鐘は、題の中でしか鳴らない——池大雅・ロートレック・ライダーほか九点

黒く塗られた夜の画面である。
上の縁には、白い線が波のようにうねっている。
中央に、弓を引く二人が立っている。
腰には、葉で作った短い衣を巻いている。
その腰まわりに、細かい粒のような飾りが並んでいる。
右手には、扇形に広がる黄色い光。
光の中に、鹿や兎や猪が跳ねて逃げていく。
一頭の鹿は、首に矢を受けている。
左手前には、火のそばにしゃがむ人がいる。
館の記録では、描かれているのは領主である。
西インドのビール族の葉の衣をまとい、女の追い手とともに鹿を狩っている。
そして記録は、二人が腰に鈴の帯を着けていると書く。
茂みから獲物を追い出すために、鳴らすための鈴である。
女は、壺に入れた灯りの光を向けて照らしているという。
豆知識の欄には、川辺で串を使って肉を焼く人のことまで書かれている。
真夜中の食事の支度である。
さて、この一点の鈴は、鳴らすための道具である。
しかも、聞かせる相手は人ではない。
獣を驚かせ、走らせるために鳴らす。
鐘や鈴は、知らせるための道具だと思いがちである。
ここでは、追い立てるための道具になっている。
そして画面の鈴は、粒として描かれているだけである。
音は、逃げる獣の姿のほうに写っている。
ページは17.2×24.8センチ。
手に持って眺める、画帖の一葉の大きさである。
上の縁の白い波は、記録に説明がない。
雲とも、川面の光とも読める形である。
夜の場面を金と黒で作るやり方は、この地方の絵によく見られる。
黒い地に、灯りの黄色と獣の白が浮かび上がる。
鐘の形をした、酒の器
五点目は、器である。

黒い地に、赤茶色の人物が描かれている。
胴は上へ大きく開き、下へすぼまっていく。
伏せた鐘のような形である。
両脇には、上向きの取っ手が付く。
正面には、髪に冠をつけた大きな胸像がある。
その左右に、仮面をかぶった人物が二人。
体には、詰め物をした衣を着ている。
一人は葡萄の房へ手を伸ばし、一人は大きな杯を持つ。
館の記録では、これは水と葡萄酒を混ぜるための器である。
胸像は、酒と演劇の神ディオニュソスだという。
仮面と詰め物の衣で、喜劇の役者だと分かるとある。
裏側では、同じ神が従者たちと行列している。
豆知識の欄には、大きな胸像が舞台の道具かもしれない、とも書かれている。
さて、この器の名は鐘形である。
胴の形が、伏せた鐘に似ているからそう呼ばれる。
つまり、ここでの鐘は音ではなく形の名前である。
叩けば、たしかに焼き物の音はするだろう。
だが、鳴らすために作られてはいない。
器の名が、形の似た道具から借りられている。
酒の器の話は、酒の回でまとめて数えた。
ここで見たいのは、鐘という語が形に移ったことである。
口の差し渡しは40.3センチ、高さは38センチ。
つまり、背丈より口のほうが広い。
その広さが、伏せた鐘の形をいっそう強めている。
台の差し渡しは18.4センチしかない。
上が広く、下が細い。
置いてある姿は、揺れる寸前の鐘にも見える。
警鐘は、知らせるための音
六点目は、色刷りの石版画である。

淡い青一色の画面である。
手前に、後ろ姿の女がいる。
大きく広がった髪と、白い肩。
その前には、細い木が何本も立っている。
奥には、塔のような建物の影が霞んでいる。
線は薄く、輪郭はところどころ途切れている。
刷りの色は、水を流したように滲む。
館の記録は、作者と題と年と技法と寸法だけの短いものである。
題の警鐘は、危険を知らせるために乱打する鐘のことである。
もとは、村や町の塔の鐘を鳴らして人を呼び集めた。
つまり、いちばん大きな音を出す使い方である。
だがこの画面は、九点でいちばん静かである。
青一色で、輪郭もほどけている。
音を告げる題と、音のない画面。
その落差が、この一枚のいちばんの見どころだろう。
ここでも鐘は、題の中にしかない。
九点のうち、これで三点目である。
会社の名になった鐘
七点目は、小さな銅版画である。

版の跡は、8.2×7.3センチしかない。
切手を少し大きくしたほどである。
その小さな面に、建てかけの高い建物が刻まれている。
足場が縦横に走り、上部はまだ骨組みのままである。
手前には、低い建物と、崩れた土地。
画面の上の隅からは、細い線が放射状に伸びている。
館の記録では、これはビルの建設の途中を写した一枚である。
1925年に始まり、1927年に完成した。
そして完成から一年後には、より高い塔に抜かれたという。
当時のこの町は国内でも有数の規模で、工業の力が大きな建築を支えたとある。
記録は、画家の気持ちにも触れている。
上の隅から伸びる線は、荘厳さにも、不吉さにも読めるという。
つまり、この主題への迷いが出ているかもしれない、と。
豆知識の欄には、この版が建物の完成前に仕上がっていたことが書かれている。
さて、題にある鐘は、電話会社の名である。
電話を作った人の名前が、そのまま会社の名になった。
鐘の道具でも、鐘の音でもない。
音を伝える機械の会社が、鐘の名で呼ばれている。
九点のなかで、いちばん鐘から遠い一点である。