窓の外は、三点しか見えない——ルグロ・レンブラント・モリゾほか九点

もう一点、外を見ない例がある。
十九世紀末に撮られた写真である。
プラチナ・プリントに、水彩とグワッシュが加えられている。
画面は20.3×15.4センチ。
台紙まで含めると45.7×35.6センチになる。
白い長い服の女性が、窓のほうへ体を傾けている。
窓には、細かい格子が入っている。
その格子越しに、外の光が入る。
光は弱く、輪郭がにじんでいる。
女性の顔は、横から見た形になる。
だが、目が窓の外を見ているようには見えない。
手を上げて、格子か掛け金に触れている。
窓は、開けるための装置として描かれている。
館の記録には、写真の面に画家の署名と年が書き込まれているとある。
裏には、別の年と、写された人の名が鉛筆で書かれている。
表と裏で、年が一年ずれている。
館は、どちらが正しいとも書いていない。

窓が、光そのものになる
外を描かないなら、窓に何が残るか。
光と、枠である。
二十世紀のリトグラフが、その極端な例だった。
画面は20.2×14.3センチ。
そこに、五つか六つの顔がひしめいている。
顔は面のように単純化されている。
目は細く、口は小さい。
たがいに向き合っていない。
背景に、太い縦の線が二本走る。
線の上のほうは、横棒でつながれている。
窓枠らしい形である。
だが、枠の内も外も同じ調子で描かれている。
明るさに差がない。
館の記述によれば、この人たちが外の眺めをふさいでいるのか、それとも建物の外から見られているのかは、はっきりしないという。
館の記録が、判断を保留している。
画像を見ても、確かに決められない。
窓が枠として働くには、内と外の明るさが違っていなければならない。
差がなくなると、窓は線に戻る。

窓そのものが、作品になる
九点のうち二点は、絵に描かれた窓ではない。
窓そのもの、あるいは窓の記録である。
一点目は、鉛でつないだガラスの窓である。
金属の枠に、細長いガラスがはまる。
全体で105.1×28.5センチ。
縦横の比は、およそ四対一。
模様は、緑と黄の四角と直線で作られている。
下のほうに、緑の正方形が一つ置かれる。
上のほうには、細い線が枝のように伸びる。
館の記録では、二十世紀初頭のアメリカの建築家の設計とある。
同じ記録は、制作したガラス会社の名も併記している。
館の記述によれば、この窓はある住宅のために作られた。
その住宅は、1905年に建てられたという。
つまりこの窓は、建物から外されて館に来た。
窓は、もともと壁の一部である。
壁から外れると、板のようなものになる。
外れた窓が、単独の番号を持って収蔵されている。

二点目は、素描の裏面である。
十七世紀のフランドルの画家が、ローマの建物を写した紙。
その裏に、窓と付柱の形が黒鉛で描かれている。
紙は38.9×48.9センチと大きい。
ところが、画像ではほとんど何も見えない。
薄い黄ばんだ紙の面が広がるだけである。
黒鉛の線は細く、薄い。
紙の縁に、貼られた紙片の影が見える。
館の記録は、その紙片に書かれた文字まで写している。
上の左に、茶色のインクの記号。
中央に、読めない鉛筆の書き込み。
下の中央に、番号らしい文字列。
読めないものを、読めないまま記録している。
題には「裏」と明記されている。
つまり館は、この面が主でないことを示している。
主の面は、別の番号ではなく同じ番号の一部として扱われる。

光は、どちら側から来ているか
窓が枠なら、光は必ず片側から来る。
九点で、光の来る側を読みたい。
読めたのは、七点だった。
左から来るものが四点。
右から来るものが二点。
正面から来るものが一点。
残る二点は、光の向きが読めない。
一点は、窓そのものである。
もう一点は、線がほとんど見えない素描の裏である。
左からの光が多いのは、偶然かもしれない。
右利きの画家が机の前に座ると、光は左から入るほうが都合がよい。
手の影が、紙の上に落ちないからである。
版画の工房でも、同じ配置が使われたと言われる。
ただし、これは今回の九点から確かめられることではない。
七点のうち四点というのは、偏りと呼ぶには弱い。
だから、そういう話があるとだけ書いておく。
光の向きは、記録には書かれていない。
読めるのは、画像のほうだけである。
そして画像から読めるのは、明暗の差だけである。
差が小さくなると、向きは分からなくなる。
リトグラフの一点が、その状態だった。