真鍮は、金の位置に立つ——湯萬亨・ファベルジェ・ドゥフェネクほか九点
真鍮は、絵の中の器になる
最後の二点で、真鍮は描かれた物になる。

縦長の肖像である。
額なしで86.7×62.6センチある。
若い女性が、腰から上まで描かれる。
顔はこちらを向き、目もこちらを見る。
髪は黒く、肩まで垂れる。
頭の上に、赤い帽子が載る。
上着は白く、袖が膨らむ。
その上に、黒い胴着を重ねる。
背景は暗い褐色で、何も描かれていない。
手前に、浅い器がある。
器は楕円に見え、縁が薄い。
色は暗い黄褐色である。
器の中に、黄色い実がいくつか入る。
その隣に、紫の粒の房がある。
女性の右手が、器の縁を支える。
指は四本見え、親指は器の内側にある。
手の甲には、光が当たっている。
館の記録では、この画家はこの町を愛し、経歴の初期に数か月を過ごした。
そして館は、描かれた人物について書いている。
おそらく画家のための模特児であり、真鍮の浅い器を持っている。
器の中には檸檬と葡萄が入っているという。
館の記録は、そう説明している。
つまり材料の欄に真鍮はない。
真鍮は、絵の具で描かれた器である。
暗い黄褐色は、金の輝きとは違う。
金なら、もっと白く強い光が入る。
ここでは、器の縁に細い明るい線が一本あるだけである。
そのほかの面は、背景の褐色に近い。
実の黄色のほうが、器より明るい。

小さな一頁である。
頁は28.2×24.1センチしかない。
画面の上のほうに、細い三日月がある。
そのまわりに、金の小さな点が散る。
星である。
背景は、暗い緑と灰色の丘である。
手前は、平らな石の台である。
台の上に、女性がひざまずく。
衣は黄と緑で、上半身は裸である。
両手に、花の輪を持つ。
その前に、低い台がある。
台の上に、円い石が立つ。
石には、橙の跡が付く。
台の手前には、小さな皿が二つある。
皿には、橙と黄の粉が入る。
その脇に、小さな注ぎ口の付いた器がある。
器は黄色く、胴が丸い。
口は細く、上へ反る。
館の記録では、金の星と三日月の下で、王家の女性が花の輪を捧げている。
野外の祠にある神への供えである。
若木の下の台に据えられた石には、信仰の塗料の明るい橙の跡がある。
女性の前の小さな皿には、橙の粉と黄の粉が入る。
その粉で、額に信仰のしるしを付けたという。
そして館は、器について書いている。
小さな真鍮の水差しには、石を清めるための水が入っているはずだという。
館の記録は、そう説明している。
つまりここでも、真鍮は絵の具である。
しかも、器はきわめて小さい。
画面の中で、一センチにも満たない。
それでも館の記録は、その器の材質を書いている。
何が入っているかまで書いている。
小さいものほど、記録が要る。
数えてみると
九点を並べ直す。
真鍮だけでできているのは、二点である。
柄鏡と、鋳られた頭像。
真鍮が部品なのは、四点である。
鍋の把手、甲冑の鋲、ケースの金具、そして見えない留め具。
真鍮が箱そのものなのは、一点。
絵の具で描かれているのは、二点である。
もう一つ数える。
九点のうち、館の記録の材料の欄に真鍮という語があるのは、七点である。
残る二点では、真鍮は説明文の中にある。
どちらも、絵の中の器を指している。
さらに数える。
真鍮が金の代用として使われているのは、四点である。
鏡、鍋、ロケット、そして甲冑の金具。
残る五点では、真鍮は金の代用ではない。
頭像では、真鍮そのものが選ばれている。
鋲では、留める力が求められている。
言えることと、言えないこと
言えるのは、真鍮が「金に見えることを引き受けた金属だ」ということである。
色が近く、値段が遠い。
だから婚礼の鏡になり、土産物の箱になる。
戦時の鍋にもなる。
そして甲冑では、金めっきの下や裏に回る。
九点のうち四点で、真鍮は金の位置に置かれていた。
言えないのは、真鍮がつねに黄色いという話である。
鋳られた頭像は、いま黒く沈んでいる。
柄鏡も、灰色がかっている。
磨けば黄色くなるが、置いておけば暗くなる。
そして絵の中では、真鍮は暗い黄褐色で描かれていた。
画家は、金として描いていない。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
柄鏡の表面には、細かい傷が無数にある。
姿を映すための面が、いまは映さない。
館の記録は、この鏡が映すためではなく儀式のためだったかもしれないと書いていた。
もしそうなら、傷は使われた跡ではない。
真鍮は、映す金属としても、映さない金属としても働ける。
九点を数え終えて残るのは、その両義のほうである。
金に似ているが、金ではない。
映すが、映すために作られたとはかぎらない。
どちらの側にも寄り切らないところに、この合金の位置がある。









