水面は、上下をひっくり返す——広重・欧州絵画・掛軸ほか九点の映り込み
水は、空と岸を逆さに映す。そして、映った像は少し崩れる。その崩し方に、描き手の判断が出る。九点で、映り込みの描き分けを読みたい。鏡のように映す絵は、意外に少ない。波を立てると、映った像がほどけていく。

映す水と、映さない水
前の回で、木が画面の柱になると書いた。
今回は水である。
水には、二つの状態がある。
止まっている水と、落ちている水である。
止まっている水は、映す。
上にあるものが、そのまま下に写る。
落ちている水は、映さない。
白く砕けて、光を返すだけである。
九点を並べて、その二つを見比べたい。

横長の板絵である。
画面の下半分が、水である。
淡い灰緑色で、ほとんど波がない。
その上半分に、対岸が横たわる。
木が並んでいる。
黄色みを帯びた葉が、密に茂る。
右のほうに、低い建物と、細い塔。
空は淡い黄色で、上へ行くほど白い。
そして、水面に、対岸が映っている。
木の塊が、上下逆さまに写る。
色は、上の木より暗く、輪郭がぼやける。
その映り込みが、水面のほぼ全体を覆う。
映り込みは、上より暗い
水に映るものは、実際より暗くなる。
理由は二つある。
一つは、水面で光の一部が失われることである。
水は光を反射するが、全部は返さない。
一部は水の中へ入っていく。
もう一つは、水そのものの色が混ざることである。
濁っていれば、その濁りの色が加わる。
だから、映り込みは元より暗く、色が濁る。
この一点でも、水面の木は上の木より暗い。
そして、輪郭が横に伸びている。
水面がわずかに揺れているからである。
揺れると、縦の線が横に引き伸ばされる。
水面の高さは、一つに決まる
水には、便利な性質がある。
水面は必ず水平になることである。
だから、画面のなかに水があれば、そこに水平の基準ができる。
傾いた水面は、あり得ない。
つまり、水面の線は、絵の水平を示している。
そして、それは見る人の目の高さとも関係する。
水面を上から見ているか、同じ高さから見ているか。
第五回で、視点の高さを読む三つの手がかりを挙げた。
水面は、そのどれよりも確実な基準になる。
山の稜線は傾いていてもよい。
地面も傾いてよい。
しかし、水面だけは傾かない。
九点のうち、静かな水面があるものは四点である。
いずれも、水際の線が画面を横に走る。
その線が、画面の水平を保証している。
もしその線が傾いていれば、絵全体が傾いて見える。
波の描き方
水面が揺れると、映り込みが崩れる。
九点を見ると、揺れの描き方が三通りある。
一つ目は、映り込みを横に引き伸ばす。
オワーズ川の水面が、そうである。
木の縦の形が、水面では横に広がる。
二つ目は、短い横線を並べる。
第二回で読んだ運河の素描が、その方法だった。
三つ目は、白い泡を点で置く。
流れの速い水で使われる。
そして、まったく揺れていない水は、鏡になる。
上のものが、そのまま逆さに写る。
実際には、完全に静かな水はまれである。
だから、絵で完全な鏡を描くと、不自然に見える。
わずかに崩すほうが、水らしくなる。
九点のなかに、完全な鏡はない。
いずれも、少しずつ崩れている。
映り込みが、画面を二重にする
映り込みには、構図の上での効果もある。
画面が上下に二重になる。
上の景色と、下の景色。
同じものが、二度現れる。
そして、その境目が水際になる。
つまり、水平線とは別に、もう一本の横線ができる。
第三回で、橋が画面を上下に分けると書いた。
水際の線も、同じ働きをする。
しかし、橋と違うのは、下にも景色があることである。
橋の下は、水か影である。
水際の下には、上の景色の写しがある。
情報が二倍になる。

第一回でも、この画家の別の一点を読んだ。
そちらは夜の場面だった。
こちらは日没である。
画面の中央に、細い川が奥へ伸びる。
水面は明るく、空の色を映す。
その両側に、低い岸。
左手に、木立と建物。
右手にも、木が数本立つ。
枝が細かく分かれる。
手前の地面には、人と牛がいる。
数人と、数頭である。
いずれも小さい。
空は画面の上三分の二を占める。
雲が桃色に染まる。
その桃色が、川面にも映っている。
空を映す水
この一点では、水が空を映している。
対岸の木ではない。
水面が明るいのは、そのためである。
見ている角度が浅いと、水は空を映す。
角度が深いと、水底や、近くのものを映す。
同じ水面でも、見る位置で映るものが変わる。
この絵では、川が奥へ伸びている。
つまり、水面を浅い角度で見ている。
だから、空が映る。
前の一点では、水面を少し上から見ていた。
だから、対岸の木が映っていた。
映り込みの内容から、見ている角度が読める。
第五回で、視点の高さを三つの手がかりから読んだ。
映り込みも、四つ目の手がかりになる。
木立の隙間から、水を見せる

画面のほとんどが暗い。
左から中央にかけて、高い木が何本も立つ。
幹は細く、上へまっすぐ伸びる。
葉は暗い緑で、上部を覆う。
その隙間から、明るい部分が見える。
画面の中央、やや下である。
白く光る帯。
水面である。
その手前に、人が二人ほど立つ。
暗い影として描かれる。
右手には、赤い煉瓦の壁。
建物の側面である。
その手前に、荷車らしいものと、丸い茂み。
地面は褐色で、手前へ広がる。