一族の名で、二千八十六点——ウィドナー・コレクション

横長の画面に、都市の広場が広がる。
左に運河があり、水面が白く光る。
その脇に建物が並ぶ。
正面奥には、大きな教会の側面が立つ。
煉瓦色の壁に、尖った窓が並ぶ。
その手前に、白い石造の建物がある。
広場には人が散らばる。
一人ずつが小さく、影を落とす。
石畳は帯になって奥へ伸びる。
空は上半分を占め、青が濃い。
雲は白く、右から左へ流れる。
建物の輪郭は定規のように直線である。
窓の一つずつが数えられる。
影の落ち方から、光の方向が読める。
支持体が、三通りに分かれる
九点の技法の欄を読むと、支持体が三つに分かれる。
板が三点、カンヴァスが五点、革を貼った木が一点。
板の三点は、いずれも十五世紀から十六世紀のものだ。
カンヴァスの五点は、十六世紀以降に散らばる。
そして革の一点だけが、まったく別の性格を持つ。
これは絵画として作られたのではない。
行列や儀式で掲げる盾として作られている。
だから形が上広がりで、下が細い。
だから支持体が革である。
美術館は、こういう品も絵画として記録する。
技法の欄に、木と革の二つを書き並べることで区別する。
そして寸法の欄に、上と下の幅を別々に書く。
二つの欄が組になって、物の性格を伝えている。
一つの欄だけでは、盾であることは分からない。
寸法の欄が、上と下で違う
九点の中に、寸法の欄が変わっている一点がある。
アンドレア・デル・カスターニョの《ゴリアテの首を持つダヴィデ》である。
館の記録は、こう書く。
上端での幅を含む全体が、縦115.5センチ、横76.5センチ。
下端での幅を含む全体が、縦115.5センチ、横40.6センチ。
縦は同じで、横だけが二つある。
上が76.5センチ、下が40.6センチ。
つまり、下へ行くほど細くなる形である。
これは盾の形だ。
技法の欄を見ると、木に貼った革にテンペラとある。
板ではなく、革を張った盾に描かれている。
行列で掲げるための品だったと考えられている。
寸法の欄が、形そのものを書いている例である。

上が広く、下が狭い。細長い盾の形をしている。
中央に、若い男が立つ。
右手を高く上げ、左手を横へ伸ばす。
体は右へ大きくひねられる。
衣は白と桃色で、風にあおられて広がる。
裾が左右へ跳ね、動きを示す。
足もとに、髭のある男の首が置かれる。
目は閉じ、口はわずかに開く。
背後には岩と、遠くの丘が見える。
空は上部が青く、下は白い。
体の輪郭は硬い線で引かれる。
筋肉の区分が、線で示される。
盾の縁に沿って、絵が切り取られている。
上の角では、腕が縁に届く。
形に合わせて構図が組まれている。

画面の大部分を、木の窓枠が占める。
窓は開いており、内側は暗い。
手前の縁に、若い女が肘をつく。
顔をこちらへ向け、口もとをゆるめる。
白い上着と、暗い色の胴衣を着る。
その後ろに、もう一人の女が立つ。
頭から白い布をかぶる。
布の端を口もとに当て、顔を半分隠す。
目だけがこちらを見る。
木の扉には節や傷が描かれる。
光は左から入り、二人の顔に当たる。
背後の闇は、深く塗り込まれる。
二人と枠だけで画面が成り立つ。
「おそらく」が付く年
九点の年の欄を見ると、二点に「おそらく」が付く。
北イタリアの肖像は「1480年から1500年ごろ(おそらく)」。
もう一点は「おそらく1493年」である。
前者は幅を持ち、そのうえで留保が付く。
後者は年を一つに絞り、そのうえで留保が付く。
同じ語でも、掛かり方が違う。
幅のある年に「おそらく」が付けば、二重の不確かさになる。
一点の年に「おそらく」が付けば、候補は一つに絞れている。
館の記録は、この違いを語順で示す。
読む側は、どこに留保が掛かるかを見極める必要がある。

若い女性が、真横を向いて描かれる。
正面も斜めもない。完全な側面である。
髪は後ろで長く束ねられ、細い紐が巻かれる。
額には細い鎖が回り、中央に飾りが下がる。
耳の上には、網目の飾りが被さる。
衣は褐色と金で、細かい文様が全面に入る。
肩には切れ込みが入り、下の白い布がのぞく。
胸には赤い宝石が留まる。
背景は黒に近い。何も描かれない。
輪郭線が、暗い地の上にくっきり出る。
側面の肖像は、顔の形をいちばん正確に写す。
その代わり、視線は交わらない。
見られることを想定していない構図である。

荒れた海が、画面の下半分を占める。
波は白く砕け、うねりが幾重にも重なる。
中央に、小さな舟が浮かぶ。
数人が乗り、体を傾ける。
その右に、帆を張った船が二隻。
帆は白く、風で膨らむ。
左にも小さな帆が見える。
空は暗い灰色で、雲が渦を巻く。
雲の切れ間から、白い光が差す。
水平線は低く、空が広い。
船の輪郭はぼやけ、水しぶきと混ざる。
色は灰と褐色と白に絞られる。
嵐の中の一瞬を切り取った画面である。