水面は、上下をひっくり返す——広重・欧州絵画・掛軸ほか九点の映り込み
明るい部分を、囲む
この構図では、水が画面のいちばん明るい部分である。
そして、そのまわりを暗いものが囲んでいる。
木の幹、葉、建物の壁。
すべてが暗い。
その中央に、明るい水が覗く。
目は、必ずそこへ行く。
第三回で読んだ橋の孔と、同じ仕組みである。
暗い枠と、明るい中身。
そして、この明るさは水の映り込みによる。
水が空を映しているから、明るい。
もし水がなければ、そこは地面である。
暗いままになる。
水は、画面に穴を開ける道具でもある。

縦長の版画である。
画面の中ほどに、青い川が横に走る。
浅い流れである。
そこを、人が渡っている。
数人が、裾をからげて水に入る。
馬も二頭いる。
荷を背負い、人が引いている。
赤い衣の人物が、その上に乗る。
川の向こうに、岩が並ぶ。
淡い黄色で、角ばっている。
さらに向こうに、山が一つ。
濃い青緑で、丸い形をしている。
上端は青い帯。
左上に、和歌らしい文字。
右上に、題箋。
浅い水は、映さない
この川は、映り込みを描いていない。
理由は、浅いからである。
水底が見えるほど浅い水は、映さない。
そして、人が歩いて渡れる深さである。
つまり、映り込みの有無が、水深を語っている。
深い水は映す。
浅い水は、底を見せる。
この版画では、水が青一色で塗られている。
底は描かれていない。
しかし、人が立っているので、浅いことが分かる。
そして、映り込みがないので、深くないと確かめられる。
二つの情報が一致している。

第三回でも、この画家の別の一点を読んだ。
白黒の画像である。
縦長の画面。
下半分に、川が流れる。
水面に、大きな岩がいくつも突き出す。
流れは白く、岩のまわりで泡立つ。
その上に、樹木の密な斜面。
葉は、細かい丸みのある線で描かれる。
さらに上に、岩の峰。
垂直に切り立ち、頂に木が生える。
左端に、大きな木が一本。
葉が茂り、画面の縁を作る。
空は白い。
流れる水は、白い
この川は、映していない。
岩に当たって砕けているからである。
砕けた水は、細かい泡になる。
泡は、あらゆる方向へ光を返す。
だから、白く見える。
そして、白い部分は紙の色である。
第六回で書いたとおり、白は塗らない部分である。
流れの白と、岩の暗さ。
その対比が、水の速さを示している。
止まった水なら、対比は生まれない。
映り込みで、平らに見える。
つまり、映すかどうかで、水の速さが分かる。
滝は、縦の線である
第七回で、木が縦の柱になると書いた。
滝も、同じ働きをする。
白い縦の帯が、画面を上下につなぐ。
そして、木と違うのは、動いていることである。
木は止まっている。
滝は落ちている。
その動きが、画面に方向を与える。
目は、上から下へ流れる。
九点のうち、滝があるものは二点である。
いずれも縦長の掛軸である。
これは偶然ではない。
滝を描くには、縦の画面が要る。
横長の画面では、落差が取れない。
第六回で、中国の掛軸が山を縦に積んでいた。
同じ理屈である。
画面の形が、描けるものを決めている。
そして、滝のある絵では、水が上から下へ通っている。
上の水源と、下の流れがつながる。
画面の中に、一本の道ができる。
第四回で、道が目を奥へ運ぶと書いた。
滝は、目を下へ運ぶ。
方向が違うだけで、働きは同じである。
落ちる水

きわめて大きな掛軸である。
表装を含めた高さが、二メートル八十二センチ。
第三回でも、この画家の別の一点を読んだ。
墨だけで描かれている。
画面の上のほうに、白い筋が縦に落ちる。
滝である。
一段落ちて、いったん溜まり、また落ちる。
三段になっている。
まわりは、岩と樹木である。
墨の点を密に重ねて、木の茂りが作られる。
滝の白は、紙の地である。
その両側だけが濃く塗られている。
下のほうに、また岩と木立。
そして、小さな建物が二つ。
白い筋を、彫り残すように塗り残す
墨で滝を描くとき、白い絵具は使わない。
紙を塗り残す。
そして、その両側を濃く塗る。
すると、残った部分が白く光って見える。
版画で雪を作るのと、同じ考え方である。
第六回で書いたとおりである。
ただし、版画は版木を彫る。
墨絵は、筆を止める。
止める位置が、そのまま滝の形になる。
だから、筆の運びが正確でなければならない。
一度塗ってしまうと、白は戻らない。

第十八回で読んだ収集の、一点である。
縦長の掛軸である。
表装は、淡い水色と、金の縁飾り。
画面の中央に、白い滝が落ちる。
まっすぐで、幅が広い。
両側に、灰色の岩。
上のほうに、楓の枝が伸びる。
葉が赤く染まっている。
小さな三つ叉の形が、点々と付く。
滝の上には、水が集まる岩場。
そして、下は霞で消えている。
滝の下端が描かれていない。
下を描かないという判断
この一点では、滝の落ちる先が描かれていない。
霞で消えている。
これには効果がある。
落差が分からなくなる。
つまり、いくらでも高く感じられる。
もし滝壺を描けば、高さが決まってしまう。
描かないことで、際限がなくなる。
第六回で、木の上端を切って高さを示さない例を見た。
同じ工夫である。
見せないことで、大きさを開いたままにする。
そして、赤い楓が上にある。
白い滝と、赤い葉。
二つの色だけが、灰色の中で目立つ。