手は、顔の次に情報を持つ——カリアーリ・ロートレック・ウィーリクスほか九点
手が、噛まれる

この一葉には、番号に枝番が付いている。
末尾に小文字が一つ加わる形である。
同じ写本から離れた葉が、まとめて館に入った。
そのため、通し番号のあとに枝番で区別する。
第十七回で、こうした番号の付け方を扱った。
一冊が散らばると、一葉ずつが一点になる。
小さな一葉である。
上半分に、文字が数行書かれている。
下半分が絵になっている。
建物の中に、大勢の人物がいる。
赤や緑や青の衣を着ている。
中央あたりに、猿がいる。
そして、その猿が人の手に食いついている。
まわりの人たちは、それを見ている。
床と壁は、細かい文様で埋まる。
外には、木が生えている。
館の記録は、物語の筋を要約している。
将棋のような盤の遊びをする猿がいた。
王子と何度も遊んだ。
客を招いた席で、猿が悪い冗談を言った。
そのあと、こうなったという。
館は、それが子どもへの戒めの話だと書いている。
手を噛まれるという出来事が、話の中心にある。
そして、その一瞬が絵に選ばれている。
第十九回で、絵は一瞬しか描けないと書いた。
物語の絵は、どの一瞬を選ぶかで決まる。
手が、縛られる

制作の年に、六百年の幅がある。
紀元前100年から紀元500年まで、と書かれている。
九点のうち、これほど幅の広い年は他にない。
土器は、署名も年記も持たないことが多い。
年代は、出土した層や、形の変化から推定される。
だから、幅が広くなる。
九点で、いちばん古い一点である。
橙色の土で作られた壺である。
上のほうに、人の頭が作り出されている。
目、鼻、口が浮き彫りになる。
その下が、丸くふくらんだ胴になる。
胴の左右に、腕らしい形が見える。
そして、首のあたりに縄が巻かれている。
縄の端が、前へ垂れる。
館の記録の題は、手が縛られていると書く。
画像では、腕が体の前で合わさっているように見える。
縛られた手は、立場を示す。
自由に動かせない、ということが形になっている。
そして、この形は器である。
上に口があり、液体を入れられる。
人の姿をした器は、各地で作られてきた。
この一点も、その一つである。
館の記録は、出土した場所を「ペルーの北の海岸」とだけ書く。
手が、洗われる

九点でいちばん小さい画面である。
縦8.7センチ、横5.3センチ。
その中に、十人以上の人物が刻まれている。
上のほうに、座った人物がいる。
その前に、器を差し出す人がいる。
座った人物が、その器に手を入れている。
下には、群衆が集まる。
奥に、塔のある建物が見える。
画面の下に、文字が三行ある。
線は、驚くほど細い。
顔の一つ一つに、目と口が刻まれている。
この大きさで、それができる。
エングレーヴィングは、刃物で金属を彫る技法である。
彫った溝の幅で、線の太さが決まる。
細い溝を彫れば、細い線が出る。
だから、小さな画面に多くを詰められる。
手を洗うという行為は、ここでは責任を断つ印である。
館の記録の題が、その場面を指している。
手が、画面の主語になる

これも、題が長い一点である。
アーチ型の輪郭が、画面の上に大きく描かれる。
その中に、白い人物が座る。
顔は判然としない。
前に、台のようなものがある。
そこに、四角い塊が置かれている。
画面の下は、黒い塊で埋まる。
翼のようなものが、そこから伸びる。
輪郭は線で、影は黒い面で作られている。
館の記録によれば、これは連作の一枚である。
黙示録の各節を絵にしたものだという。
そして、この連作が作者の最後の版画集だと書かれている。
題に「右の手に」とある。
だが、画像では手がどこにあるか読み取りにくい。
白い人物の前に伸びる部分が、それかもしれない。
題の言葉と、画面の見え方が一致しない例である。
題に手があっても、手がない場合

九点の最後は、人が写っていない。
白っぽい布である。
細い縦縞が、端から端まで通る。
縞の間隔は一定で、少しずつ幅が違う。
銀の糸が混ざっているため、光が当たると筋が光る。
大きさは、縦127センチ、横200.6センチ。
九点でいちばん大きい。
題は「手織りの布」である。
つまり、手の語は作り方を指している。
機械ではなく、人の手で織った、という意味だ。
画面に手はない。
だが、この布のすべては手が作っている。
縦糸を張り、横糸を通す作業が、この面積ぶん繰り返された。
そう考えると、これも手の絵である。
描かれていないだけで、手の跡そのものである。
館の記録は、寸法に「平均で」と付けている。
布は、場所によって幅が違う。
だから、一つの数字で言い切れない。
第十三回で、寸法の欄の書き方を扱った。
布の記録には、こうした断りが入る。