まっすぐな幹は、一本もない——セガンティーニ・一休・アルトドルファーほか九点
木は一本ずつ主役になることが少ない。九点で数えると、幹はいずれも曲がるか傾いていた。まっすぐな縦線は画面を割ってしまうからである。葉のない木が二点、松が三点、樫の葉の文様の壺が一点。根元が見えるのは五点で、梢まで入るのは四点しかない。

松が、画面を斜めに横切っている
一枚の油彩に、松がある。
額なしで135.2×72センチ。
縦に細長い画面である。
幹は、画面の下から上へ、やや斜めに伸びる。
太さは、大人の腕ほどに見える。
樹皮は赤茶で、縦に裂けている。
幹は途中で二つに分かれる。
分かれた枝は、それぞれ上へ向かう。
葉は、画面の上のほうにだけ付く。
濃い緑の細かい筆が、無数に重ねられている。
背景は、明るい緑と黄である。
そこに、赤い小さな点が散る。
花か、実だろう。
画面の下のほうは、草地である。
右下の隅に、白と青の塊がある。
家畜らしいが、はっきりしない。
館の記述によれば、その部分は仕上げられていない。
赤茶の下地が、そのまま見えているという。
言われて見ると、たしかに塗りが薄い。
館の記述はさらに、この画家の言葉も引いている。
自然から精神の秘密を引き出そうとしている、という趣旨である。

木は、風景のなかでいちばん多い。
だが、一本ずつ主役になることは少ない。
たいていは森として、あるいは背景として描かれる。
九点を並べて、木が主役になるときの扱いを数えたい。
木の絵は、縦に長い
集めかたは、館の記録の題によっている。
木、松、柳、樹にあたる語が入るものを拾った。
九点のうち、木が描かれているのは七点だった。
残る二点は、後で扱う。
まず、判型を数えたい。
縦長が四点、横長が五点である。
だが、木が主役の画面に限ると、縦長が多い。
木は上へ伸びるので、画面も縦になる。
横長の五点では、木は複数か、並木として描かれる。
一本なら縦、何本もなら横。
その分かれ方が、はっきり出ている。
二本の松と、一本の松
十六世紀の銅版画を見たい。
版の面と紙が、どちらも11.8×16.3センチ。
裁ち落としがないので、寸法が同じである。
画面の右に、二本の松が立つ。
幹は細く、上のほうで枝を広げる。
葉は横へ張り出し、傘のような形になる。
その左に、低い丘と町が見える。
町には、塔と屋根が並ぶ。
さらに左は、開けた土地である。
手前には、草と岩がある。
人は描かれていない。
館の記述によれば、この画家は九点しか腐食銅版を作らなかった。
そのうちの数点は、物語も信仰の場面も含まない。
つまり、風景だけを描いた版画である。
館は、それがヨーロッパで最初期の例だと書いている。
さらに、当時は銅ではなく鉄の板を使ったとも書かれている。
そのため、線がやや霞んでいるという。
言われて見ると、線の縁がにじんでいる。
館の記述は、描かれた場所が特定できないとも書く。
想像で組み立てたのだろう、としている。

松の音を、絵にする
日本の掛幅を見たい。
画面のみで76.8×32センチ。
表装を含めると153.7×38.1センチになる。
縦に細長い。
画面の上の三分の二は、文字である。
漢字が縦に、行を成して書かれている。
墨は濃く、筆は速い。
その下に、絵がある。
左上から、岩の張り出しが下りてくる。
その先に、松の枝が垂れる。
葉は淡い墨の点で示される。
岩の下に、小さな人影がある。
座って、うつむいているらしい。
さらに下には、水面らしい横の線がある。
館の記録によれば、この詩の題は、山に住む僧が松風を聴く、という。
そして館は、詩の訳も載せている。
三十年も一つの寺にとどまる必要があるだろうか。
公案を解き終えたら、高い松の風の静けさのなかで眠る。
そういう内容である。
館はさらに、詩に出てくる山の語が寺を指すこともある、と注記している。
つまり、山に住むとは寺に住むことでもある。
絵と詩は、同じ人の手になると記録に書かれている。

葉のない木
葉の落ちた木を描いた二点がある。
一点目は、中国の画帖の一葉である。
全体で30.2×26.7センチ。
絹に墨と色で描かれている。
画面の右に、細い木が二本立つ。
枝は上へ細かく分かれ、葉が一枚もない。
枝の先は、針のように尖っている。
その左に、水仙が数株ある。
細長い葉が広がり、白い花が咲く。
下には、岩が横たわる。
岩は輪郭線で描かれ、内側は薄い墨である。
左上には、書き込みと印がある。
この画帖からは、屋根を扱った回でも一葉を取り上げた。
同じ二十図の画帖から、別の葉が公開されている。
館の記述によれば、この画家は晩年に人物や風景を小さく描いた。
世界を縮めて見る態度だという。

二点目は、水彩である。
紙は36.3×45.8センチ。
横長の画面である。
画面には、家の裏側が並ぶ。
板壁の家、傾いた小屋、細い柱。
いずれも灰色と茶色で描かれる。
地面は雪で、白と薄い青である。
雪の上に、細い足跡と影が走る。
裸の木が、数本立っている。
枝は細かく分かれ、黒い線になっている。
画面の中央、雪の上に、緑の塊がある。
そこだけが鮮やかな緑と黄である。
館の記録の題によれば、それは捨てられたクリスマスツリーである。
制作は1917年の一月と記録にある。
年だけでなく、月まで書かれている。
館の記述によれば、この画家はこの時期に同じ木を繰り返し描いた。
そして、その木を善さの象徴と見ていたという。