画家を知る

遠近法を、浮世絵に入れる——歌川豊春の浮絵

橋を、真横から見る

もう一枚、別の浮絵を見てみたい。

江戸中洲新大橋
歌川豊春《江戸中洲新大橋》1780年ごろ。木版、紙本着色。縦26.7センチ、横38.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。歌川豊春《江戸中洲新大橋》メトロポリタン美術館蔵

川である。手前に水面が広がる。

中央やや右に、長い橋が架かる。

橋は画面を横切り、右奥へ抜けていく。

水面には舟が浮かぶ。屋根つきの舟、荷を積んだ舟、渡し舟。

対岸には家並みが続き、その向こうに低い山がかすむ。

手前の岸には、人が歩いている。

さて、ここでの遠近法の使い方は、先ほどと違う。

芝居町の絵では、消失点が画面のほぼ中央にあった。

この絵では、視線が斜めに入っている。

橋は正面ではなく、角度をつけて置かれている。

だから橋脚は、奥へ行くほど詰まって見える。

同じ規則を、別の角度に当てはめたわけである。

規則を理解している者にしか、これはできない。

高いところから、見おろす

三枚目は、また違う。

江戸八景之図
歌川豊春《江戸八景之図》1780年ごろ。木版、紙本着色。縦24.0センチ、横37.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。歌川豊春《江戸八景之図》メトロポリタン美術館蔵

画面全体が、赤みを帯びている。

紙の地色と、赤系の顔料が広く使われている。

構図は俯瞰である。高い場所から町を見おろしている。

水路が何本も走り、そのあいだに屋根が密集する。

橋が架かり、舟が行き、人が点のように散っている。

題は《江戸八景之図》。江戸の名所を八つ集めた図である。

ここでは、消失点は使われていない。

俯瞰の視点は、日本の絵巻や屏風が長く使ってきた形である。

つまり豊春は、西洋の規則に乗り換えたのではない。

主題に応じて、使う道具を選んでいる。

奥行きを見せたい町並みには、消失点を使う。

広がりを見せたい名所図には、俯瞰を使う。

二つの空間の、使い分け

この使い分けは、けっこう重要だと思う。

遠近法は、一つの立ち位置を決める方法である。

見る人の目の高さと、見る方向が固定される。

そのぶん、その場に立っている感じが強く出る。

一方、俯瞰には固定された立ち位置がない。

どこにも立っていない目が、上から全体を見る。

そのぶん、情報を多く並べられる。

名所を八つ並べるなら、こちらのほうが向いている。

豊春は、どちらが優れているかを競っていない。

必要に応じて持ち替えている。

新しい技法が入ってきたとき、こういう扱い方をする人は少ない。

たいていは、新しいほうに偏るか、拒むかのどちらかになる。

中洲という場所

《江戸中洲新大橋》の中洲についても、触れておきたい。

中洲は、隅田川に築かれた埋立地である。

十八世紀の後半に造成され、茶屋や見世物が並んだと伝えられる。

一時は江戸の盛り場の一つになった。

ただし、この土地は長くは続かなかった。

水の流れを妨げるとして、のちに取り払われている。

つまりこの絵は、短い期間だけ存在した町を描いていることになる。

版画は、そういう記録をしばしば残す。

名所図は、名所が変わればそのまま古い姿の記録になる。

もっとも、絵師がそれを意識していたかは分からない。

彼はおそらく、今いちばん人が集まる場所を描いた。

結果として、消えた場所の姿が残った。

舟と橋の描き分け

この絵の細部も見ておきたい。

水面には、いくつもの舟が浮かぶ。

屋根を掛けた舟には、人影が並んでいる。

荷を積んだ舟は、喫水が深く描かれている。

小さな渡し舟は、二、三人しか乗っていない。

舟の種類が、きちんと描き分けられている。

橋の上にも、人が点々と歩く。

橋脚は太く、水面に影を落としている。

対岸の家並みは、屋根の線だけで示される。

そして遠景の山は、ごく淡い色で刷られている。

手前は濃く、遠くは淡い。

これは遠近法とは別の、色による距離の作り方である。

一枚の中で、二つの方法が同時に働いている。

線の収束と、色の濃淡。

どちらも奥行きを作るが、由来は違う。

豊春はそれを、無理なく同居させている。

八景という枠組み

《江戸八景之図》の「八景」についても書いておく。

八景は、中国から入った枠組みである。

もとは瀟湘八景といい、一つの地域の景色を八つに数える。

夜の雨、帰る舟、寺の鐘、秋の月といった題が定型になっている。

日本でも早くから受け入れられ、近江八景が有名になった。

江戸八景は、その形式を江戸に当てはめたものである。

つまりこの絵は、輸入された枠組みの上に立っている。

遠近法も輸入、八景も輸入である。

一枚の絵の中で、二つの外来のものが働いている。

もっとも、そのどちらも、当時すでに江戸のものになっていた。

外から来たかどうかは、使う側にとって重要ではない。

役に立つかどうかだけが問題になる。

この態度は、浮世絵という媒体全体に通じている気がする。

新しい顔料が入れば使い、新しい構図が入れば試す。

売れれば残り、売れなければ消える。

その選別を、市場が担っていた。

摺りの色数

この三枚の色数も見ておきたい。

錦絵は、色ごとに版木を分けて摺る。

色が増えれば、版木も摺りの手間も増える。

つまり色数は、そのまま原価である。

芝居町の絵は、色数が多い。群衆の着物を摺り分けている。

一方《江戸八景之図》は、赤系の色が画面を支配している。

版木の数を抑えた摺りに見える。

《新大橋》は、その中間くらいだろう。

主題によって、かけられる手間が違ったのかもしれない。

あるいは、摺られた時期や版元の違いかもしれない。

当方はそこまでは確認できていない。

ただ、色数の差が画面の印象を大きく変えているのは確かである。

多色の絵はにぎやかで、単色寄りの絵は静かに見える。