作品を知る

手は、顔の次に情報を持つ——カリアーリ・ロートレック・ウィーリクスほか九点

手が、噛まれる

客人の前で傷ついた猿が盤の相手である王子の手を噛む(鸚鵡の物語・第五夜より)
ダサヴァンタ《客人の前で傷ついた猿が王子の手を噛む(鸚鵡の物語・第五夜より)》1560年ごろ。館の記録では、紙に樹脂を混ぜた顔料、墨、金。画面10.2×10.6センチ。全体20×14.2センチ。番号は1962.279.32.b。クリーヴランド美術館蔵。ダサヴァンタ《客人の前で傷ついた猿が盤の相手である王子の手を噛む(鸚鵡の物語・第五夜より)》クリーヴランド美術館蔵

この一葉には、番号に枝番が付いている。

末尾に小文字が一つ加わる形である。

同じ写本から離れた葉が、まとめて館に入った。

そのため、通し番号のあとに枝番で区別する。

第十七回で、こうした番号の付け方を扱った。

一冊が散らばると、一葉ずつが一点になる。

小さな一葉である。

上半分に、文字が数行書かれている。

下半分が絵になっている。

建物の中に、大勢の人物がいる。

赤や緑や青の衣を着ている。

中央あたりに、猿がいる。

そして、その猿が人の手に食いついている。

まわりの人たちは、それを見ている。

床と壁は、細かい文様で埋まる。

外には、木が生えている。

館の記録は、物語の筋を要約している。

将棋のような盤の遊びをする猿がいた。

王子と何度も遊んだ。

客を招いた席で、猿が悪い冗談を言った。

そのあと、こうなったという。

館は、それが子どもへの戒めの話だと書いている。

手を噛まれるという出来事が、話の中心にある。

そして、その一瞬が絵に選ばれている。

第十九回で、絵は一瞬しか描けないと書いた。

物語の絵は、どの一瞬を選ぶかで決まる。

手が、縛られる

首に縄を巻き手を縛られた捕虜の形の壺
モチェ《首に縄を巻き手を縛られた捕虜の形の壺》紀元前100年から紀元500年。館の記録では、陶器と顔料。高さ38.7センチ。番号は1958.593。シカゴ美術館蔵。モチェ《首に縄を巻き手を縛られた捕虜の形の壺》シカゴ美術館蔵

制作の年に、六百年の幅がある。

紀元前100年から紀元500年まで、と書かれている。

九点のうち、これほど幅の広い年は他にない。

土器は、署名も年記も持たないことが多い。

年代は、出土した層や、形の変化から推定される。

だから、幅が広くなる。

九点で、いちばん古い一点である。

橙色の土で作られた壺である。

上のほうに、人の頭が作り出されている。

目、鼻、口が浮き彫りになる。

その下が、丸くふくらんだ胴になる。

胴の左右に、腕らしい形が見える。

そして、首のあたりに縄が巻かれている。

縄の端が、前へ垂れる。

館の記録の題は、手が縛られていると書く。

画像では、腕が体の前で合わさっているように見える。

縛られた手は、立場を示す。

自由に動かせない、ということが形になっている。

そして、この形は器である。

上に口があり、液体を入れられる。

人の姿をした器は、各地で作られてきた。

この一点も、その一つである。

館の記録は、出土した場所を「ペルーの北の海岸」とだけ書く。

手が、洗われる

手を洗うピラト(受難より)
ヒエロニムス・ウィーリクス《手を洗うピラト(受難より)》1619年より前。館の記録では、エングレーヴィング。8.7×5.3センチ。番号は1923.932.6。クリーヴランド美術館蔵。ヒエロニムス・ウィーリクス《手を洗うピラト(受難より)》クリーヴランド美術館蔵

九点でいちばん小さい画面である。

縦8.7センチ、横5.3センチ。

その中に、十人以上の人物が刻まれている。

上のほうに、座った人物がいる。

その前に、器を差し出す人がいる。

座った人物が、その器に手を入れている。

下には、群衆が集まる。

奥に、塔のある建物が見える。

画面の下に、文字が三行ある。

線は、驚くほど細い。

顔の一つ一つに、目と口が刻まれている。

この大きさで、それができる。

エングレーヴィングは、刃物で金属を彫る技法である。

彫った溝の幅で、線の太さが決まる。

細い溝を彫れば、細い線が出る。

だから、小さな画面に多くを詰められる。

手を洗うという行為は、ここでは責任を断つ印である。

館の記録の題が、その場面を指している。

手が、画面の主語になる

御座にいます方の右の手に、七つの封印で封じられた巻物を見た
オディロン・ルドン《御座にいます方の右の手に、七つの封印で封じられた巻物を見た》1899年。館の記録では、リトグラフ。画面32.2×24.3センチ。番号は1926.140.2。クリーヴランド美術館蔵。オディロン・ルドン《御座にいます方の右の手に、七つの封印で封じられた巻物を見た》クリーヴランド美術館蔵

これも、題が長い一点である。

アーチ型の輪郭が、画面の上に大きく描かれる。

その中に、白い人物が座る。

顔は判然としない。

前に、台のようなものがある。

そこに、四角い塊が置かれている。

画面の下は、黒い塊で埋まる。

翼のようなものが、そこから伸びる。

輪郭は線で、影は黒い面で作られている。

館の記録によれば、これは連作の一枚である。

黙示録の各節を絵にしたものだという。

そして、この連作が作者の最後の版画集だと書かれている。

題に「右の手に」とある。

だが、画像では手がどこにあるか読み取りにくい。

白い人物の前に伸びる部分が、それかもしれない。

題の言葉と、画面の見え方が一致しない例である。

題に手があっても、手がない場合

手織りの布
ペリ=ウマナ《手織りの布》20世紀。館の記録では、綿と銀の金属糸。平均で127×200.6センチ。番号は1938.375。クリーヴランド美術館蔵。ペリ=ウマナ《手織りの布》クリーヴランド美術館蔵

九点の最後は、人が写っていない。

白っぽい布である。

細い縦縞が、端から端まで通る。

縞の間隔は一定で、少しずつ幅が違う。

銀の糸が混ざっているため、光が当たると筋が光る。

大きさは、縦127センチ、横200.6センチ。

九点でいちばん大きい。

題は「手織りの布」である。

つまり、手の語は作り方を指している。

機械ではなく、人の手で織った、という意味だ。

画面に手はない。

だが、この布のすべては手が作っている。

縦糸を張り、横糸を通す作業が、この面積ぶん繰り返された。

そう考えると、これも手の絵である。

描かれていないだけで、手の跡そのものである。

館の記録は、寸法に「平均で」と付けている。

布は、場所によって幅が違う。

だから、一つの数字で言い切れない。

第十三回で、寸法の欄の書き方を扱った。

布の記録には、こうした断りが入る。