美術史・技法

板から、カンヴァスへ移す——ラファエロ《アルバの聖母》ほか

荒野の聖ヒエロニムス
チーマ・ダ・コネリアーノ《荒野の聖ヒエロニムス》1500年から1505年ごろ。板に油彩、カンヴァスへ移された。館の記録では、縦48センチ、横40センチとされる。番号は1939.1.168。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。チーマ・ダ・コネリアーノ《荒野の聖ヒエロニムス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面に、岩と木が並ぶ。

左には、細い十字架が立つ。

十字架には、小さな人物が架けられる。

その根もとに、太い枝が横に伸びる。

右下に、老人が跪く。

上半身は裸で、腰に青い布を巻く。

手を胸に当て、十字架を見上げる。

その前に、石が積まれる。

中景には、緑の草地と水が広がる。

奥には、青い山が二つ重なる。

空は淡く、雲が薄い。

右上には、岩の壁が斜めに立つ。

細部が非常に細かく、線が硬い。

一点だけ、合板が使われる

館の公開データを見ると、移し先に合板を使った例もある。

合板は、薄い板を何枚も貼り合わせた材料である。

一枚の板より反りにくい。

板絵の問題を、板で解決しようという発想だ。

もっとも、合板が普及したのは二十世紀に入ってからである。

つまり、その処置は比較的新しいことになる。

移し替えの記録から、処置の時期を推し量ることができる。

カンヴァスへ移されたものは、十九世紀の処置かもしれない。

合板へ移されたものは、二十世紀の処置だろう。

材料の名が、時代の手がかりになる。

技法の欄は、材料を書くことで時代も書いている。

書いた人が意図したかどうかは分からない。

しかし、読めばそう読める。

移し替えが、多い理由

九点のうち六点は、同じ収集から来ている。

サミュエル・H・クレス・コレクションである。

残る三点は、別の二つの収集から来ている。

なぜ一つの収集に集中するのか。

その収集は、十五世紀から十六世紀のイタリア絵画を多く含む。

この時期のイタリアでは、板絵が主だった。

そして、板絵は移し替えの対象になりやすい。

つまり、集めた時代と地域が、処置の履歴を決めている。

九点の偏りは、収集の性格の反映である。

館の公開データで数えると、移し替えの記録を持つ作品は四十点を超える。

その多くが、同じ時期のイタリア絵画である。

紳士の肖像
バルトロメオ・ヴェネト《紳士の肖像》1520年ごろ。板に油彩、カンヴァスへ移された。館の記録では、縦76.8センチ、横58.4センチとされる。番号は1939.1.257。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。バルトロメオ・ヴェネト《紳士の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

男が、半身で描かれる。

体は左を向き、顔はこちらへ戻す。

頭には、黒い帽をかぶる。

帽には、金色の小さな飾りが付く。

肩には、褐色の毛皮の襟が掛かる。

その下は、黒と金の縞の衣である。

胸もとには、白い布が細かく襞を作る。

両手を体の前で組む。

左には、赤い幕が上から垂れる。

右奥には、窓のように景色が開ける。

緑の草地と、白い建物が見える。

小さく、動物らしい形もある。

赤い幕と黒い衣の対比が強い。

読書する聖母
ヴィットーレ・カルパッチョ《読書する聖母》1505年ごろ。板に油彩、カンヴァスへ移された。館の記録では、縦78センチ、横51センチとされる。番号は1939.1.354。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヴィットーレ・カルパッチョ《読書する聖母》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面に、聖母が座る。

体は左を向き、顔は下へ向く。

両手で、開いた本を持つ。

本の頁が、白く光る。

衣は赤で、袖は橙色である。

膝から下には、青い布が広がる。

腰かけているのは、石の縁のようだ。

その縁には、模様のある布が掛かる。

背後には、低い塀がある。

塀の向こうは、青い水面である。

さらに奥に、緑の岸と建物が見える。

左右には、細い木が立つ。

木は葉を落としかけている。

聖母子
ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ《聖母子》1475年ごろ。板にテンペラ、カンヴァスへ移された。館の記録では、縦79.5センチ、横60センチとされる。番号は1939.1.214。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ピエル・フランチェスコ・フィオレンティーノ《聖母子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

聖母が半身で描かれ、膝に子を抱く。

聖母の後光は、金色の円板である。

その縁には、放射状の線が刻まれる。

衣は暗い赤で、金の縁飾りが入る。

頭には、白い薄布が掛かる。

膝の上の子は裸で、体をひねる。

子の後光も、金色の円板である。

背後には、金色の草花の文様が広がる。

その一部が剥がれ、下の層が見える。

右下には、渦を巻いた形がある。

椅子の肘掛のように見える。

技法の欄には、テンペラと書かれる。

九点の中で、テンペラは二点だけである。

オルフェウス
ヴェネツィア、16世紀《オルフェウス》1515年ごろ。板に油彩、カンヴァスへ移された。館の記録では、縦39.5センチ、横81センチとされる。番号は1942.9.2。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヴェネツィア、16世紀《オルフェウス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。縦の二倍以上の幅がある。

草地に、人物と動物が散らばる。

中央右に、裸の人物が座る。

手に楽器を持ち、演奏する姿勢をとる。

その左に、赤い衣の人物が横たわる。

さらに左には、二人が絡み合う。

右下には、水鳥が数羽いる。

中央下には、細長い水面がある。

奥には、木立が横に並ぶ。

木は細く、葉が上部に集まる。

空は淡い青で、雲がない。

横に長い形は、家具の一部に使われたことを示す。

円と、横長と、縦長

九点の形を見ると、三種類ある。

円が一点。

横長が一点。

残る七点は、いずれも縦長である。

縦長の七点は、聖母子か、肖像である。

人物を収めるための形だ。

横長の一点は、家具の一部だったと考えられる。

円の一点は、当時のイタリアでよく作られた形である。

丸い板に絵を描き、部屋に掛ける。

形が違えば、用途も違う。

そして、用途が違えば、板の作り方も違う。

移し替えの難しさも、形によって変わっただろう。

館の記録は、そこまでは書かない。

書かれるのは、寸法と、移した先の材料だけである。