花は、置かれる場所が決まっている——器・縁・隙間・頭の上ほか九点
花の数を数える
九点で、描かれた花の数を数えたい。
花瓶では、大きな花が三つ、小さな花が数個。
版画では、赤い花が二つ、白い小花が二十ほど。
鐔の一点では、菊のような花が数個。
獲物図では、橙色の花が三つほど。
刺繍見本では、鉢の花が二組、縁の花が十数個。
皿では、縁の帯に十個ほどが回る。
虫の本では、白い小花が十ほど。
もう一点の鐔では、紋が九つ。
肖像画では、花冠に十数個。
つまり、多くの点で、花は複数である。
一輪だけを描いた例がない。
これも花の性質だろう。
花は群れて咲く。
そして、装飾として使うとき、繰り返しが要る。
一つでは模様にならない。
同じ形を並べて、はじめて帯になり、縁になる。
第十六回で、繰り返しについて書いた。
装飾の基本は、単位を作って並べることである。
花は、その単位に最も向いている。
皿の縁の花

小さな皿である。
直径は一〇・二センチ。
手のひらに載る大きさである。
館の記録では、英国製で、米国向けに作られた。
写真は白黒である。
だから、色は分からない。
中央に丸い区画がある。
そこに、小さな図が入る。
葉と実のようなものが見える。
その外に、細かい模様の帯が回る。
そして、いちばん外の縁に、太い帯がある。
この帯に、花と葉が繰り返し並ぶ。
一定の間隔で、同じ形が回る。
転写印刷の技法である。
版に彫った図を紙に刷り、それを器に移す。
だから、同じ図を何枚でも作れる。
そして、縁の帯は必ず一周する。
つまり、図は円周に合わせて設計されている。
第十六回で、この技法について書いた。
手描きより速く、価格を下げられる。
十九世紀の前半に、大量に作られた。
そして、この皿の花も、生けられてはいない。
置かれてもいない。
縁に沿って、模様として並ぶだけである。
花の形が、繰り返しの単位になっている。
虫と草

本の見開きである。
二六・七掛ける一八・四センチ。
右と左に分かれている。
右の面に、細い草が立つ。
小さな白い花が咲く。
葉は細長く、先が垂れる。
そして、その葉の上に虫がいる。
黒い虫で、体が丸い。
草の下にも、もう一匹いる。
左の面には、大きな虫が横たわる。
淡い灰色で、体に節がある。
脚が前に伸びる。
そして、上部に字が並ぶ。
館の記録によれば、これは詩を集めた本である。
虫を題にした詩に、絵を合わせている。
つまり、花はここでも主役ではない。
虫を置く場所として描かれている。
草がなければ、虫が空中に浮いてしまう。
第十二回で、背景の役割について書いた。
小さなものを描くとき、支えが要る。
その支えが、この本では草と花である。
そして、花の白は虫の黒を際立たせる。
色の対比も計算されている。
紋になった花

もう一点の鐔である。
直径は八・三センチ。
前の一点とほぼ同じ大きさである。
厚さは〇・三センチで、こちらのほうが薄い。
地は黒に近い色で、金の線が入る。
全面に、細い蔓の文様が広がる。
館の記録では、唐草である。
そして、その上に丸い図が九つ散る。
いずれも花の形をしている。
花弁が五枚のもの、六枚のもの。
中央に小さな円があるもの。
つまり、これらは家紋である。
家を示す印であって、植物の写生ではない。
花の形を、円のなかに単純化してある。
左右対称で、輪郭がはっきりしている。
そして、大きさがすべて同じである。
これは重要な違いである。
写生では、花の大きさが揃わない。
紋では、揃えなければならない。
同じ丸のなかに収める必要があるからである。
第十八回で、紋について書いた。
家を示すため、遠くからでも見分けられる形にする。
だから、輪郭が単純になる。
そして、花はその素材として最も多く使われた。
菊、桜、梅、桐。
いずれも、丸に収まる形である。
この鐔では、九つの紋が散らばる。
一つの家の紋ではないだろう。
複数の紋を並べる意匠である。
そして、その間を唐草が埋める。
唐草も植物だが、花ではない。
蔓と葉だけが、曲線として続く。
つまり、この一点には二種類の植物がある。
紋になった花と、模様になった蔓である。
頭に載せた花

暗い背景の前に、女性が立つ。
一〇〇掛ける九一・八センチ。
上半身が画面のほとんどを占める。
顔は右を向いている。
白い上衣が明るい。
袖が大きくふくらむ。
腰から下は、黄色の布である。
首に、細い鎖のような飾りがある。
そして、頭に平たい帽子をかぶる。
その帽子の縁に、花が並ぶ。
白と赤の小さな花である。
葉も混じっている。
つまり、花冠である。
第十六回で、頭にかぶるものについて書いた。
帽子は身分や職を示す。
だが、この一点の花は職を示さない。
館の記録によれば、この題は花の女神の名である。
つまり、花そのものが人物の名を示している。
花を頭に載せているから、その人が誰か分かる。
これは、九点のなかで唯一の使い方である。
ほかの八点では、花は装飾か、主題か、支えだった。
ここでは、花が名札になっている。
そして、手にも何かを持っている。
暗くて分かりにくいが、細長いものである。
第十八回で、持ち物が人物を示すと書いた。
この一点では、持ち物と頭の飾りが揃って働く。