美術史・技法

剣は、帯びるものと抜くもので変わる——武具・肖像・版画ほか九点

腰にあるとき、剣は身分の印である。手にあるとき、剣は武器になる。九点で、その切り替わりを読みたい。刀装具の意匠には、剣そのものが描かれることが少ない。帯びる位置と、鞘の角度もあわせて読みたい。剣を持つのは、ほとんど男である。

脇差の刀身
吉胤《脇差の刀身》メトロポリタン美術館蔵

帯びるものと、振るもの

前の回で、帽子を見た。

かぶることも、手に持つこともできた。

今回は剣である。

剣も、身に着けるものである。

そして、腰に差しているときと、抜いているときで、まったく別のものになる。

差しているときは、身分の印である。

抜いているときは、道具である。

九点を並べて、その差を読みたい。

そして、剣そのものを写した記録も見たい。

脇差の刀身
吉胤《脇差の刀身》17世紀。館の記録では、鋼と漆。長さ47.6センチ、刃長37センチ、反り0.7センチ。番号は2007.478.4のaからc。日本。メトロポリタン美術館蔵。吉胤《脇差の刀身》メトロポリタン美術館蔵

黒い背景に、刀身だけが置かれている。

柄も鞘もない。

刃の部分が、上を向いている。

そして、わずかに反っている。

記録によれば、反りは〇・七センチ。

四十七・六センチの長さに対して、その程度である。

つまり、ほとんどまっすぐに見える。

刃の縁に沿って、白い帯が走る。

焼き入れによってできる境目である。

その線が、波打っている。

そして、刃の中ほどに、赤い線が縦に走る。

樋に朱を入れたものか、彫りだろう。

根もとは黒い。

漆が塗られている。

反りを、数字で書く

記録の寸法欄に、反りが書かれている。

〇・七センチ。

これは、刀の記録に特有の欄である。

第十八回で、記録の欄がそのものの扱われ方に従うと何度も書いた。

刀では、反りが性能に直結する。

反りが強ければ、斬るときに刃が滑る。

弱ければ、突きやすい。

だから、必ず測る。

そして、刃長も別に書かれている。

全長四十七・六センチのうち、刃が三十七センチ。

残りは、柄に収まる部分である。

つまり、この数字は使うための数字である。

館では誰も使わない。

それでも、記録には残る。

剣の長さ

九点のうち、剣そのものが写っているのは三点である。

そして、その長さが記録されている。

脇差の刀身が四十七・六センチ。

贈呈用の剣が九十四・六センチ。

鍔は、径九・二センチ。

つまり、剣の長さに二倍の開きがある。

脇差は、腰に差す二本のうち短いほうである。

もう一本は、これより長い。

一方、贈呈用の剣は西洋の形式である。

細く、まっすぐで、長い。

同じ「剣」でも、形式が違えば長さが違う。

そして、長さは使い方を示す。

短い刀は、室内や近い距離で使う。

長い剣は、間合いを取って使う。

館の記録は、形式の名を書く。

脇差、贈呈用の剣。

その名が、長さと使い方を含んでいる。

第十八回で、記録の一語が多くを含むと何度も書いた。

刀の分野でも、同じである。

刀身だけを、見せる

この一点は、刀身だけが写されている。

番号にaからcの枝が付いているので、拵えも一緒に受け入れられているはずである。

しかし、画像には刀身しかない。

これは、日本の刀の見せ方による。

刀身そのものが鑑賞の対象になる。

刃文、地鉄、反り。

いずれも、抜いて、光にかざして見る。

第十八回で、刀装具を見せる向きについて書いた。

鍔や小柄は、表側だけが飾られる。

刀身は、全体が見られる。

見せ方が違えば、記録の写真も変わる。

家紋散唐草文鐔
小池和泉守直正《家紋散唐草文鐔》16世紀の末から17世紀の初め。館の記録では、鉄・真鍮・銅。径9.2センチ、厚さ0.5センチ、重さ153.1グラム。番号は36.120.92。日本。メトロポリタン美術館蔵。小池和泉守直正《家紋散唐草文鐔》メトロポリタン美術館蔵

円い金属の板である。

第十八回で読んだ刀装具と、同じ形式である。

地は暗い鉄である。

中央に、細長い穴が縦に開く。

その左右に、楕円の穴が一つずつ。

そして、板の全面に透かしが入っている。

丸い花の形が、九つほど並ぶ。

いずれも真鍮で、金色に光る。

花と花のあいだを、蔓のような線がつなぐ。

外周にも、細い金の輪が回る。

透かしの部分は、向こうが見える。

厚さは〇・五センチ。

重さは百五十三・一グラム。

鍔は、刀の一部である

鍔は、単独では使えない。

刀に取り付けてはじめて働く。

そして、その働きは、手を守ることである。

刃のほうから手が滑らないようにする。

つまり、実用の部品である。

しかし、この一点は装飾が多い。

金色の花が九つ並び、蔓がつなぐ。

第十八回で、刀装具の装飾について何度も書いた。

腰に差した刀の鍔は、横から見える。

だから、そこが飾られる。

そして、家紋が散らされている。

つまり、持ち主が誰かを示している。

剣を帯びることは、身分を示すことである。

その身分を、鍔の紋が具体的に語る。

贈られた剣

ニューヨーク民兵旅団長ダニエル・デイヴィス准将の贈呈用剣と鞘
ジョン・ターギー《ニューヨーク民兵旅団長ダニエル・デイヴィス准将の贈呈用剣と鞘》1815年から17年ごろ。館の記録では、鋼・金・銀。長さ94.6センチ。番号は22.19のaとb。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・ターギー《ニューヨーク民兵旅団長ダニエル・デイヴィス准将の贈呈用剣と鞘》メトロポリタン美術館蔵

細長い一本の剣である。

鞘に収まっている。

そして、全体が金色である。

鞘の表面に、細かい模様が打ち出されている。

蔓草のような形が、縦に連なる。

柄の頭は、渦を巻く形。

護りの部分は、細い枠が湾曲する。

そして、柄と鞘の境に、丸い飾りが付く。

全長九十四・六センチ。

使うためではない剣

題に、贈呈用とある。

つまり、これは戦うための剣ではない。

功績に対して贈られる記念品である。

だから、装飾が多い。

そして、材料に金と銀が使われている。

第十八回で、材料の名が格を示すと書いた。

同じことが、ここでも当てはまる。

作者の欄にも、銀細工師とある。

刀鍛冶ではない。

つまり、刃よりも装飾が主である。

そして、題に贈られた相手の名と、生没年が入っている。

一七七七年から一八一四年。

三十七歳で亡くなっている。

贈られたのは、その死後だろう。

年の欄が一八一五年から一七年だからである。

第十八回で、思い出に捧げられた寄贈について何度も読んだ。

この剣も、追悼の品である可能性が高い。

ホロフェルネスの首を持つユディト
マッシモ・スタンツィオーネ《ホロフェルネスの首を持つユディト》1640年ごろ。館の記録では、布に油彩。199.4×146.1センチ。番号は59.40。メトロポリタン美術館蔵。マッシモ・スタンツィオーネ《ホロフェルネスの首を持つユディト》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、いちばん大きい。

高さ一メートル九十九センチ。

縦長の画面である。

中央に、若い女性が立つ。

黄色い衣に、青い外套。

腰に赤い帯を巻く。

顔は正面をやや外し、こちらを見る。

頭に、羽根飾りが付く。

そして、右手に剣を持っている。

刃を下へ向け、体に沿わせる。

切っ先が、足もとの岩に近い。

左手は、布を持ち上げる。

その布の上に、頭部が載っている。

目を閉じている。

背後に、年配の女性が身をかがめる。

抜いた剣は、下を向く

この剣は、抜かれている。

しかし、振り上げられていない。

下へ向けられ、体に沿っている。

つまり、使い終わったあとの姿勢である。

第一回で、大きく描かれた人は動きの途中で止まっていると書いた。

こちらは、動きが終わったあとである。

そして、剣の向きが画面の縦線を作る。

第七回で、木が縦の柱になると書いた。

剣も、同じ働きをすることがある。

まっすぐで、細く、長い。

画面に一本の線を引く。

そして、その線が人物の体に沿っている。

体の輪郭を、剣が延長している。

古い武具を検分する
ホセ・ビリェガス・イ・コルデロ《古い武具を検分する》1870年。館の記録では、板に油彩。39.7×31.8センチ。番号は87.15.39。メトロポリタン美術館蔵。ホセ・ビリェガス・イ・コルデロ《古い武具を検分する》メトロポリタン美術館蔵

第十一回でも、同じ収集の一点を読んだ。

縦長の小さな板絵である。

薄暗い室内である。

奥に、大きなアーチがある。

その下に、人が数人集まる。

いずれも、古い時代の衣装らしい。

中央の一人は、緑の卓に向かう。

その手前に、鎧をつけた人物が座る。

左に、赤い衣の人物。

そして、床や壁に、武具が置かれている。

兜、盾、刀。

右手前にも、鎧の一部が転がる。

天井から、丸い金具が下がる。

武具が、物として置かれる

この一点では、武具が身に着けられていない。

床に置かれ、壁に掛かっている。

そして、人がそれを見ている。

つまり、鑑賞の対象になっている。

題にも、検分する、とある。

第十八回で、武具の収集について読んだ。

十九世紀のヨーロッパでは、古い武具を集めることが流行した。

この絵は、その流行を主題にしている。

集める人を描いた絵である。

そして、この絵自体が、武具の収集家に売れる絵だっただろう。

集める人が、集める場面の絵を買う。

第十八回で読んだ、古物を調べる人の絵と同じ構造である。

振り上げた剣

両手で剣を頭上に掲げる尾上松助
勝川春章《両手で剣を頭上に掲げる尾上松助》1778年ごろ。館の記録では、錦絵二枚続、紙本着色。縦30.8センチ、横28.9センチ。番号はJP387のaとb。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《両手で剣を頭上に掲げる尾上松助》メトロポリタン美術館蔵

二枚続の版画である。

第十七回で扱った、続きものの形式である。

右の一枚に、男の装いの人物。

上半身をはだけ、腕が出ている。

裾を高くからげる。

そして、両手で細長いものを頭上に掲げている。

斜めに構えている。

左の一枚には、女の装いの人物。

身をかがめ、地に手をつく。

縞の衣で、裾が広がる。

背景は、細い草が密に生える。

そして、二枚にまたがって、水平の線が走る。

土手か、垣だろう。

二枚をまたぐ動き

この二枚は、一続きの場面である。

右の人物が剣を掲げ、左の人物がそれを避けている。

つまり、二人の関係が場面を作っている。

そして、その関係は二枚を並べないと分からない。

第十七回で、三枚続の版画を何度も扱った。

一枚だけでは、話が成り立たない。

そして、この一点の番号にはaとbの枝が付いている。

二枚で一件である。

物としては二枚、記録としては一件。

剣を振り上げる二代目市川高麗蔵
勝川春英《剣を振り上げる二代目市川高麗蔵》1793年ごろ。館の記録では、木版画二枚続、紙本着色。全体で縦31.9センチ、横29.2センチ。番号はJP340のaとb。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。勝川春英《剣を振り上げる二代目市川高麗蔵》メトロポリタン美術館蔵

こちらも二枚続である。

そして、構成がよく似ている。

右の一枚に、男の装いの人物。

腕を上げ、細長いものを斜めに構える。

上半身をはだけ、裾をからげる。

左の一枚には、女の装いの人物。

こちらは立っている。

そして、右手に短いものを持つ。

背景の上部が、黒く塗られている。

夜である。

下は、黄土色の地面と、緑の草。

同じ構図が、繰り返される

この二点は、十五年ほど離れている。

作者も違う。

しかし、構図がほとんど同じである。

右に剣を構える人物、左に相手。

背景に草と、水平の線。

つまり、この型が繰り返し使われていた。

第十七回で、同じ図像が繰り返される理由について書いた。

売れる構図は、繰り返される。

そして、役者絵では、演じられた場面が決まっている。

同じ演目が何度も上演される。

そのたびに、同じ構図の版画が作られる。

役者だけが変わる。

二枚続が、二点ある

九点のうち二点が、二枚続の版画である。

いずれも役者絵で、いずれも剣を掲げる場面である。

第十七回で、続きものの単位について何度も扱った。

二枚で一件とするか、一枚ずつ数えるか。

この二点は、いずれも一件として登録されている。

番号にaとbの枝が付く。

そして、寸法の欄が興味深い。

一点は、高さと幅がそれぞれ書かれている。

もう一点は、全体で、と断ったうえで数字が書かれている。

つまり、二枚を並べた状態の寸法である。

同じ形式でも、書き方が揃っていない。

第十八回で、記録の揺れについて何度も書いた。

続きものの寸法をどう書くかは、登録した人の判断による。

一枚ぶんを書くか、並べた全体を書くか。

読む側は、そこを確かめてから数字を使うことになる。

剣を持つ人の習作

「ジブラルタルの包囲」のための習作
ジョン・シングルトン・コプリー《「ジブラルタルの包囲」のための習作》。三人の士官のうち二人は立ち、一人は跪く。1785年から86年。館の記録では、青い簀の目紙に黒チョークと白チョークによる高光。36.4×57.5センチ。番号は60.44.17の表。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・シングルトン・コプリー《「ジブラルタルの包囲」のための習作》メトロポリタン美術館蔵

第九回でも、同じ画家の別の習作を読んだ。

青い紙に、白と黒のチョークで描かれている。

白黒の画像で見ている。

画面の左に、馬に乗った人物。

馬は横向きで、前脚を上げる。

騎手は身をひねり、腕を上げる。

その右に、立った人物が一人。

さらに右に、跪いた人物。

腕を前へ出している。

いずれも、輪郭と影だけである。

顔は描き込まれていない。

紙の右下に、小さな文字。

剣は、まだ描かれていない

この習作には、剣がほとんど描かれていない。

人物の姿勢だけが写されている。

腕を上げる角度、体のひねり、脚の位置。

つまり、剣を持つための姿勢を先に決めている。

第十六回で、衣文の習作を読んだ。

布だけを描く練習だった。

こちらは、姿勢だけを描く練習である。

そして、完成した絵では、この姿勢に剣と衣が加わる。

第十四回で、写生帖の頁が本画の準備だと書いた。

同じ性格である。

そして、題に完成作の名が入っている。

ある包囲戦を描いた大作の準備である。

聖職者の肖像、獣皮をまとう立ち姿の男、婦人の肖像、男の頭部(写生帖より)
トマス・サリー《聖職者の肖像、獣皮をまとう立ち姿の男、婦人の肖像、男の頭部(写生帖より)》1810年から20年。館の記録では、紙にインクと淡彩。22.9×29.2センチ。番号は53.182.81の表。メトロポリタン美術館蔵。トマス・サリー《聖職者の肖像、獣皮をまとう立ち姿の男、婦人の肖像、男の頭部(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

第一回から何度も読んできた写生帖の、また別の頁である。

白黒の画像である。

一枚の紙に、複数の絵が散らばっている。

中央に、立った男の人物。

兜らしいものをかぶり、腕を上げる。

その左に、小さな人物が一つ。

こちらも武装しているらしい。

右上に、頭部の習作。

右下には、灰色の淡彩で塗られた区画がある。

そこに、女性と子どもが描かれる。

背景に木立らしい形。

そして、中央下に手書きの文字が二行。

一枚に、四つの主題

この頁には、四つの別々の絵がある。

聖職者、武装した男、婦人、そして頭部。

第一回で、写生帖の頁には構図がないと書いた。

そのとおりの頁である。

そして、右下の一区画だけが、淡彩で仕上げられている。

他は線だけである。

つまり、一枚の紙のなかで完成度が違う。

第十四回でも、同じことを書いた。

思いついた線と、詰めた線が並ぶ。

九点を、剣の状態で分ける

九点の剣を、状態で分けたい。

抜かれて振り上げられているものが二点。

二つの役者絵である。

抜かれて下を向いているものが一点。

ユディトの一点。

鞘に収まっているものが一点。

贈呈用の剣。

刀身だけのものが一点。

脇差の刀身。

部品だけのものが一点。

鍔である。

そして、床や壁に置かれているものが一点。

武具を検分する一点。

さらに、姿勢だけが描かれ、剣が見えないものが二点。

二つの習作である。

剣を持つ手の位置

九点の絵のうち、人が剣を持っているものは三点である。

そして、持つ位置が違う。

頭上に掲げるものが二点。

体に沿わせて下げるものが一点。

頭上に掲げると、腕が上がる。

体が伸び、衣が引っ張られる。

第十六回で、布が体の動きを示すと書いた。

剣を上げる姿勢では、袖と裾が大きく動く。

一方、下げる姿勢では、体が静かである。

衣も落ち着いている。

つまり、剣の位置が姿勢を決め、姿勢が衣の形を決める。

そして、その連鎖が画面全体の印象になる。

上げれば動的、下げれば静的である。

役者絵の二点が動的なのは、演技の一瞬を描いているからである。

ユディトの一点が静的なのは、出来事が終わったあとだからである。

同じ剣が、時間のどこを描くかで扱いを変える。

剣は、二つの状態を持つ

最後に、剣の性質をまとめたい。

剣は、鞘に収まっているときと、抜いているときで、まったく違う。

収まっているときは、腰に付いた装飾である。

鍔の紋、鞘の模様、柄の巻き。

いずれも、持ち主を示す。

抜いているときは、道具である。

刃の長さ、反り、重さ。

いずれも、使うための性質である。

そして、絵のなかでは、この二つが描き分けられる。

肖像画では、収まっている。

場面の絵では、抜かれている。

九点を見ると、その分かれ方がはっきりしている。

第十七回で、帽子がかぶるか持つかで働きが変わると書いた。

剣も同じである。

身に着けるものは、状態によって意味が変わる。

次の回では、手に持つものを見たい。

本は、剣と違って、誰でも持てる。

武具の部門と、絵画の部門

九点のうち、武具の部門に属するものは三点である。

刀身、贈呈用の剣、そして鍔。

残る六点は、絵画か素描である。

つまり、同じ「剣」という語で、二つの部門にまたがっている。

第十八回で、一人の収集家の寄贈が館の分類を横切ると何度も書いた。

今回は、主題のほうが分類を横切っている。

そして、部門が違えば、記録の書き方も違う。

武具の三点には、重さや反りが書かれる。

絵画の六点には、寸法だけである。

同じ剣を扱っていても、記録に残る情報が違う。

武具では、剣そのものの性質が問題になる。

絵画では、剣が画面のどこにあるかは記録されない。

見て確かめるしかない。

つまり、剣を主題に調べようとすると、二つの部門を行き来することになる。

そして、そのあいだをつなぐ記録は用意されていない。

誰が剣を持っているか

九点の絵で、剣を持つのは誰か。

役者絵の二点では、男の装いの役者である。

ユディトの一点では、女性である。

そして、習作の二点では、士官と、武装した男。

つまり、六点のうち一点だけが女性である。

これは、この主題の性質による。

剣を持つ女性を描く場合、たいてい特定の物語による。

聖書や神話の場面である。

そうでなければ、剣は男の持ち物として描かれる。

第十八回で、絵に描かれた人物の立場について何度か書いた。

持ち物は、その人の役割を示す。

そして、その役割の割り当ては時代の慣習に従う。

いま見るときは、その慣習ごと見ることになる。

館の記録は、題を書くだけである。

誰が何を持つかの意味は、書かれていない。

読む側が、そのつど補うことになる。

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