直径は28.9センチ。番号は1985.69。クリーヴランド美術館蔵。エドゥアール・リエーヴル《二羽の鳥を描いた壁掛けの大皿》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、綴織である。

全体で416.4×563.6センチある。

高さが四メートル、幅が五メートル半を超える。

壁を覆うために作られた布である。

画面には、大勢の人が集まっている。

中央の女性が、右手を伸ばして何かを指している。

指す先には、大きな紙を広げた二人がいる。

一人は膝をついている。

館の記述によれば、その紙は都市の城壁の設計図である。

つまり、壁を覆う布の上で、壁の設計が示されている。

館の記述は、これが八点続きの一枚だとも書く。

八点で一つの物語を語る組物だった。

寄贈された当初は、甲冑の陳列室に掛けられたという。

ディドがアエネアスにカルタゴの城壁の設計を示す
ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリ《ディドがアエネアスにカルタゴの城壁の設計を示す》1679年。館の記録では、絹と羊毛の綴織。全体で416.4×563.6センチ。番号は1915.79.4。クリーヴランド美術館蔵。ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリ《ディドがアエネアスにカルタゴの城壁の設計を示す》クリーヴランド美術館蔵

壁になる予定だった絵

もう一点、壁と関係の深いものがある。

半円形の板紙に描かれた油彩である。

42.8×93.2センチで、上の縁が弧を描いている。

館の記録は、この形を半月形と書いている。

内容は、山と川のある風景らしい。

白く光る山が、中央の奥に立つ。

手前には、黄土色の斜面が広がる。

筆の跡は粗く、形は簡単にまとめられている。

館の記録では、これは壁画のための習作である。

東オレゴンの建物に描く予定だった、と書かれている。

半円形なのは、壁の上部の形に合わせたからだろう。

完成した壁画がどうなったかは、記録にない。

残っているのは、この習作だけである。

壁のための絵が、壁から離れて館にある。

無題(東オレゴンの壁画のための習作)
シー・エス・プライス《無題(東オレゴンの壁画のための習作)》1935〜40年頃。館の記録では、板紙に油彩。42.8×93.2センチ、半円形。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。シー・エス・プライス《無題(東オレゴンの壁画のための習作)》スミソニアン協会蔵

壁が、通りの名になる

最後の一点は、語の外れである。

十九世紀のニューヨークを描いた、ごく小さな水彩。

6.8×8.9センチしかない。

名刺より小さい。

画面には、通りの両側に建物が並ぶ。

左の建物は三階建てで、窓が規則正しく並ぶ。

右には、屋根の急な建物がある。

道には、人が十人ほど描かれている。

犬らしい影も見える。

歩道の縁に、街灯が一本立つ。

題にある壁の語は、この通りの名である。

その名は、かつてそこにあった市の壁に由来する。

だが画面には、市壁は描かれていない。

十九世紀には、すでに取り払われていたからである。

残ったのは名前だけである。

そして、その名を題に持つ紙が、館に残っている。

合衆国銀行支店、ウォール街
チャールズ・ダブリュー・バートン《合衆国銀行支店、ウォール街》1831年。館の記録では、オフホワイトの網目紙に水彩と黒鉛。6.8×8.9センチ。番号は1979.19。メトロポリタン美術館蔵。チャールズ・ダブリュー・バートン《合衆国銀行支店、ウォール街》メトロポリタン美術館蔵

壁の前に座るか、壁に寄りかかるか

人と壁の距離も、数えておきたい。

人物が描かれた五点で、壁との関係は三通りに分かれた。

壁の前に座るのが二点。

壁のくぼみの中に立つのが二点。

壁から離れて歩いているのが一点である。

最初の銅版画の女性は、壁のすぐ手前に座っている。

背中は壁に触れていないが、影の付き方から近さが分かる。

くぼみの中に立つ人物は、壁と一体になっている。

祭壇画の聖人たちは、動くことを想定されていない。

くぼみの幅が、そのまま人の幅になっている。

三通りのなかで、いちばん自由なのは通りを歩く人である。

ウォール街の水彩では、人は道の真ん中にいる。

建物の壁は左右にあり、後ろにはない。

壁が背景でなく、両側の枠になっている。

同じ壁でも、置く位置で働きが変わる。

後ろにあれば背景になり、両側にあれば通路になる。

上にあれば天井に近づき、下にあれば床になる。

面の向きだけで、呼び名が変わっているとも言える。