作品を知る

窓の外は、三点しか見えない——ルグロ・レンブラント・モリゾほか九点

窓辺で銅版画を制作する自画像
レンブラント・ファン・レイン《窓辺で銅版画を制作する自画像》1648年。館の記録では、象牙色の簀の目紙にエッチング、ドライポイント、ビュラン、黒。版の面15.6×13センチ。紙全体16.5×13.6センチ。番号は2004.88。シカゴ美術館蔵。レンブラント・ファン・レイン《窓辺で銅版画を制作する自画像》シカゴ美術館蔵

もう一点、外を見ない例がある。

十九世紀末に撮られた写真である。

プラチナ・プリントに、水彩とグワッシュが加えられている。

画面は20.3×15.4センチ。

台紙まで含めると45.7×35.6センチになる。

白い長い服の女性が、窓のほうへ体を傾けている。

窓には、細かい格子が入っている。

その格子越しに、外の光が入る。

光は弱く、輪郭がにじんでいる。

女性の顔は、横から見た形になる。

だが、目が窓の外を見ているようには見えない。

手を上げて、格子か掛け金に触れている。

窓は、開けるための装置として描かれている。

館の記録には、写真の面に画家の署名と年が書き込まれているとある。

裏には、別の年と、写された人の名が鉛筆で書かれている。

表と裏で、年が一年ずれている。

館は、どちらが正しいとも書いていない。

窓辺で
クラレンス・エイチ・ホワイト《窓辺で》1896年。館の記録では、水彩とグワッシュを加えたプラチナ・プリント。画面20.3×15.4センチ。台紙を含めて45.7×35.6センチ。番号は1980.129。クリーヴランド美術館蔵。クラレンス・エイチ・ホワイト《窓辺で》クリーヴランド美術館蔵

窓が、光そのものになる

外を描かないなら、窓に何が残るか。

光と、枠である。

二十世紀のリトグラフが、その極端な例だった。

画面は20.2×14.3センチ。

そこに、五つか六つの顔がひしめいている。

顔は面のように単純化されている。

目は細く、口は小さい。

たがいに向き合っていない。

背景に、太い縦の線が二本走る。

線の上のほうは、横棒でつながれている。

窓枠らしい形である。

だが、枠の内も外も同じ調子で描かれている。

明るさに差がない。

館の記述によれば、この人たちが外の眺めをふさいでいるのか、それとも建物の外から見られているのかは、はっきりしないという。

館の記録が、判断を保留している。

画像を見ても、確かに決められない。

窓が枠として働くには、内と外の明るさが違っていなければならない。

差がなくなると、窓は線に戻る。

窓辺にて(二)
カール・ホーファー《窓辺にて(二)》1923年頃。館の記録では、リトグラフ。画面20.2×14.3センチ。番号は1931.269。クリーヴランド美術館蔵。カール・ホーファー《窓辺にて(二)》クリーヴランド美術館蔵

窓そのものが、作品になる

九点のうち二点は、絵に描かれた窓ではない。

窓そのもの、あるいは窓の記録である。

一点目は、鉛でつないだガラスの窓である。

金属の枠に、細長いガラスがはまる。

全体で105.1×28.5センチ。

縦横の比は、およそ四対一。

模様は、緑と黄の四角と直線で作られている。

下のほうに、緑の正方形が一つ置かれる。

上のほうには、細い線が枝のように伸びる。

館の記録では、二十世紀初頭のアメリカの建築家の設計とある。

同じ記録は、制作したガラス会社の名も併記している。

館の記述によれば、この窓はある住宅のために作られた。

その住宅は、1905年に建てられたという。

つまりこの窓は、建物から外されて館に来た。

窓は、もともと壁の一部である。

壁から外れると、板のようなものになる。

外れた窓が、単独の番号を持って収蔵されている。

開き窓
フランク・ロイド・ライト《開き窓》1904年頃。館の記録では、金属枠に鉛でつないだガラス。全体で105.1×28.5センチ。番号は1984.11。クリーヴランド美術館蔵。フランク・ロイド・ライト《開き窓》クリーヴランド美術館蔵

二点目は、素描の裏面である。

十七世紀のフランドルの画家が、ローマの建物を写した紙。

その裏に、窓と付柱の形が黒鉛で描かれている。

紙は38.9×48.9センチと大きい。

ところが、画像ではほとんど何も見えない。

薄い黄ばんだ紙の面が広がるだけである。

黒鉛の線は細く、薄い。

紙の縁に、貼られた紙片の影が見える。

館の記録は、その紙片に書かれた文字まで写している。

上の左に、茶色のインクの記号。

中央に、読めない鉛筆の書き込み。

下の中央に、番号らしい文字列。

読めないものを、読めないまま記録している。

題には「裏」と明記されている。

つまり館は、この面が主でないことを示している。

主の面は、別の番号ではなく同じ番号の一部として扱われる。

プロパガンダ・フィデ学院の最上階の窓と付柱の素描(裏)
リーヴェン・クライル《プロパガンダ・フィデ学院の最上階の窓と付柱の素描(裏)》1665年。館の記録では、黒鉛。紙は38.9×48.9センチ。番号は1943.262.b。クリーヴランド美術館蔵。リーヴェン・クライル《プロパガンダ・フィデ学院の最上階の窓と付柱の素描(裏)》クリーヴランド美術館蔵

光は、どちら側から来ているか

窓が枠なら、光は必ず片側から来る。

九点で、光の来る側を読みたい。

読めたのは、七点だった。

左から来るものが四点。

右から来るものが二点。

正面から来るものが一点。

残る二点は、光の向きが読めない。

一点は、窓そのものである。

もう一点は、線がほとんど見えない素描の裏である。

左からの光が多いのは、偶然かもしれない。

右利きの画家が机の前に座ると、光は左から入るほうが都合がよい。

手の影が、紙の上に落ちないからである。

版画の工房でも、同じ配置が使われたと言われる。

ただし、これは今回の九点から確かめられることではない。

七点のうち四点というのは、偏りと呼ぶには弱い。

だから、そういう話があるとだけ書いておく。

光の向きは、記録には書かれていない。

読めるのは、画像のほうだけである。

そして画像から読めるのは、明暗の差だけである。

差が小さくなると、向きは分からなくなる。

リトグラフの一点が、その状態だった。