作品を知る

池は、四点で鏡になる——コロー・池大雅・マッケほか九点

閉じた水は風が当たらず、波が立たない。九点で数えると、対岸が見えるのは五点、映り込みがあるのは四点だった。水を塗らずに紙の地で示す方法が二点。水に入る人は一人もいない。周りを囲む木が水を止めて見せていた。九点のうち六点に木がある。

ヴィル・ダヴレーの池
ジャン・バティスト・カミーユ・コロー《ヴィル・ダヴレーの池》クリーヴランド美術館蔵

水面が、木立の下で止まっている

一枚の油彩に、池がある。

額なしで58.1×99.4センチ。

横長の画面である。

画面の左に、大きな木の塊がある。

葉は細かい点の集まりで、輪郭がぼやける。

色は暗い緑と、灰色がかった茶である。

その右に、水面が広がる。

水は灰色で、ほとんど動いていない。

対岸の木立が、そこに映っている。

映った像は、上下が逆になっている。

だが、輪郭ははっきりしない。

水面の少し先に、細い木が二本立つ。

さらに奥は、低い丘である。

丘は霞んでいて、緑と灰色が混ざる。

空は上のほうまで白く、雲の形がない。

手前の岸に、人が二人いる。

小さく、輪郭だけである。

一人は牛らしいものを引いている。

水際には、細い草が生えている。

館の記述によれば、これは画家の家の近くの池である。

そして館は、この時期の作風を柔らかく霞んだ形と書く。

さらに、自然の観察と、なつかしい記憶とが混ざっているとも書かれている。

ヴィル・ダヴレーの池
ジャン・バティスト・カミーユ・コロー《ヴィル・ダヴレーの池》1860年代後半。館の記録では、布に油彩。額なしで58.1×99.4センチ。番号は1944.80。クリーヴランド美術館蔵。ジャン・バティスト・カミーユ・コロー《ヴィル・ダヴレーの池》クリーヴランド美術館蔵

池と湖は、閉じた水である。

川のように流れず、海のように広がらない。

だから、必ず岸が見える。

岸が見えるということは、大きさが測れるということである。

九点を並べて、その測り方を数えたい。

対岸が見えるかどうか

集めかたは、館の記録の題によっている。

池、湖、沼にあたる語が入るものを拾った。

九点のうち、水が描かれているのは七点だった。

残る二点は、後で扱う。

まず、対岸が見えるかどうかを数えたい。

対岸がはっきり見えるのが、五点。

対岸が霞んでいるのが、一点。

対岸が画面の外にあるのが、一点である。

対岸が見えると、水は囲まれたものになる。

見えなければ、海と区別がつかない。

つまり池や湖の絵では、対岸を描くことが要点になる。

海の絵とは、そこが逆である。

海では、向こう岸を描かない。

水は、たいてい静かである

もう一つ、はっきりした特徴があった。

九点のうち、波が立っている水は一点もない。

七点とも、水面は静かである。

そのうち、対岸や木を映しているのが四点あった。

閉じた水は、風が当たりにくい。

だから波が立たず、鏡になる。

前に川と海を扱ったときと、正反対である。

川は流れ、海は波立つ。

池は止まる。

止まった水は、上のものを映す。

映すと、画面のなかに同じ形が二つできる。

上下に対になった形が、画面を落ち着かせる。

九点のうち四点で、その効果が使われている。

中国と日本の湖

東アジアの二点を見たい。

一点目は、日本の掛幅である。

画面は58×133センチ。

横に長く、掛幅としては珍しい形である。

表装まで含めると170.5×140.3センチになる。

画面の中央に、広い水面がある。

水は白いまま残されている。

紙の地である。

その水の上に、細長い島がいくつも浮かぶ。

島には木が生え、建物が小さく見える。

島と島は、丸いアーチの橋でつながっている。

橋は三つか四つある。

左には、切り立った岩山が立つ。

右のほうは、低い丘が続く。

奥は霞んで、山の形だけが残る。

館の記述によれば、これは中国のある湖である。

古くから詩に詠まれてきた場所だという。

そして、その湖を描いた絵は日本でも早くから好まれた。

館は、島をつなぐ橋の形がこの湖の目印だと書いている。

さらに、この画家が中国の木版の本を手本にしたことにも触れている。

つまり、実際に見て描いたわけではない。

西湖
池大雅《西湖》十八世紀半ば。館の記録では、掛幅。紙に墨と淡彩。画面58×133センチ。表装を含めて170.5×140.3センチ。番号は1970.69。クリーヴランド美術館蔵。池大雅《西湖》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、中国の画帖の一葉である。

全体で33.3×53センチ。

横長の画面である。

中央に、木立に囲まれた家がある。

屋根は低く、庭がある。

庭には、人が数人いる。

その周りを、水が取り巻いている。

水は白く残され、細い橋が架かる。

橋の上を、人が渡ってくる。

奥にも、水と木立と家が続く。

木は葉を落としていて、細い枝が広がる。

館の記述によれば、これは元日の場面である。

親族や友人が、年始の挨拶に来る。

庭では、二人の子どもが爆竹を鳴らしている。

門の前では、使用人が銅鑼を叩いて客を知らせる。

家の中では、主人が客に温めた酒を出す。

そして、門に貼る新年の対句を書いている。

白い花は、春の訪れを示すという。

館は、その一つずつを記録に書いている。

画面を見ただけでは、そこまで読み取れない。

記録があって、はじめて場面が分かる。

石湖の村の元日
李士達《石湖の村の元日》1609年。館の記録では、画帖の一葉。紙に墨と淡彩。全体で33.3×53センチ。番号は1980.178。クリーヴランド美術館蔵。李士達《石湖の村の元日》クリーヴランド美術館蔵

水を、白く残す

東アジアの二点で、水の描き方に共通点があった。

どちらも、水を塗っていない。

紙の地を、そのまま残している。

墨で描かれるのは、岸と木と建物だけである。

その周りを塗らずにおくと、そこが水になる。

これは、墨の絵に特有の方法である。

油彩では、こうはいかない。

塗り残せば、下地の白が出るだけである。

水として読ませるには、灰色や青を置く必要がある。

九点のうち、水を塗っていないのは二点。

薄く塗っているのが、三点。

はっきり色を置いているのが、二点だった。

塗らない水は、明るく、軽く見える。

塗った水は、重く、深く見える。

同じ池でも、塗るかどうかで印象が変わる。

そして塗らない方法は、紙が白いことに頼っている。

紙が黄ばめば、水も黄ばむ。

今回の掛幅も、地の紙はやや茶色い。

作られた当時は、もっと白かっただろう。

つまり、水の色は経年で変わっている。

館の記録は、そこまで書かない。

書かれるのは、材と技法だけである。