画家を知る

一枚の台紙に、何点も貼る——ジェームズ・マクニール・ホイッスラー

サー・ピアシー・シャフトンが歌う(写生帖より)
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《サー・ピアシー・シャフトンが歌う(写生帖より)》。館の題には、スコット『修道院』より、と添えられる。1854年から1855年ごろ。褐色の紙に褐色インクと鉛筆。館の記録では、縦14.1センチ、横15.6センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《サー・ピアシー・シャフトンが歌う(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

台紙の右上に、番号が書かれる。

上の紙片は横長で、室内の場面が描かれる。

左に、椅子にもたれる人物がいる。右にも数人が集まる。

その下に、細い文字の書き込みがある。

下の左には、大きな紙片がある。室内で人物が座る場面である。

背後に、装飾の付いた家具らしい形が見える。

下の右には、外套と帽子の人物が立つ。手を前に出す。

紙片は四枚ほど貼られる。大きさが不揃いである。

技法の欄には、褐色の紙、と書かれる。

インクの種類

九点の技法の欄には、鉄没食子インク、という語が出てくる。

植物と鉄分から作る古いインクである。

書きはじめは薄く、時間がたつと濃い褐色に変わる。

紙を傷めることもある。線の部分だけが弱くなる。

館がこの語を明記するのは、保存に関わる情報だからである。

紙の色が、記録される

九点の技法の欄には、紙の色が書かれるものがある。

白い紙、生成りの紙、褐色の紙、黄色の紙、明るい黄褐色の紙。

小さな紙片ごとに、色が違う。

もとは一冊の帖だったとすれば、頁ごとに紙が違ったことになる。

あるいは、別々の紙を集めて貼ったのかもしれない。

ジャック・シェパードほか(写生帖より)
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《ジャック・シェパードほか(写生帖より)》1855年。生成りの紙に黒インクと鉛筆。館の記録では、縦19.2センチ、横12.7センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《ジャック・シェパードほか(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、最も大きい紙片を含む台紙である。

中央左の紙片には、三人が並んで立つ。

いずれも帽子をかぶり、外套を着る。互いに寄り添う。

線は密で、影が濃い。仕上げに近い描き込みである。

その下に、三人の名らしい文字が書かれる。

右上には、籠を持つ人物がいる。

右下には、手を上げる若者が立つ。

左下には、横たわる人物と道具が描かれる。

台紙は白に近く、紙片との差が小さい。

三人を、並べる

いま見た一点の大きな紙片には、三人が並んで立つ。

いずれも帽子をかぶり、体を寄せ合う。

線が密で、影が濃い。ほかの紙片より仕上げに近い。

一枚だけ描き込みが違うのは、気に入った図だったからかもしれない。

同じ台紙の上でも、力の入れ方に差がある。

名を、書き添える

九点の台紙には、紙片の下に文字が書かれることがある。

人物の名や、短い言葉である。

書いたのは描いた本人か、あとから貼った人か。

館の記録には、その別が書かれていない。

ただ、名が書かれているから、誰を描いたかが分かる。

ジェム・バッグズ、裏に女性の素描(写生帖より)
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《ジェム・バッグズ、裏に女性の素描(写生帖より)》1854年から1855年ごろ。紙に鉛筆。館の記録では、縦9.7センチ、横5.7センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《ジェム・バッグズ、裏に女性の素描(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

台紙の右上に、番号が書かれる。

上の左には、群衆の場面がある。旗らしいものが立つ。

上の右には、男の横顔が大きく描かれる。長い煙管を口に当てる。

その下に、食後、という意味の文字が書かれる。

下の左には、兵士らしい人物が並ぶ。旗と槍が見える。

その下に、四行の文字が書かれる。詩の一節かもしれない。

下の右には、外套の人物が立つ。

紙片は四枚である。

題には、表と裏、という語が入る。同じ紙の両面に絵がある。

見えない面

表と裏の両方に絵がある紙は、貼れば片面しか見えない。

館の記録は、両面の内容を題に書いている。

つまり、記録のほうが画像より多くを知っている。

こういう場合、画像だけを見ていては情報を取りこぼす。

題を最後まで読む必要がある。

表と裏

九点のうち二点の題に、表と裏の別が書かれる。

同じ紙片の両面に、別の絵が描かれている。

台紙に貼ってしまえば、裏は見えなくなる。

館は、貼る前に記録したのだろう。あるいは、剥がして確かめたのかもしれない。

画像に写るのは片面だけである。もう片面は記録の中にしかない。

古着屋(写生帖より)
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《古着屋(写生帖より)》1854年から1855年ごろ。黄色の紙にペンと鉄没食子インク。館の記録では、縦13.3センチ、横7.1センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《古着屋(写生帖より)》メトロポリタン美術館蔵

この画像は、一点目とまったく同じである。

同じ台紙、同じ番号、同じ紙片の配置である。

つまり、二つの記録が同じ写真を共有している。

館の題によれば、この記録の対象は右下の紙片である。

山高帽をかぶり、外套を着た男が立つ。肩に何かを掛ける。

その下に、古着を意味する呼び声らしい文字が書かれる。

街を歩いて古着を買い集める商いだと考えられる。

技法の欄には、黄色の紙、と書かれる。画像では判別しにくい。

同じ画像でも、記録が違えば見るべき場所が変わる。

街で見た人

九点の紙片には、本の人物だけでなく、街の人も描かれる。

古着を買い集める人、飲み代をねだる人、荷を運ぶ人。

いずれも短い言葉が添えられる。呼び声や台詞である。

読んだ本と、歩いて見た街が、同じ台紙の上に並ぶ。

若い日の帖らしい混ざり方である。

見るべき場所が、変わる

同じ写真を前にしても、記録が違えば注目する紙片が違う。

一つ目の記録では中央左、この記録では右下である。

しかし、画像にはその指示がない。

読む側は、題と寸法を頼りに探すことになる。

一枚の画像に複数の作品が写るとき、こうした手間が生じる。