題に、日付まで書いてある——ジョージ・カトリンのラ・サール連作
四枚目という位置
三枚ずつ見ていく。
そして、四枚目に移る。
三枚の共通
一枚目から三枚目まで、寸法がほぼ同じである。
そして、年も同じである。
三枚の日付
1681年12月、1682年2月、1682年3月。
つまり、順に並ぶ。
四枚目は、迎えられる

左に、丸い屋根の家が並ぶ。
屋根は、草で葺かれる。
その前に、大勢の人が集まる。
中央に、儀式らしき場面がある。
右に、黒い衣の人物が立つ。
奥に、木立と丘が続く。
屋根の並び
屋根は、四つ以上見える。
そして、大きさが揃う。
四枚目の住居
丸い屋根の家が、並ぶ。
そして、草で葺かれる。
集まる人々
家の前に、大勢が集まる。
そして、輪を作る。
大きさが、違う
寸法の欄を見たい。
縦42センチ、横60.3センチ。
縦の差
42センチと37.8センチ。
つまり、四センチ二ミリ違う。
面積の差
四枚目は約2533平方センチ。
そして、他は約2132平方センチ。
つまり、二割ほど広い。
一枚だけ、大きい
他の八枚は、縦37センチ台である。
つまり、この一枚だけ四センチ大きい。
記録の沈黙
理由が書かれていなければ、書かない。
つまり、当サイトは補わない。
別の布か
別の大きさの布を使ったのだろう。
もっとも、館の記録は書かない。
なぜ、違うか
館の記録は、理由を書かない。
だから、当サイトは断定しない。
現在の呼び方
民族の呼び方は、時代で変わる。
つまり、記録の語と現在の語は違うことがある。
名の綴り
館の題は、当時の綴りを用いる。
つまり、現在の表記とは違うことがある。
描かれた民族
題に、民族の名がある。
そして、その人々の子孫はいまも続いている。
黒い衣の人物
右に、黒い衣の人物が立つ。
つまり、聖職者だろう。
もっとも、館の記録は説明しない。
儀式らしき場面
中央に、向かい合う人々がいる。
そして、何かを手渡している。
迎えるという場面
題は、迎える、という語を使う。
つまり、友好の場面として描かれる。
四枚目の年
年の欄を見たい。
1847年から1848年とある。
つまり、九枚とも同じである。
二百年後の絵
出来事から百六十五年後の作である。
つまり、伝聞にもとづく。
描いた人の立場
描いたのは、外から来た側の画家である。
つまり、片側からの絵である。
五枚目は、十字架

大勢の人が、中央に集まる。
奥に、高い木立が並ぶ。
右のほうに、細長い柱が立つ。
その先に、横木がある。
左に、円錐形の住居が見える。
五枚目の日付
1682年3月25日。
つまり、四枚目の五日後である。
五枚目の姿
大勢の人が、中央に集まる。
そして、柱が立てられる。
立てるという行為
柱を立てて、印とする。
つまり、しるしを残す。
柱の形
細長い柱に、横木が付く。
つまり、十字の形である。
五日後
四枚目は3月20日、五枚目は3月25日である。
つまり、五日後になる。
横の長さ
横56.7センチである。
つまり、他とほぼ同じである。
五枚目の大きさ
縦37.4センチ、横56.7センチ。
つまり、九枚で最も縦が短い。
短い間隔
日付の間隔は、一定ではない。
つまり、出来事に合わせている。
六枚目は、難破

左に、青い海が広がる。
沖に、船が二隻見える。
手前は、砂の浜である。
浜に、木材や樽が散らばる。
人々が、それを運ぶ。
空は、桃色を帯びる。
浜の描き方
砂が、手前に広がる。
そして、草がまばらに生える。
六枚目の姿
浜に、木材や樽が散らばる。
そして、人が運ぶ。
人の動き
人々が、荷を運ぶ。
そして、腰をかがめる。
沖の船
沖に、船が二隻見える。
そして、帆を下ろしている。
日付が、年だけ
題を見たい。
年だけがあり、月日がない。
六枚目の大きさ
縦37.8センチ、横56.4センチ。
つまり、一枚目と同じである。
七枚目の姿
草原が、広く開ける。
そして、人々が向かい合う。
七枚目の大きさ
縦37.8センチ、横56.5センチ。
つまり、他とほぼ同じである。
空の色
空は、桃色を帯びる。
つまり、朝か夕だろう。
九枚のうち、一枚
他の八枚には、月日がある。
つまり、この一枚だけが年だけである。
連作の中の位置
成功だけでなく、失敗も描かれる。
つまり、筋がある。
難破という主題
船が壊れる場面である。
つまり、遠征の失敗を示す。
日付が、分からない
難破の日が特定できないのだろう。
もっとも、館の記録は説明しない。
空白の意味
三年のあいだの絵が、この九枚にはない。
もっとも、連作の他の絵にはあるかもしれない。
三年の空白
五枚目は1682年、六枚目は1685年である。
つまり、三年ほど飛ぶ。