戦わない武具——梅忠元重の矢の根と後藤家の小柄
矢の先端が透かし彫りになっている。これでは突き刺さらない。戦のない時代、武具の技術は装飾へ向かった。1645年在銘の矢の根と、赤銅に金を置いた刀装具。九点の小さな金物を見る。戦わない武具は、戦わないからこそ美しくなった。

矢の先が、透かし彫りになっている
一つの金物から始めたい。

矢の先端の金具である。
木の柄に、鉄の頭が付いている。
その頭は、細長い盾のような形をしている。
長さは14.6センチ。手のひらより長い。
そして、内側がくり抜かれている。
外周だけを残し、中身が透かし彫りになっている。
その透かしの中に、龍らしき生き物がいる。
体をくねらせ、鱗が刻まれている。
爪も、髭も、目も彫られている。
鉄を、これだけ細かく抜いている。
矢として、使えるのか
まず、素朴な疑問がある。
これは矢として使えるのだろうか。
答えは、おそらく否である。
先端が透かし彫りでは、突き刺さらない。
重量の配分も、飛翔には向かない。
つまりこれは、武器ではない。
儀礼のため、あるいは奉納のための品である。
記録でも「儀礼用」と分類されている。
武具の形をしているが、戦うためではない。
戦わない武具
こういう品は、日本の金工に数多くある。
刀の鍔、小柄、目貫、矢の根。
いずれも本来は武具の部品である。
しかし、実用を離れて装飾が発達した。
とくに戦のない時代が続くと、その傾向が強まる。
十七世紀の日本は、まさにそういう時期にあたる。
大きな戦がなくなり、武具が装いの品に変わっていく。
刀は差すものであり、抜くものではなくなる。
そうなると、目に触れる部分の細工が競われる。
奉納という用途
儀礼用の矢の根は、しばしば神社や寺に奉納された。
願をかけ、あるいは礼として納める。
奉納品は、使われることを前提としない。
見られること、納められることが目的である。
だから、実用の制約から完全に自由になる。
同じことは、他の分野にも言える。
寺社に納める刀、鏡、絵馬。
いずれも、実用品の形をした非実用品である。
その形式の中で、技術だけが磨かれていく。
九点の矢の根も、その系譜にあると考えられる。
十七世紀という時期
1645年という年についても、少し書いておきたい。
大きな戦乱が収まってから、しばらく経った時期にあたる。
武具の需要は、実戦用から装飾用へ移りつつあった。
金工の職人にとって、これは仕事の転換を意味する。
刀身を鍛える技術と、装飾を彫る技術は別である。
需要が変われば、身につける技術も変わる。
この五点の細かい透かし彫りは、その転換の産物だろう。
戦がなくなったから、技が細かくなった。
そういう関係が、ここには見える。
制作の年
この矢の根には、年が刻まれている。
記録によれば、1645年である。
同じ作者の作が、九点のうち五点を占める。
いずれも1645年、あるいは同年八月の在銘とされる。
つまり、短い期間にまとめて作られている。
一組として注文された可能性が高い。
矢の根は、複数本を揃えて奉納することがある。
そう考えると、この五点は元は一具だったのかもしれない。
作者について
作者は、梅忠元重と記録されている。
梅忠は、京都で活動した金工の家系として知られる。
刀身も鍔も手がけたと伝えられる。
もっとも、この作者個人についての詳しい記録を、当方は確認していない。
分かるのは、銘と年、そして作品そのものである。
工芸の世界では、こうしたことが珍しくない。
作品は残っても、作者の履歴は残らない。
絵画に比べて、記録の残り方が薄い分野である。
鉄を、抜く
技法についても書いておきたい。
鉄の板から、不要な部分を抜いていく。
鏨と槌を使い、少しずつ削る。
一度抜いてしまった部分は、戻せない。
しかも、細くなるほど折れやすくなる。
龍の胴の一部が、幅数ミリになっている箇所がある。
そこが折れれば、それまでの作業がすべて無駄になる。
つまり、後半になるほど危険が増す作業である。
慎重さと、決断の両方が要る。
鉄という材料
鉄は、金工の材料としては扱いにくい。
金や銀に比べて硬く、粘りがある。
彫るには力が要り、道具もすぐ傷む。
そのぶん、細い部分でも折れにくいという利点がある。
金であれば、数ミリの細さは自重で曲がる。
鉄なら、形を保てる。
つまり、透かし彫りには向いた材料である。
一方、鉄は錆びる。
湿気の多い日本では、保存に手間がかかる。
表面に油を塗り、包んで保管する。
四百年近く前の鉄が、この状態で残っているのは、
手入れが続けられてきたからである。
誰が集めたのか
九点の来歴にも触れておきたい。
記録によれば、矢の根の五点は同じ収集家の旧蔵品である。
その人物の遺族から、美術館へ寄贈されている。
十九世紀末から二十世紀初めにかけて、
日本の刀装具を集めた外国人は少なくなかった。
小さく、精緻で、持ち運びやすい。
収集の対象として、条件がそろっている。
その結果、まとまった数が海外の館に入った。
当サイトが日本の金工を扱えるのも、その経緯による。
日本で作られた品を、海外の記録を通じて見ている。
弓の形をした頭
二点目は、形が違う。

頭部が、大きく湾曲している。
弓なりの帯が、左右に大きく広がる。
幅は14.4センチ。頭部の長さより広い。
その帯の内側に、透かし彫りが施されている。
植物の茎と葉らしき形が、細かく彫られている。
記録によれば、金が使われている。
おそらく、彫りの一部に金が象嵌されているのだろう。
矢の根としては、極端な形である。
飛ばすことなど、まったく考えられていない。
形の自由
実用から離れると、形は自由になる。
矢の根の形は、本来、貫通のために決まっていた。
尖っていて、細く、重心が前にある。
その制約がなくなれば、何をしてもよい。
弓なりにも、幅広にも、透かしにもできる。
九点のうち五点の矢の根は、いずれも形が違う。
盾形、弓形、三叉形、細長い葉形。
同じ用途の品でありながら、輪郭がばらばらである。
つまり、形そのものが見どころになっている。
幅と長さの関係
二点目の寸法をもう一度見たい。
頭部の長さ12.1センチに対し、幅は14.4センチ。
つまり、縦より横のほうが長い。
矢の先端としては、あり得ない比率である。
飛翔の抵抗が大きすぎて、まっすぐ飛ばない。
この寸法一つで、実用品でないことが確定する。
そして、幅を広げることには意味がある。
透かし彫りの面積が増えるからである。
彫る場所が広ければ、意匠を大きく展開できる。
形の自由は、装飾の自由に直結している。
金を、どこに使うか
記録によれば、この一点には金が使われている。
鉄の黒い地に、金の線や点を象嵌する技法がある。
鉄に細かい溝を刻み、そこへ金を打ち込んで固定する。
金は柔らかいので、溝に食い込んで抜けなくなる。
黒い鉄と、金の輝き。
この対比は、日本の金工が最も得意とした表現である。
ただし、金の量は多くない。
全面を金にすれば、鉄の質感が失われる。
わずかに差すからこそ、効く。
三叉の形
三点目を見たい。

頭部が、三方に分かれている。
中央に一本、左右に一本ずつ。
その三本のあいだが、大きく抜かれている。
抜かれた空間に、植物が彫られている。
細い茎が上へ伸び、葉が広がっている。
さらに、小さな花のような形も見える。
鉄の面積は、ごくわずかである。
ほとんどが空気で、線だけが残っている。
抜くことと、残すこと
透かし彫りの本質は、選択にある。
何を残し、何を抜くか。
残した部分が形になり、抜いた部分が背景になる。
しかも、背景は「向こう側が見える」空間である。
置かれた場所によって、背景の色が変わる。
黒い布の上なら黒、白い紙の上なら白。
つまり、この作品は完結していない。
置かれる環境によって、見え方が変わる。
人物のいる矢の根
四点目には、人がいる。

盾のような形の頭部である。
その内側の透かしに、人物が彫られている。
衣をまとい、立っている姿である。
手に何かを持ち、顔が横を向いている。
背景には、雲か波のような形が刻まれている。
人物の衣の襞まで、線で表されている。
高さにして、数センチの人物である。
その大きさで、姿勢と衣が読み取れる。
五点目の矢の根

頭部が、大きく二股に分かれている。
その形は、鳥の尾のようにも、器のようにも見える。
分かれた二本の内側に、植物が彫られている。
茎と葉が絡み合い、上へ向かって広がる。
葉の一枚ずつに、葉脈らしき線が入っている。
外周の縁は、丸く磨かれている。
鉄の表面には、細かい鎚の跡が残る。
五点をそろえる
五点を並べて見ると、共通点がある。
まず、全長が28センチから32センチに収まっている。
次に、木の柄の太さもほぼ同じである。
そして、鉄の表面の仕上げも似ている。
つまり、形は違っても、規格はそろっている。
一具として作られた可能性が高い、と先に書いた根拠がこれである。
形を変えることで、一本ずつの見どころを作る。
しかし、並べたときに揃って見えるようにもする。
その両立が、意図されているように見える。
何が彫られているか
五点の透かしの中身も、整理しておきたい。
一点目には龍、四点目には人物、他の三点には植物がある。
いずれも、日本の美術で繰り返し使われてきた主題である。
龍は水と関わり、力の象徴とされる。
植物は、季節や吉祥の意味を担う。
人物は、故事や物語の一場面かもしれない。
ただし、具体的にどの故事かは、当方には特定できない。
小さな透かしの中の姿から、断定するのは危険である。
分かるのは、選ばれている主題の幅である。
生き物、人、植物。三つの領域が揃っている。
一具として並べたとき、内容も揃うように配慮されている。
柄の部分
もう一つ、木の柄にも目を向けたい。
五点とも、鉄の頭部の下に木の柄が付いている。
その柄は、細く、まっすぐである。
表面は褐色で、経年の色になっている。
矢の根を単体で保存する場合、柄は付けないこともある。
柄が付いているということは、
矢の形のまま伝えられてきたということである。
飾るときも、矢として立てて見せたのだろう。
その姿勢も含めて、この品は完成している。
刀の付属品
六点目からは、別の作者の作になる。

細長い金具である。
一方の端が尖り、もう一方が平たく広がっている。
平たい部分の表面が、赤銅の黒である。
そこに、金で植物の文様が施されている。
これは笄と呼ばれる道具である。
刀の鞘に差し込んで携帯した。
記録によれば、三所物の一部とされる。
三所物とは
三所物は、刀の装具の一組である。
目貫、笄、小柄。この三つを同じ意匠でそろえる。
同じ作者が、同じ文様で作る。
そうすることで、一振りの刀の装いが統一される。
いまでいえば、鞄と財布と手帳をそろえるようなものだろう。
この揃いの概念が、日本の金工では重要だった。
一点ずつの出来だけでなく、組としての調和が問われる。
赤銅という材料
赤銅について、書いておきたい。
銅に少量の金を加えた合金である。
そのままでは、ふつうの銅と変わらない。
しかし、特定の薬品で処理すると、表面が黒くなる。
深い紫がかった黒である。
この黒が、金の色をよく引き立てる。
日本の金工が好んで使った材料である。
黒と金の対比は、漆と金の組み合わせにも通じる。
当サイトでも
漆で描くで、
同じ色の組み合わせを扱った。
目貫という部品
七点目は、さらに小さい。

二つの小さな金具である。
いずれも、細長い葉のような形をしている。
黒い赤銅の地に、金の粒が固まって付いている。
穀物の粒か、あるいは花の集まりだろうか。
長さは3.8センチ。指の一節ほどである。
目貫は、刀の柄に取り付ける金具である。
柄を握ったとき、指が掛かる位置にある。
つまり、手のひらに触れる部品である。
触れられる装飾
目貫は、見るだけの装飾ではない。
握るたびに、指が触れる。
だから、形は握りやすさも考えて作られる。
尖りすぎれば痛く、平たすぎれば滑る。
適度な起伏が、かえって握りを助ける。
装飾と機能が、ここでは一致している。
小さく、日常的に触れられ、しかも精緻である。
工芸のこうした性質が、よく表れた品である。
小柄の二点
八点目と九点目は、小柄である。

細長い板状の金具である。
長さ9.7センチ、幅1.4センチ。
黒い地の上に、金と銀で文様が施されている。
植物の茎と葉が、細く伸びている。
その葉のあいだに、小さな生き物の姿が見える。
蟹か、あるいは別の生き物だろうか。
金と銀を使い分けることで、色に変化がある。

こちらも同じ寸法である。
黒い地に、金と銀の文様。
葉と、水の流れらしき線が刻まれている。
そして、この一点には折紙が付いている。
折紙という制度
折紙とは、鑑定の証明書である。
誰が、いつ、この品を何と鑑定したかを記す。
日本の刀剣や金工では、この制度が古くから機能していた。
とくに後藤家は、鑑定の役割も担ったと伝えられる。
つまり、作る家が、鑑定もする。
その証明書が付いていることで、品の来歴が保証される。
いまの言葉でいえば、真正性の担保である。
美術品の真贋の問題は、当サイトでも
誰がフェルメールを決めるかで扱った。
日本の金工には、その仕組みが早くからあった。
もっとも、鑑定する家と作る家が同じであることには、
利害の問題もつきまとう。
自分の家の作を、自分で保証することになるからである。
当時それがどう受け止められていたかを、当方は確認していない。
ただ、制度として長く機能したことは記録が示している。
二人の作者を並べる
九点を、二人の作者で分けて見たい。
矢の根の作者は、鉄を抜く技術で見せている。
刀装具の作者は、黒い地に金を置く技術で見せている。
材料も、技法も、まったく違う。
共通しているのは、寸法の小ささと、手数の多さである。
そして、どちらも武具に付属する部品である。
同じ時代の、同じ需要のもとで作られている。
分野が違えば、答えの出し方も違う。
その差が、九点を並べるとよく見える。
記録が付いてくる
折紙が一緒に収蔵されているのも、興味深い。
作品だけでなく、その証明書も残されている。
美術館の記録でも、折紙が題の一部に入っている。
つまり、紙も作品の一部として扱われている。
物と、それを証明する紙。
その二つが一組で伝わることは、そう多くない。
たいていは、途中で紙のほうが失われる。
九点を通して
九点を整理しておきたい。
矢の根が五点、刀装具が四点。
作者は二人。制作は十七世紀である。
寸法は、目貫の3.8センチから、矢の根の32.4センチまで。
いずれも小さい。手に持てる品ばかりである。
材料は、鉄と、赤銅と、金と銀。
技法は、透かし彫りと、象嵌と、彫り。
小さいものに、手をかける
最後に、この分野の性格について書きたい。
これらの品は、いずれも小さい。
そして、いずれも実用の部品である。
矢の先、刀の柄、鞘に差す道具。
にもかかわらず、途方もない手間がかかっている。
数センチの中に、龍がいて、人がいて、葉脈がある。
なぜ、こんなところに手をかけるのか。
一つには、そこが見られる場所だったからだろう。
刀は、抜かなくても差している。
差していれば、柄と鞘は人目に触れる。
つまり、身に着ける装飾品と同じである。
もう一つ、戦のない時代の技術の行き場もあったはずである。
武具を作る技が、装飾へ向かった。
その転換が、これらの品に表れている。
戦わない武具は、戦わないからこそ美しくなった。
いま、どう見るか
最後に、いまこれらを見るときのことを書いておきたい。
美術館では、こうした品はガラスの中に並ぶ。
小さいので、身を屈めて覗き込むことになる。
写真なら、拡大して細部を見られる。
数ミリの彫りが、画面いっぱいに広がる。
その便利さはある。
ただし、原寸の感覚は失われる。
目貫は3.8センチ、小柄は幅1.4センチである。
その中に、葉脈と生き物が彫られている。
数字を確かめてから、もう一度図版を見てほしい。
見え方が変わるはずである。
当サイトが寸法を必ず書くのは、そのためである。
小さいものほど、数字を知ってから見たほうがよい。
四百年前の指先の仕事が、そこにある。
道具も、拡大鏡も、いまほど整っていない時代の仕事である。



