暮らしと名画

担ぐと、体が傾く——ピアッツェッタ・ゴヤ・春章ほか九点

一里塚のかたわらに立つ駕籠かきに扮する五代目市川團十郎
勝川春章《駕籠かきに扮する五代目市川團十郎》1783年から84年ごろ。館の記録では、木版多色摺(錦絵)・紙。31.6×14.9センチ。番号はJP350。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《一里塚のかたわらに立つ駕籠かきに扮する五代目市川團十郎》メトロポリタン美術館蔵

縦長の版画である。

31.6×14.9センチしかない。

画面の中央に、男が立つ。

体は右を向き、腰を落とす。

膝は曲がり、脚を開く。

顔は正面を向く。

眉は太く、下がる。

目は大きく見開かれる。

口は結ばれる。

頭は剃られ、髷が小さい。

衣は白地に、赤褐色の網目文様がある。

袖は短く、腕が出る。

腰には、帯を締める。

脚は素足で、太い。

右手は、肩の高さに上がる。

手のひらは開く。

背後に、細い柱が立つ。

柱には、文字の板が付く。

道しるべである。

板には、地名らしい字がある。

背景は、淡い黄土色である。

館の札には「男性」と「役者」がある。

つまり館は、これを役者絵として登録している。

題には、担ぐ役の名がある。

しかし画面に、駕籠はない。

担ぐ相手も、道具もない。

九点のうち、担ぐ道具がないのは、この一点である。

役者の顔については、役者の顔で扱った。

素描帳の一頁に、籠を運ぶ姿がある

六点目は、素描帳の一葉である。

籠を運ぶ女(素描帳より)
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《籠を運ぶ女》1854年から55年。館の記録では、インク・オフホワイトの簀の目紙。10.8×5.4センチ。番号は1970.121.31。メトロポリタン美術館蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《籠を運ぶ女(素描帳より)》メトロポリタン美術館蔵

きわめて小さい紙である。

10.8×5.4センチしかない。

指ほどの幅である。

紙には、いくつもの図がある。

上のほうに、三人の女が並ぶ。

三人とも、大きな帽子をかぶる。

裾は下へ広がり、鐘の形になる。

その右に、別の図がある。

そこには、一人の女がいる。

女は横を向く。

頭の上に、平たい籠を載せる。

籠は円く、浅い。

両手は、籠に添えられない。

首と背で、支えている。

その下にも、図が二つある。

一つは、立つ少年である。

一つは、横たわる人である。

図と図のあいだには、文字がある。

線は細く、素早い。

濃淡は、ほとんどない。

館の札には「女性たち」とある。

館の記録は、それ以上のことを書いていない。

つまり題が、していることを示すだけである。

九点のうち、頭で担ぐのは、この一点である。

手を使わないので、両手が空く。

そのぶん、背をまっすぐ保つ必要がある。

姿勢の均衡が、道具の代わりになっている。

同じ紙に、別の姿も描かれている。

立つ少年と、横たわる人である。

一枚の紙に、いくつもの姿勢が集められている。

旅先で見た人びとらしい。

手控えとして、素早く写されている。

線は数本で、面は塗られていない。

それでも、頭の上の円が籠だと分かる。

形と位置が、すでに意味を持っている。

果物と花を、胸に抱える

七点目では、荷は小さい。

果物と花を運ぶ子供
クロディオン《果物と花を運ぶ子供》十八世紀から十九世紀初め。館の記録では、テラコッタ。全体は42.2×12.8×15.3センチ。番号は1944.131。クリーヴランド美術館蔵。クロディオン《果物と花を運ぶ子供》クリーヴランド美術館蔵

小さな立像である。

全体は42.2×12.8×15.3センチある。

台を除くと35.3センチである。

幼い子どもが立つ。

体は正面を向く。

顔はやや下を向く。

頬はふくらみ、口が尖る。

髪は短く、巻いている。

体は裸である。

腹が丸く、前へ出る。

両腕は、胸の前で曲がる。

腕のあいだに、布がある。

布は袋のように垂れる。

その中に、果実と花がある。

果実は丸く、いくつも重なる。

花は小さく、隙間に見える。

脚は太く、短い。

足の指は、丸く並ぶ。

足元には、円い台がある。

台は金色である。

材の色は、淡い褐色である。

館の記録では、この作者は彫刻に子どもをよく登場させる。

ここでは、口を尖らせた表情から、ふくらんだ足の指まで、幼い子として説得力があるという。

そして館は、材料について書いている。

テラコッタは、この作者がよく使う材料である。

焼いたあと、釉のかかっていない土の色は大きく変わりうる。

だから、この作者の像はそれぞれ少しずつ色が違うという。

さらに館は、こう付け加えている。

この像は多くの損傷を受けたが、近年清掃され、修復されたという。

館の記録は、そう説明している。

つまり運んでいるのは、重い荷ではない。

それでも、腕の形は担ぐ形である。

両腕を胸の前で曲げ、布を受ける。

体は、わずかに後ろへ反る。

軽い荷でも、姿勢は変わる。

館の記録は、その自然さを褒めている。

絵を担いで、行列が進む

八点目では、担がれるのは絵である。

戦争の絵画を運ぶ兵士たち(ユリウス・カエサルの凱旋より)
アンドレア・アンドレアーニ《戦争の絵画を運ぶ兵士たち》1593年から99年。館の記録では、明暗の木版。紙は39.2×37.6センチ。番号は1930.583.2。クリーヴランド美術館蔵。アンドレア・アンドレアーニ《戦争の絵画を運ぶ兵士たち(ユリウス・カエサルの凱旋より)》クリーヴランド美術館蔵

ほぼ正方形の版画である。

紙は39.2×37.6センチある。

色は、褐色の濃淡だけである。

画面いっぱいに、人が並ぶ。

人は、行列をなして右から左へ進む。

手前の列には、兵士が四人いる。

兵士は鎧を着ける。

頭には、羽根の飾りがある。

一人は、大きな板を担ぐ。

板は肩の上にある。

板には、絵が描かれている。

絵の中には、建物と人がいる。

もう一人も、同じような板を担ぐ。

奥には、旗と槍が林立する。

旗は高く、風になびく。

さらに奥には、木立が見える。

画面の下には、細い枠がある。

館の記録では、この一組の版画は、ある画家の連作を写している。

その連作は、一世紀前に描かれたものであるという。

そして館は、行列の内容について書いている。

帯状に続く各場面は、こうした行進に典型的な要素を示す。

それは、古代の文章に記されているという。

つまり担がれている絵は、戦いの記録である。

戦いの絵を、勝った側が運んで見せる。

板の大きさは、人の背丈ほどある。

一人では、持ち上げられない重さらしい。

担ぐ兵士の腕は、両方とも上がっている。

頭より高い位置で、板を支えている。

見せるためには、高く掲げる必要がある。

運ぶことと、見せることが重なっている。

九点のうち、絵が荷なのは、この一点である。