作品を知る

番号が、六つ並んでいる一件——組み合わせの甲冑、メトロポリタン美術館

鎖の輪まで、数字が残っている

《人馬のための組み合わせ甲冑》の寸法の欄は、九点でいちばん長い。

人の甲冑の重さ、兜の重さ。

そして、鎖帷子について細かい数字が並ぶ。

高さ八〇センチ、幅一一六センチ、胸幅六一センチ。

さらに、輪の直径まで書かれている。

継ぎ目のない輪の外径が、一〇・二ミリ。

一センチほどの小さな輪である。

その輪を、何万個もつないで一枚の衣を作る。

なぜ、輪の直径まで測るのか。

輪の大きさと作り方が、産地と時代を示すからである。

輪が小さければ、目が細かく、丈夫である。

そのぶん、輪の数が増え、手間も増える。

打ち抜いた輪か、線を巻いて閉じた輪か。

その違いも、作りを示す手がかりになる。

つまり、この数字は分析のための数字である。

絵画の寸法が、大きさを伝えるための数字であるのに対し、こちらは判定のための数字である。

同じ「寸法の欄」でも、役割が違う。

分野が変われば、測るものも変わる。

出所の行が、部品ごとに分かれる

《組み合わせの甲冑》の出所の行を、もう一度読みたい。

丸盾は、リッグス氏の寄贈、一九一三年。

兜と背当てと胸当ては、ディーン氏の遺贈による記念蒐集品、一九二八年。

肘当ては、ハークネス氏の寄贈による同じ記念蒐集品、一九二九年。

籠手は、複数の寄贈者からの資金による同じ記念蒐集品、一九二九年。

四つの経路が、一行のなかに書き分けられている。

これは、他の分野ではまず見ない書き方である。

絵画では、一件に一つの出所の行が付く。

甲冑では、部品ごとに違う。

そして、それを一行にまとめて書く。

読みにくいが、正確である。

どの部品が、誰の手から来たか。

その情報を、一つも捨てていない。

そして、この行を読むと、組み合わせという作業の性格が見えてくる。

館は、手元にある部品を突き合わせた。

一九一三年に入った丸盾と、一九二八年に入った胸当て。

十五年離れて館に来たものが、同じ一領に組まれている。

展示した状態、という断り

寸法の欄に「展示した状態での高さ」と書かれた件が、二つある。

九四センチと、四八センチ。

この断りは、武具に特有のものである。

甲冑の部品は、組み方によって高さが変わる。

肩当てを上に付けるか、下に付けるか。

腰の板を何枚重ねるか。

そして、台に立てるときの姿勢によっても変わる。

だから、単純に「高さ」とは書けない。

いま展示している状態での高さ、と断る。

つまり、この数字は作品の寸法ではない。

いまの見せ方の寸法である。

見せ方が変われば、数字も変わる。

前の回に、屏風の寸法が「平らに開いた状態」の数字だと書いた。

立てて折れば、横幅は縮む。

甲冑でも、同じことが起きている。

記録に残るのは、測るために整えた姿である。

使うときの姿でも、しまうときの姿でもない。

組み合わせる、という判断

「組み合わせの甲冑」という語は、正直な表示である。

もとから一領だったわけではない、と言っている。

そして、文化の欄に四つの国を並べる。

年の欄に七十五年の幅を書く。

つまり、この一領は歴史的な一領ではない。

館が学術的な判断で組み立てた一領である。

なぜ、そうするのか。

部品をばらばらに並べても、甲冑の姿は伝わらないからだろう。

胸当てだけを見ても、どう身につけるかは分からない。

組み立てて立たせれば、形が分かる。

そのかわり、これが本来の一領ではないことを明記する。

見せることと、正確に記録すること。

その二つを両立させる方法が、この書き方である。

作者の欄が、甲冑師である

九点の作者の欄には、いずれも人名がある。

そして役の欄には「甲冑師」と書かれている。

「画家」ではない。

甲冑には、作った工房の刻印が打たれることがある。

前の回に扱った銘記の話とつながるが、その刻印から作者が特定できる。

だから、五百年前の甲冑でも、作者名が分かる。

九点の作者と産地を並べると、地図が見えてくる。

ミラノの工房。インスブルックの甲冑師が二人。

アウクスブルクの甲冑師が二人。

グリニッジの王室工房の親方。

そして、ニューヨークで働いたフランス生まれの甲冑師。

十五世紀から十七世紀のヨーロッパで、甲冑の産地は限られていた。

ミラノ、アウクスブルク、インスブルック、グリニッジ。

技術と材料と職人が集まる場所である。

その名が、そのまま文化の欄に書かれている。

そして、九点目のニューヨークだけが、二十世紀である。

名の分かる着用者

九点のうち三点の題に、着る人の名がある。

ジョン・スカダモア卿。

ザクセン公クリスティアン一世。

ヴィンチェンツォ・ルイジ・ディ・カプア。

いずれも、生没年が括弧に添えられている。

甲冑は、身体に合わせて作る。

だから、誰のために作ったかが重要になる。

胸の幅、腕の長さ、肩の傾き。

寸法が、その人の身体の寸法である。

そして、注文の記録が残ることがある。

工房の帳簿、宮廷の支払い記録、肖像画。

これらを突き合わせて、着用者が特定される。

一点目の題には「推定される」という語が付いている。

確定していない。

前の回までに何度も見てきた、確からしさの書き分けである。

断定できるものは断定し、できないものには留保を付ける。

甲冑は、どこで一点になるか

最後に、はじめの問いに戻りたい。

甲冑の「一点」は、どこか。

一領か、一部品か。

九点の記録は、両方を採っている。

一領としての件があり、部品としての件がある。

そして、部品の件が一領の件のなかに含まれることもある。

スカダモア卿の甲冑と、その腿当てが、その例である。

これは矛盾ではない。

見せ方と、管理の仕方が違うだけである。

見せるときは、一領で立たせる。

管理するときは、部品ごとに番号を持つ。

前の回に見た祭壇画の三翼でも、似たことが起きていた。

開いた状態と、閉じた状態で、番号が分かれていた。

一点という単位は、対象の性質だけでは決まらない。

どう見せ、どう管理するか。

その二つの要請が、単位の形を決めている。

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