美術史・技法

題に、日付まで書いてある——ジョージ・カトリンのラ・サール連作

七枚目は、出会い

テキサスの草原でセニ族の一団と出会うラ・サール、1686年4月25日
ジョージ・カトリン《テキサスの草原でセニ族の一団と出会うラ・サール、1686年4月25日》1847年から1848年。油彩、カンヴァス。館の記録では、縦37.8センチ、横56.5センチとされる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョージ・カトリン《テキサスの草原でセニ族の一団と出会うラ・サール、1686年4月25日》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

広い草原である。

左に、人々が向かい合う。

中央に、馬に乗る人がいる。

そして、駆けている。

奥に、低い丘が続く。

空は、黄色と褐色に染まる。

空の色

上が褐色、下が黄色である。

つまり、夕暮れだろう。

草原の広さ

地平が、低い位置にある。

つまり、空が広い。

馬という要素

馬に乗る人が、複数いる。

そして、槍らしきものを持つ。

言葉の選び方

出会う、という語は中立に見える。

もっとも、その後を語らない。

出会いという題

題は、出会う、という語を使う。

つまり、衝突とは書かれない。

七枚目の日付

1686年4月25日。

つまり、年月日まである。

記録は、結果を書かない

その後どうなったかは、書かれていない。

だから、当サイトは補わない。

八枚目は、野営

テキサスの草原に野営する遠征隊、1686年4月
ジョージ・カトリン《テキサスの草原に野営する遠征隊、1686年4月》1847年から1848年。油彩、カンヴァス。館の記録では、縦37.8センチ、横56.4センチとされる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョージ・カトリン《テキサスの草原に野営する遠征隊、1686年4月》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

手前に、火が焚かれる。

その上に、棒が渡される。

そして、肉らしきものが吊るされる。

左に、天幕がある。

中央奥に、緑の丘がそびえる。

右奥に、家畜らしき群れがいる。

八枚目の姿

火の上に、棒が渡される。

そして、肉らしきものが吊るされる。

天幕と、丘

左に天幕があり、奥に丘がある。

そして、家畜らしき群れがいる。

日付が、月まで

題を見たい。

1686年4月とある。

つまり、日がない。

八枚目の大きさ

縦37.8センチ、横56.4センチ。

つまり、一枚目と同じである。

三通りの日付

年月日、年月、そして年だけ。

つまり、細かさが三通りある。

当サイトの表記

当サイトのキャプションも、段階を保つ。

つまり、揃えない。

段階のある記録

分かるところまで書き、分からないところは書かない。

つまり、これは誠実な書き方である。

同じ月

どちらも1686年4月である。

つまり、近い時期になる。

七枚目との前後

七枚目は4月25日、八枚目は4月である。

つまり、順序が確かめられない。

番号という手がかり

額の札の数字が、順を示すのだろう。

もっとも、館の記録は触れない。

並べ方の問題

日付が粗ければ、順に並べにくい。

もっとも、館の記録は順を示さない。

九枚目は、村へ

セニ族の村に迎えられるラ・サール、1686年5月6日
ジョージ・カトリン《セニ族の村に迎えられるラ・サール、1686年5月6日》1847年から1848年。油彩、カンヴァス。館の記録では、縦37.6センチ、横56.4センチとされる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョージ・カトリン《セニ族の村に迎えられるラ・サール、1686年5月6日》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

左に、丸い屋根の家が並ぶ。

屋根は、草で葺かれる。

中央に、大勢の人が集まる。

右へ、列が続く。

奥に、緑の丘がある。

空は、桃色である。

九枚目の大きさ

縦37.6センチ、横56.4センチ。

つまり、他とほぼ同じである。

四枚目と、似る

四枚目も、村に迎えられる場面である。

そして、屋根の形もよく似る。

二つの村

四枚目と九枚目は、別の村である。

そして、四年の差がある。

別の民族

もっとも、題の民族の名は違う。

つまり、別の人々である。

住居の形

どちらも、草で葺いた丸い屋根である。

つまり、似た形で描かれる。

描き分け

住居の形は、似て見える。

つまり、描き分けが細かくない。

もっとも、館の記録はそう書かない。

九枚目の日付

1686年5月6日。

つまり、九枚で最も遅い。

九枚の寸法

縦は37.4から42センチまで。

そして、横は56.4から60.3センチまで。

縦の並び

37.4、37.6、37.8が六枚、そして42センチ。

つまり、一枚だけ外れる。

八枚が、ほぼ同じ

四枚目を除く八枚は、縦37センチ台である。

つまり、揃っている。

横の並び

56.4が五枚、56.5、56.7、60.3センチ。

つまり、こちらも一枚だけ外れる。

同じ布を、続けて使う

同じ大きさの布を、まとめて用意したのだろう。

もっとも、館の記録はそう書かない。

同じ二年

九枚とも、同じ書き方である。

つまり、揃っている。

九枚の年

九枚とも、1847年から1848年である。

つまり、同じ時期に描かれている。

館ごとの書式

この館は、斜線で年の幅を示す。

つまり、書式の習慣である。

斜線という書き方

館の記録では、年が斜線で区切られる。

つまり、幅を示す書き方である。

短い幅

二年は、狭い。

つまり、まとめて描かれた。

二年の幅

1847年と1848年。

つまり、二年である。

連作という単位

九枚が、一つの筋を作る。

つまり、単独では読めない。

まとめて、描く

九枚が同じ時期に描かれている。

つまり、連作として企画されたのだろう。

展示という可能性

連作は、並べて見せるために作られることが多い。

もっとも、当サイトは断定しない。

何のための連作か

館の記録は、目的を書かない。

だから、当サイトは推測しない。

額の形

額は、平たく、幅が広い。

そして、内側に細い金の線がある。

額と、札

九枚とも、同じ形の額に収まる。

そして、上に番号の札がある。

額も、記録の一部

画像に額が写れば、扱いが分かる。

つまり、情報になる。

揃いの額

額が揃えば、並べて展示できる。

つまり、組として扱われている。

題に出る名

二つの民族の名が、題に入る。

つまり、記録に残る。

描かれた人々

タエンサ、セニ。

つまり、二つの民族の名が題に出る。

現在という視点

当サイトは、過去形だけで書かない。

つまり、いまも続くことを明記する。

子孫は、いまも

その人々の子孫は、いまも暮らしている。

つまり、過去の話ではない。

語の非対称

来た側の行為が、主語になる。

そして、迎えた側は目的語になる。

題の言葉づかい

土地の領有、迎える、出会う。

つまり、いずれも来た側の言葉である。

書き換えない理由

題を変えれば、作品を探せなくなる。

つまり、記録の役目が損なわれる。

当サイトの姿勢

当サイトは、題をそのまま記録する。

そして、そのことを書き添える。

分かることと、分からないこと

分かるのは、寸法・技法・年・所蔵である。

そして、分からないのは、絵の根拠と連作の目的である。

空白を、空白のまま

当サイトは、空欄を推測で埋めない。

そして、そのことを書き添える。

当サイトの
「記録」という言葉を、疑ってみるでも、
この画家の記録という性格を扱った。

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