作品を知る

静物には、必ず台がある——マネ・スネイデルス・コールテほか九点

小さな板の絵

静物 桃と葡萄
ジョン・エー・ウッドサイド《静物 桃と葡萄》1825年ごろ。館の記録では、板に油彩。24.8×31.1センチ。番号は41.152.1。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・エー・ウッドサイド《静物 桃と葡萄》メトロポリタン美術館蔵

米国の一点である。

二四・八掛ける三一・一センチ。

小さい。

そして、板に描かれている。

九点のうち、板の支持体は二点である。

もう一点は、先に見た横長の大画面である。

画面の中央に、鉢がある。

白地に、青と赤の模様がある。

そこに、桃が山盛りになっている。

十個以上ある。

黄色と赤が混じる。

その右に、緑の葡萄が二房。

粒が大きい。

左には、葉のついた枝がある。

桃が二つ、枝についたままである。

つまり、木から離れたものと、まだついているものが並ぶ。

そして、手前に小刀が置かれている。

刃が右を向く。

その横に、小さな丸いものがある。

桃の種のように見える。

つまり、一つは食べられている。

台は、明るい黄土色の面である。

木の卓だろう。

奥行きが浅く、奥の縁が見える。

その向こうは、暗い背景である。

第十五回で、小さな板絵について書いた。

近くで見る絵である。

だから、鉢の模様まで描き込まれている。

台が見えない一点

チーズのある静物
アントワーヌ・ヴォロン《チーズのある静物》おそらく1870年代後半。館の記録では、カンヴァスに油彩。84.8×89.9センチ。番号は18.22.1。メトロポリタン美術館蔵。アントワーヌ・ヴォロン《チーズのある静物》メトロポリタン美術館蔵

八四・八掛ける八九・九センチ。

ほぼ正方形である。

九点のなかで、これだけが正方形に近い。

暗い絵である。

背景は灰色の壁で、汚れたような筆の跡がある。

そして、台の面がほとんど見えない。

暗さのなかに沈んでいる。

物だけが、下のほうに浮かぶ。

中央に、白いチーズがある。

丸く、厚い。

布か紙に載っている。

その右に、黄色い鉢がある。

内側が明るい。

左には、緑の葉のようなものがある。

そして、手前に赤い実が数個。

さらに、上から何かが吊り下がっている。

暗い房のようなものである。

玉葱かもしれない。

館の記録は、それを書いていない。

つまり、この一点では台が構造として働いていない。

物が並ぶ高さだけが分かる。

第十三回で、暗い画面の作り方について書いた。

明るい部分だけを見せ、残りを闇に沈める。

そうすると、物が浮いているように見える。

台を描かないことで、場所が消える。

厨房なのか、店なのか、分からない。

台のない静物

事務所の板
ジョン・エフ・ピート《事務所の板》1885年。館の記録では、カンヴァスに油彩。61.9×50.5センチ。番号は55.176。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・エフ・ピート《事務所の板》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、これだけが台を持たない。

縦長で、六一・九掛ける五〇・五センチ。

画面全体が、木の板である。

板目が縦に走る。

そこに、細い紐が張られている。

紐は斜めに交差する。

そして、その紐に紙が挟まっている。

封筒が数枚。

葉書のようなもの。

赤い表紙の冊子。

写真が一枚。

若い男の肖像である。

下のほうには、開いた本がある。

活字が見える。

そして、黄色や緑の小さな紙片。

つまり、垂直の面に物が留められている。

載っているのではない。

挟まれ、留められ、掛けられている。

第十四回で、この形式について書いた。

だまし絵と呼ばれる種類である。

平らな物だけを描く。

なぜなら、垂直の板には厚みのある物が置けないからである。

紙、写真、冊子、紐。

いずれも薄い。

だから、板からわずかしか出っ張らない。

そして、影が短い。

影が短いと、本物のように見える。

つまり、台を捨てることで、別の効果を得ている。

物を載せる代わりに、留める。

前の八点とは、まったく違う考え方である。

台の材料

八点の絵で、台の材料を並べたい。

石が二点。

チューリップの一点と、アスパラガスの一点。

どちらも十七世紀である。

木が二点。

桃の一点と、花と果物の一点。

どちらも十九世紀である。

布が二点。

赤い布と、白い布。

一六三〇年ごろと、一八六四年。

判別できないものが一点。

チーズの一点である。

そして、板が一点。

留めた面である。

つまり、古い絵には石が多い。

石の縁は、屋外の欄干や窓台を思わせる。

第十四回で、この形式の起こりについて書いた。

窓の縁に物を置いて描く形式があった。

そこから、石の台が定型になった。

新しい絵では、木の卓になる。

家のなかの、実際の家具である。

つまり、置かれる場所が屋外から屋内へ移っている。

そして、最後の家具は、その屋内の卓そのものである。

台の高さと視点

八点の絵で、台の高さを考えたい。

台の高さは、直接には描かれない。

だが、見る側の目の位置から推測できる。

台の面が見えるほど、目が高い。

縁の線だけなら、目が台と同じ高さである。

アスパラガスの一点は、後者に近い。

石の縁が水平の線として見える。

面はほとんど見えない。

葡萄と獲物の一点は、前者である。

赤い布の面が広く見える。

つまり、見下ろしている。

魚の一点も、面が見える。

だが、それほど高くない。

布の襞が横から見えている。

桃の一点は、やや高い。

鉢のなかの桃が、上から数えられる。

花と果物の一点は、低い。

籠の中身が、あまり見えない。

チーズの一点は、判断できない。

台が闇に沈んでいるからである。

第五回で、視点の高さについて書いた。

高くすると、並べたものが全部見える。

低くすると、手前の物が大きくなる。

静物画は、その中間を選ぶことが多い。

見下ろしすぎると、物が図面のようになる。

低すぎると、後ろの物が隠れてしまう。

台そのもの