鐘は、題の中でしか鳴らない——池大雅・ロートレック・ライダーほか九点
鐘の絵を九点集めると、鳴っている鐘は一つもなかった。鐘楼には穴だけが並び、晩鐘も夜半の鐘も警鐘も、題と詩の中にしかない。器の形、花の名、人の名、会社の名。音を出す道具の名前がどこまで広がるのかを数える。

鐘楼を描いた絵に、鐘が見えない
白い壁の建物が、細い路地の突き当たりに立っている。
上のほうは、二段の櫓のような形をしている。
段ごとに、四角い穴が開いている。
その穴の奥は、暗く塗られているだけである。
穴の中に、何かが吊られている気配はない。
壁の下には、赤い瓦の屋根が続く。
右手からは、大きな木の枝が覆いかぶさる。
路地の突き当たりには、赤い扉が一つ見える。
水彩は薄く、鉛筆の線がところどころ透けている。

題は、鐘楼である。
もとは修道院で、いまは宿になっている建物だという。
館の記録は、作者と題と年と技法と寸法しか書いていない。
だから、この鐘楼にいま鐘が吊られているかどうかも分からない。
分かるのは、鐘を吊るための穴が開いていることだけである。
九点のうち、鐘のための建物はこの一点だけである。
そして、その一点でさえ、鐘そのものは写っていない。
さて、鐘は音を出す道具である。
そして絵は音を出せない。
では、鐘の絵とは何を描いた絵なのか。
九点を並べて、鐘がどこにあるかを数えてみたい。
先に言ってしまえば、鳴っている鐘は一つも出てこない。
代わりに、鐘の字ばかりが出てくる。
描いたのは、建築家として名を残した人である。
館の記録は職業までは書かないが、水彩は旅先で描かれたらしい。
紙は45.5×30.3センチ。
旅行鞄に入る画帖ほどの大きさである。
建物を専門に見る目が、鐘楼の穴の並びを几帳面に写している。
鐘のためにあいた穴は、建物の側から見れば窓である。
音のための穴を、形として数えている。
晩鐘の時、という題だけがある
二点目は、小さな板絵である。

暗い画面である。
上のほうに、黄色い帯が一本横たわる。
夕方の空である。
その下は、褐色と黒の塊で埋まっている。
丘とも、木立ともつかない形が続く。
低いところに、ぽつりと明るい点がある。
灯りのようにも、水面の反射のようにも見える。
絵の具は厚く、表面には細かい亀裂が走っている。
館の記録の分類は、風景、の一語だけである。
作者は、記憶と想像で画面を練り上げる型の画家だった。
そして題は、晩鐘の時、という。
夕方に鳴らされる鐘の時刻を指す言葉である。
その鐘は、夜の始まりを告げ、火を落とす合図でもあった。
つまりこの題は、時刻を音の名で呼んでいる。
画面には、鐘も、鐘楼も、人も描かれていない。
黄色い空と、黒い地面があるだけである。
それでも題を読むと、その黒い塊のどこかから音が響いてくる気がする。
音の名を持つ題は、画面を勝手に鳴らしはじめる。
板は19.1×25.4センチと、手のひらほどしかない。
小さな板に、鳴らない鐘の時刻が塗り込められている。
この画家の絵は、絵の具を厚く塗り重ねることで知られる。
何年もかけて手を入れ、完成を先延ばしにしたという。
そのため、表面には細かいひび割れが出た一枚が多い。
年の欄も、1882年までに、という書き方である。
いつ描き始めたかは、記録も決めていない。
鐘の時刻の絵に、始まりの時刻がない。
鐘の音は、詩の側にある
三点目は、掛軸である。

縦に長い画面である。
手前には、濃い墨の木立が茂っている。
その葉のあいだから、舟の姿がのぞく。
中ほどには、一本の楓と、小さな漁り舟が二艘。
遠くには、霞の中に堂宇の屋根が浮かぶ。
上の余白には、細かい字の詩が書かれている。
館の記録は、その詩を訳している。
月は落ち、烏が鳴き、霜が空に満ちる。
川辺の楓と漁り火が、眠れぬ自分と向かい合う。
姑蘇の城の外には、寒山寺がある。
その夜半の鐘の音が、旅の舟まで届く。
つまり、この絵の主題は鐘の音である。
だが画面に鐘はない。
あるのは、舟と、楓と、遠い寺の屋根だけである。
音は、詩の最後の一行にだけ書かれている。
八世紀の中国の詩人の作を、十八世紀の日本の画家が絵にした。
千年の隔たりを超えて、同じ鐘の音が紙に載っている。
そして記録によれば、絵の中の舟は詩の中の舟である。
手前の茂みの奥に見える舟が、詩を書いた人の舟にあたる。
見る人は、その舟の中で音を待つことになる。
鐘は鳴っていない。
これから鳴る、と詩が言っているだけである。
軸は表装を含めて210.1センチある。
床の間に掛ければ、詩の字は目より高いところに来る。
まず字を見上げ、それから舟のあたりへ目を下ろす。
見る順序まで、掛物の形が決めている。
銘の欄には、署名の代わりに一行が記されている。
以前の名で知られた者、という言い方だと記録は訳す。
名を変えた画家が、名所の詩を書き写している。
腰に鈴を着けて、鹿を追う
四点目に、ようやく実物の鈴が出てくる。