作品を知る

橋は、画面を横切る線である——広重・歌麿・オランダ絵画ほか九点

橋は、二つの岸をつなぐ。同時に、画面を上下に分ける線にもなる。だから、どの高さに置くかで構図が変わる。九点で、橋の角度と位置を測りたい。斜めに架かる橋は、奥行きを作る。渡っている人がいるかどうかも、あわせて数えたい。

瀬田の夕照
歌川広重《瀬田の夕照》メトロポリタン美術館蔵

画面に、横棒が一本入る

前の回で、船が水面の位置を示すと書いた。

今回は橋を見たい。

橋は、水の上を渡るための構造である。

しかし、絵のなかでは別の働きもしている。

画面に、横向きの線を一本引くという働きである。

その線は、上と下を分ける。

そして、目を左右へ導く。

九点を並べて、橋が何をしているかを読みたい。

瀬田の夕照
歌川広重《瀬田の夕照》1835年ごろ。館の記録では、木版画、紙本着色。22.2×34.6センチ。番号はJP49。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《瀬田の夕照》メトロポリタン美術館蔵

横長の版画である。

画面の中ほどに、細い橋が横に伸びている。

木の橋である。

橋脚が細かく並び、下は水である。

長さが異様に長い。

画面の右端から、中央を越えて左まで続く。

そして、幅がきわめて狭い。

高さは、画面の五十分の一もない。

その上を、人が歩いているのが見える。

数ミリの点である。

橋の向こうは湖である。

薄い水色で、帆船が四、五艘。

対岸には黒い山並みが連なる。

その上に、赤みを帯びた空。

左上に題箋、右下に赤い印。

長さを見せる橋

この橋は、渡るための道として描かれていない。

長いということを見せるために描かれている。

画面の三分の二を、一本の線が横切る。

その線が、湖の広さを示す。

もし橋がなければ、水色の面が広がるだけである。

どこからどこまでが湖なのか分からない。

橋が架かると、対岸との距離が決まる。

前の回で、船が水面の位置を示すと書いた。

橋は、水面の幅を示している。

そして、この橋には人が歩いている。

数ミリの点である。

その点が、橋の幅を教えている。

橋は、水がなくても架かる

橋は水の上に架かるものだと思われがちである。

しかし、九点を見ると、そうでもない。

滝の上に架かる橋がある。

谷をまたぐ橋がある。

そして、掛軸のなかの橋は、渓流をまたいでいる。

橋が必要なのは、そこが越えにくいからである。

水でも、谷でも、崖でも同じである。

つまり、橋があるということは、そこに地形の切れ目があるということである。

絵を見るとき、橋はその切れ目を教えてくれる。

平らな面を描いても、切れ目は見えない。

橋を一本描くと、そこで地面が途切れていることが分かる。

これは、川を描くよりも効率がよい。

川を描けば、水の色と、両岸の高さを決めなければならない。

橋なら、横線一本で済む。

第一回で読んだ絵にも、同じ節約があった。

描かないことで、かえって伝わる。

高さを示す橋

橋の役目に、もう一つある。

高さを示すことである。

滝の上に架かる橋を見ると、その滝の落差が分かる。

橋の幅は、人が渡れる幅である。

そこから逆算すれば、滝の高さが読める。

掛軸のなかの橋も、同じである。

山の高さは、橋との比で決まる。

そして、鎖で吊る橋は、川面からの高さそのものが主題になっている。

石の橋では、これほど高く架けられない。

鎖なら架けられる。

その差を見せるために、川の岩まで細かく描かれている。

橋の高さは、技術の高さでもある。

橋の下を、通り抜ける

ティヴォリのサン・ロッコ橋と滝
フランソワ・マリウス・グラネ《ティヴォリのサン・ロッコ橋と滝》1810年から20年ごろ。館の記録では、布に油彩。37.8×28.3センチ。番号は1996.181。メトロポリタン美術館蔵。フランソワ・マリウス・グラネ《ティヴォリのサン・ロッコ橋と滝》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。

前の一点と、向きが正反対である。

中央に、石の橋が架かる。

大きな半円の孔が一つ。

その孔の向こうに、明るい風景が見える。

遠い建物と、青い空。

橋の上には、崩れかけた壁が立つ。

窓の穴が二つ開いている。

そして、孔の下から、白い滝が落ちている。

細く、まっすぐに垂れる。

その下は、暗い谷である。

左右の岩壁が、垂直に立ち上がる。

いちばん下に、小さな人影が一つ。

かがんでいるように見える。

上のほうに、赤茶けた建物が乗る。

橋が、額縁になる

この一点では、橋の孔が枠になっている。

孔の中だけが明るい。

まわりは暗い岩と壁である。

だから、目は自然に孔の中へ行く。

そして、その先に遠景が見える。

橋が、絵のなかにもう一つの絵を作っている。

前の一点とは、まったく違う使い方である。

あちらは、橋が水平の線だった。

こちらは、橋が縦の枠である。

同じ石の構造物が、置き方と見る角度で別のものになる。

第十七回で扱った、窓や戸口の枠と同じ働きである。

穴の向こうを見せることで、奥行が生まれる。

霧のなかの橋

ウォータールー橋、曇りの日
クロード・モネ《ウォータールー橋、曇りの日》1903年。館の記録では、布に油彩。65.1×100センチ。額を含めて84.4×120センチ。番号は1963.10.183。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。クロード・モネ《ウォータールー橋、曇りの日》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

そして、輪郭がほとんどない。

画面の中ほどに、橋が横に伸びる。

灰紫色の帯である。

その下に、丸い孔が三つか四つ。

孔の内側は、わずかに明るい。

橋の上には、小さな影がいくつか。

車か人だろう。

判別できない。

橋の向こうは、桃色と青灰色の霧である。

その中に、縦の細い形が二本立つ。

煙突らしい。

手前は水である。

橋の色が、そのまま水面に映る。

上下がほぼ同じ色になっている。

左下に、署名と年。

輪郭を消すという方法

この一点では、橋の輪郭が曖昧である。

石の継ぎ目も、欄干の形も見えない。

色の帯があるだけである。

それでも橋に見えるのは、形が横に長く、下に孔が並ぶからである。

つまり、橋であることを示すのに必要な情報は、この二つだけである。

横に長い。

下に孔がある。

第一回の版画では、橋脚が細かく描かれていた。

こちらは、その細部を全部消している。

消しても橋に見える。

そこが、この描き方の眼目である。

そして、消したことで別のものが見えてくる。

空気である。

橋がぼやけているのは、あいだに霧があるからである。

輪郭の曖昧さが、距離と天気を示している。