鐘は、題の中でしか鳴らない——池大雅・ロートレック・ライダーほか九点
人の名になった鐘
八点目は、肖像画である。

白い服の女性が、こちらを向いて座っている。
襟は大きく開き、袖はふくらんでいる。
胸元には、小さな花の束が留めてある。
髪は額の上で巻かれ、耳の脇で束ねられている。
背景の右には、赤い布が垂れる。
左は、暗い緑と空の色である。
そして、その背後にもう一つ顔がある。
横顔の男が、女性の肩越しに描かれている。
館の記録は、作者と題と年と寸法と、寄贈者の名だけを書いている。
だから、この二人の関係も記録からは決められない。
題は、メアリー・エリス・ベル。
括弧の中に、アイザック・ベル夫人、とある。
つまり鐘の字は、この人の家の名である。
記録の中の鐘の語で図版を集めると、こういう一枚が混ざってくる。
人の名、会社の名、器の形、花の名。
音の道具の名前は、驚くほど広い範囲へ散らばっている。
一つの字が複数の意味に割れる事情は、ほかの語でも同じである。
そして、名前になった鐘は、けっして鳴らない。
肩越しの横顔も、記録には説明がない。
夫なのか、別の誰かなのか。
分かるのは、この絵が一族の手を通って館へ入ったことだけである。
寄贈者の名にも、同じ鐘の字が入っている。
絵と名字が、二百年一緒に旅をしてきた。
花の名になった鐘
最後の一点は、皿である。

白い皿の中央に、一本の草が描かれている。
細い茎が斜めに伸び、葉は縁がぎざぎざしている。
その先に、紫の花が三つ。
花はうつむいて、袋のようにふくらんでいる。
縁には、金の細かい飾りが一周している。
館の記録では、この揃いの皿には、それぞれ見分けのつく植物が描かれている。
そして裏には、その名前が二通りの言葉で書き込まれているという。
館の記録は、その書き込みの中身まで写している。
学名と、英語の名と、窯の印と、番号である。
一枚の皿につき一種類の植物を描くやり方は、18世紀の終わりに広まった。
花だけでなく、葉も茎も種の袋も根も一緒に描くようになったという。
これは、植物を体系立てて分類する方法が現れたことの反映だとある。
図案の元になったのは、同時代の植物図譜だった。
つまりこの皿は、菓子を載せる道具であると同時に、図鑑の一頁でもある。
そして、この花の名が鐘である。
花の形が、伏せた鐘に似ているから、そう呼ばれてきた。
五点目の器と、同じ理屈である。
音ではなく、形が名前を借りている。
咲いた花は、風に揺れても鳴らない。
皿の直径は23.4センチ、高さは3.1センチ。
菓子の時間に、卓の上へ並べられる大きさである。
一枚ごとに違う植物が描かれ、裏に名前が書いてある。
つまり食器揃いは、めくって読める図鑑でもあった。
食後の話の種にするための、絵と字だったのだろう。
もっとも、記録はそこまでは書いていない。
数えると、こうなった
九点を数え直す。
音の道具としての鐘や鈴が写るのは、一点だけである。
狩りの腰に着けた鈴だけが、実際に鳴らすための物だった。
鐘を吊るための建物が一点。
題の中にだけ鐘があるのが三点。
晩鐘の時、詩の中の夜半の鐘、そして警鐘である。
形の名になった鐘が二点。
酒の器と、花である。
人の名になった鐘が一点、会社の名になった鐘が一点。
つまり九点のうち八点で、鐘は音を出していない。
そして、鳴っている鐘は一つもない。
これは、集め方のせいでもある。
記録に鐘の語を持つものを集めると、名前の鐘が大量に混ざる。
だが、それだけではないだろう。
鐘は、鳴っていても姿が変わらない。
揺れる舌は見えず、震える金属も目には止まらない。
何がなびいて風になるかを数えた回では、風はなびくもので示された。
風には、旗や葉という代役がいる。
音には、その代役が少ない。
だから絵は、音を題や物語に預ける。
材質も数えておく。
焼き物が二点、油彩が二点、紙の絵が三点、版画が二点である。
このうち、叩いて音の出る材料は焼き物の二点だけだった。
金属で作られた品は、九点に一つもない。
鐘の回に、金属が来ない。
これは、集め方の偶然だろう。
だが、絵に描かれた鐘が少ないことと無関係でもなさそうである。
鐘は重く、動かせず、たいてい高いところにある。
近づいて写生するのが、そもそも難しい道具である。
土地と年代も並べておく。
イタリアが二点、日本が一点、インドが一点。
アメリカが三点、フランスが一点、イギリスが一点。
年代は紀元前390年ごろから1933年まで、二千三百年に広がる。
いちばん古いのが器の形の名で、いちばん新しいのが鐘楼だった。
言えないことも書いておく。
この九点は、記録に鐘や鈴の語を持つものから集めた。
だから、名前ばかりが集まったのは当たり前でもある。
鐘そのものを描いた絵は、この外にいくらでもあるはずである。
梵鐘の絵も、鐘を撞く人の絵も、この網には入ってこなかった。
最後に、記録に残らないことを一つ。
九点のどの記録にも、鐘の音の高さは書かれていない。
寒山寺の夜半の鐘も、乱打された警鐘も、どんな音だったかは分からない。
分かるのは、音を聞いた人が何をしたかだけである。
眠れずに舟にいた、あるいは集まって走った。
音は消え、その音に動かされた人の姿だけが残っている。
絵が残せるのは、いつでもそちらの側である。
次に鐘の題を持つ絵に出会ったら、画面に鐘を探してみてほしい。
たいていは見つからず、代わりに、耳を澄ませている誰かがいる。









