白は、刷らずに残す——広重・北斎・欧米の版画ほか九点

二幅対のうち、一幅が写っている。
第十七回で扱った、二つで一件とする形式である。
縦長の画面に、太い竹が一本、斜めに伸びる。
節がはっきりと描かれる。
その竹から、葉が四方へ広がる。
細長い葉が、束になって垂れる。
そして、葉の上に雪が積もっている。
葉の上側が白く残され、下側が濃い墨で塗られる。
その明暗の差が、雪の重さを示す。
葉が下へ垂れているのは、雪の重みのためである。
絹の地は、茶色に変わっている。
だから、白い部分も茶色がかっている。
絹が焼けると、雪も焼ける
この一点で、雪の白は絹の地の色である。
塗り残した部分である。
そして、二百五十年たっている。
絹は、時間とともに黄色から茶へ変わる。
第十八回で、その変化について何度か書いた。
つまり、いま見えている雪は、もとの白ではない。
まわりの墨は変わらない。
紙や絹だけが焼ける。
だから、明暗の差が縮まっていく。
もとはもっと強い対比だったはずである。
塗り残して作った白は、この弱点を持つ。
塗った白なら、変わりにくい。
保存の面では、塗るほうが有利である。

室内の場面である。
右手に、格子の窓。
その前に、女性が二人いる。
一人は座り、こちらを向く。
もう一人は、その手前で身をかがめる。
赤い衣の裾が広がる。
そして、二人の前に、白い塊がある。
丸く盛り上がり、三つほど重なる。
これは雪ではない。
真綿を桶にかぶせて形を整えたものである。
題に、暮雪とある。
夕暮れの雪、という意味である。
つまり、白い綿の塊を、雪に見立てている。
見立てという方法
この版画は、ある組の一枚である。
もとになる組がある。
中国の湖の八つの名所を描いた、古い主題である。
そのうちの一つが、夕暮れの雪である。
この版画は、それを座敷の中に移している。
湖の雪を、綿の塊に置き換える。
同じ組の他の絵でも、同じことが行われている。
つまり、屋外の名所を、室内の道具で置き換えた組である。
第十七回で、揃物の名が画面に刷られる話を書いた。
この一点にも、右上に組の名と、この一枚の題が入っている。
そして、その題が、見立ての鍵になっている。
題を読まなければ、なぜ綿が主役なのか分からない。
画面の中の白い塊は、雪ではない。
しかし、雪として見ることを求められている。
雪の中を走る

小さな画面である。
十七・二掛ける二十三・五センチ。
九点のなかで、いちばん小さい。
中央に、馬に乗った人物がいる。
馬は褐色で、脚を伸ばして走る。
人物は暗い外套をまとい、前かがみになる。
肩の後ろに、細長い棒が斜めに突き出す。
槍らしい。
まわりは、灰緑色である。
雪が吹き上げられ、地面と空の区別がない。
馬の足もとだけが、白く明るい。
そして、画面の縁へ行くほど、色が濁る。
雪が降ると、遠くが消える
吹雪では、遠くが見えなくなる。
空気中の雪が、光を散らすからである。
第六回で、空気による遠近について書いた。
雪や霧は、その効果を極端にする。
数十メートル先で、輪郭が消える。
この一点でも、馬と人物以外は何も見えない。
背景がない。
つまり、雪は遠近を消す。
そして、消えることで、手前のものが際立つ。
小さな画面に、一組の馬と人だけ。
それで足りている。

こちらは、遠くまで見える。
画面の左に、大きな木が数本立つ。
葉のない枝が、細かく分かれる。
その根もとに、雪の積もった道。
人が三人ほど歩いている。
道の右側は、凍った水面である。
そこに、小さな人影がいくつか。
滑っているらしい。
奥に、赤い屋根の家。
雪をかぶり、上が白い。
さらに右に、教会らしい塔。
空は、雲が厚い。
上のほうは灰色、下は明るい。
雪の白は、一様ではない
この一点では、雪の白が場所によって違う。
道の雪は、やや黄色みを帯びる。
屋根の雪は、青みがかる。
そして、日の当たる部分は明るく、影の部分は灰色である。
つまり、白のなかに階調がある。
油彩では、これができる。
白に、わずかな色を混ぜられる。
版画では、難しい。
塗り残す方法では、白は一種類しかない。
紙の色である。
だから、版画の雪は平らに見える。
そして、それが版画らしさでもある。
第六回で読んだ木曽街道の雪も、一様な白だった。
技法が、雪の見え方を決めている。

農場の場面である。
中央に、大きな納屋。
屋根に雪が厚く積もる。
壁は板張りで、暗い褐色。
その前に、人と家畜がいる。
牛が数頭、荷車が一台。
人が数人、作業している。
左手に、大きな木が一本。
葉がなく、枝が広がる。
雪をかぶった枝が、白く光る。
右手にも、細い木が数本。
手前は、雪の積もった地面である。
轍が二本、奥へ伸びる。
空は、灰色と桃色が混ざる。