同じ波が、二枚ある——葛飾北斎《神奈川沖浪裏》シカゴ美術館

同じ揃物の別の図である。
こちらも横長で、寸法はほぼ同じ。
前の一点との差は、縦で二ミリ、横で一ミリである。
手前に、松の木が数本立つ。
幹は太く、枝が横へ大きく張る。
その下の岸に、人と荷が集まる。
赤い衣の人物が、荷を運ぶ。
中景には水が広がり、細い舟が浮かぶ。
奥には低い陸が横に伸びる。
空は上部が青く、下は淡い黄になる。
上の右には、題の枠と和歌が並ぶ。
同じ揃物なので、枠の位置も同じである。

三枚目も、同じ揃物である。
宿場の町並みが、横一列に描かれる。
家々は白い壁と、青や緑の屋根を持つ。
軒先には、赤い布や幟が下がる。
道には、人と馬が行き交う。
荷を担ぐ人、馬を引く人。
手前の水辺には、小舟が着く。
奥には松林が並び、その上に鳥が飛ぶ。
さらに奥に、青い山が横たわる。
空は上部が桃色で、下は白い。
三枚を並べると、色の使い方がよく似ている。
同じ絵師、同じ版元、同じ時期の仕事である。
判型の名が、技法の欄に入る
十点の技法の欄を読むと、末尾に語が付く。
大判。中判。細判。縦長の長判。
これは紙の判型の名である。
版画の寸法は、紙の規格で決まる。
大判は、およそ縦25センチ、横37センチ。
中判は、その半分ほどの大きさになる。
細判は、細長い縦型である。
十点の寸法を見ると、判型の名と数字が対応している。
大判の四点は、いずれも縦25センチから38センチ。
中判の三点は、縦17センチ前後。
細判の二点は、縦28センチと32センチで、横は15センチ台。
判型の名を知っていれば、数字を見なくても大きさが分かる。
館の記録は、その名を技法の欄に入れている。
摺りの違いは、どこに出るか
同じ版から出た二枚を比べるとき、見るべき場所がいくつかある。
一つは、線の太さである。
版木は摺るたびに減り、線がわずかに崩れる。
もう一つは、色の境目だ。
版を重ねる位置が少しずれると、輪郭から色がはみ出す。
三つ目は、ぼかしの入り方である。
空や海の濃淡は、摺師が版木の上で絵具を拭き取って作る。
だから一枚ずつ違う。
十点の二枚を見ると、空の灰色の広がり方が違って見える。
海の濃い面と薄い面の境目も、同じではない。
もっとも、画像の撮り方や色の調整でも見え方は変わる。
実物を並べなければ、確かなことは言えない。
館の記録も、そこには踏み込んでいない。
版元の名が、企画の主体を示す
版元は、いまでいえば出版社にあたる。
どの絵師に、どの主題を、何枚組で描かせるか。
その判断は版元がする。
売れなければ次はない。
十点の題に揃物の名が多いのは、その事情による。
組にすれば、続けて買ってもらえる。
一枚が気に入れば、次も買う。
五十三次や六十九次といった数は、そのための仕掛けでもある。
館の記録は、版元の名を銘記の欄に残す。
作者の欄には入れない。
企画した人と、描いた人を、別の欄に分けている。
分けることで、どちらの役かがはっきりする。
色が、ほとんど残っていない一枚
十点のうち一点は、画像を見ても図柄が読みにくい。
紙が黄ばみ、線が薄く、色がほとんど残らない。
かろうじて人物の輪郭が見える程度である。
技法の欄には、紅摺絵という語が添えられている。
紅と緑を中心に、二、三色だけで摺る初期の色摺である。
その色は、光や湿気に弱い。
二百八十年のあいだに、退色が進んだのだろう。
館の記録は、状態については何も書かない。
書かれるのは、技法と寸法と版元の名だけである。
状態は、画像を見て判断することになる。

十点でいちばん古い一枚である。
縦長の細い紙に、二人の人物が立つ。
線は薄く、輪郭がかろうじて追える。
左の人物は体を右へ向ける。
右の人物は、その向かいに立つ。
衣の文様らしい形が、うっすら残る。
中央には、丸い紋のような形が見える。
下部には、細かい文字が横に並ぶ。
紙全体が黄褐色に変わり、上部に染みがある。
色は、わずかな黄土色だけが残る。
版元の名が、銘記の欄に記録されている。
版元の名が、記録に残る
十点のうち三点の銘記の欄には、版元の名がある。
版画は、絵師一人の仕事ではない。
絵師が下絵を描く。
彫師が版木に彫る。
摺師が紙に摺る。
版元が企画し、費用を出し、売る。
少なくとも四つの役が関わる。
ところが作者の欄には、絵師の名しか書かれない。
彫師と摺師の名は、多くの場合残らない。
版元の名だけが、銘記として画面に入る。
館の記録は、その名を銘記の欄に写す。
四人のうち二人の名が、記録に残ることになる。

縦長の細い紙に、役者が一人立つ。
体は正面をやや外し、顔は右を向く。
白い衣に、赤と緑の縞の上着を重ねる。
肩から布が大きく垂れる。
手には長い棒状のものを持つ。
背後には、格子の建具が縦に並ぶ。
その上に、緑の葉が茂る。
足もとは黄緑の面である。
技法の欄には、多枚続きの一枚と書かれている。
つまり、隣に別の紙が続いていた。
いま館にあるのは、その一枚だけである。