滝は、九点とも白い——ミシャロン・ヴェルネ・英泉ほか九点
落ちる水は空気を含んで白くなる。九点で数えると、白く描かれるのは七点、残る二点も紙の地を残している。同じ場所を描いた作品が二組あった。滝を登る鯉の版画は、幅の三倍の高さがある。落差が測れるのは二点しかない。水は縦に落ち、画面も縦になる。

白い水が、縦に落ちている
一枚の油彩に、滝がある。
41.3×56.2センチ。
横長の画面である。
画面の中央やや右に、白い水の帯がある。
帯は上から下へ、まっすぐ落ちる。
高さは、画面の半分ほどある。
水は白と灰色で、縁が細かくほぐれている。
落ちた先は、岩の多い水たまりである。
そこで水は泡になり、白く散る。
滝の左右は、暗い岩である。
岩は茶色と黒で、湿っている。
画面の左には、大きな枯木が立つ。
幹は太く、途中で折れている。
枝は白く、葉がない。
その根もとに、人が二人いる。
赤い衣の人が座り、もう一人が横になっている。
牛か馬らしい動物も見える。
上のほうには、緑の木立と青い空がある。
雲は白く、薄い。
館の記録に、記述の欄はない。
書かれているのは、題と年と技法と寸法である。

滝は、水が落ちる場所である。
高さの差が、そのまま音と泡になる。
そして、水は白くなる。
流れている水は透明だが、落ちる水は白い。
空気を含んで、光を散らすからである。
九点を並べて、その白さの描き方を数えたい。
同じ場所が、二度ずつ出てきた
集めかたは、館の記録の題によっている。
滝、瀑にあたる語が入るものを拾った。
九点とも、滝が主題である。
外れは一点もなかった。
そして、面白いことが起きた。
同じ場所を描いた作品が、二組あった。
一組は、ローマ近くの町の滝である。
十八世紀の油彩と、十八世紀末の銅版画。
もう一組は、北アメリカの大きな滝である。
十九世紀の琺瑯の小品と、十九世紀の写真。
有名な滝ほど、繰り返し描かれる。
前に広場を扱った回でも、同じ広場が三点あった。
語で引くと、有名な場所が自然に集まってくる。
二つのティヴォリ
一組目を見たい。
油彩は、額なしで123.2×172.6センチ。
九点のなかで、いちばん大きい。
画面の中央に、深い谷がある。
谷の両側は、切り立った岩である。
岩の面には、木が生えている。
右の岩壁から、細い滝が何本も落ちる。
数えると、四本か五本ある。
いずれも細く、白い線のように見える。
谷底には、水が溜まっている。
その岸に、人が数人いる。
一人は釣りをしているらしい。
奥には、丸い建物が崖の上に立つ。
空は明るく、雲が広がる。
館の記述によれば、これは画家がローマで学んだ時期の作である。
そして、水が中心の主題であることにも触れている。
館の記録によれば、署名にはローマで制作したと書かれている。

銅版画は、紙が39.9×30.7センチ。
版の面は36.8×27.5センチ。
縦長の画面である。
画面の上のほうに、石造りの橋がある。
アーチが一つ、崖と崖を結ぶ。
その左に、崩れかけた建物が立つ。
丸い窓が二つ見える。
橋の下は、深い谷である。
谷を、白い水が落ちていく。
岩と岩のあいだで、水は何度も折れる。
手前の岩の上に、人が二人いる。
一人は座り、板を膝に載せている。
写生をしているらしい。
館の記述によれば、この一枚は写生する画家を描いたものである。
そして、イタリアの眺めを集めた連作の一枚だという。
館の記録によれば、その連作は七十二枚から成る。
四人が二十四枚ずつ寄せた、と書かれている。

二つのナイアガラ
二組目を見たい。
一点目は、琺瑯の小品である。
見える範囲で6.7×5.7センチ。
九点のなかで、いちばん小さい。
銅の板に、色の琺瑯で描かれている。
画面の中央に、白い水が落ちている。
水は幅が広く、勢いがある。
左右は、暗い岩と木である。
木の葉は細かく、緑と茶で描かれる。
手前には、倒れた木がある。
左下の隅に、小さな人影が二つある。
館の記録に、記述の欄はない。
これだけの大きさに、滝と岩と木と人が入っている。
額に入れられていて、周りに白い縁がある。

二点目は、写真である。
画面は19×24.2センチ。
台紙まで含めると35.6×45.7センチになる。
画面は暗い。
上半分は、厚い雲である。
雲の切れ目から、光が漏れる。
中央の遠くに、白い滝が横に伸びる。
水は白く飛んでいて、細部がない。
その手前は、雪の積もった岸である。
雪は明るく、画面の下半分を占める。
左には、葉の落ちた木が立つ。
枝は黒く、細かく分かれている。
館の記録によれば、写真そのものに文字が書かれている。
滝の名と、撮影者の名である。
そして、陰画の番号は汚れで読めないと注記されている。
読めないことを、そのまま書いている。
