大理石に似せた、硝子——チャリナー・テイラー社
縁の飾りのある鉢
七点目は、小さな鉢である。

浅く、円い鉢である。
縁が、大きく波打つ。
そして、外側に飾りが付く。
胴に、細かい模様が刻まれる。
縁の波
縁を見たい。
大きな山と谷が、連なる。
そして、外へ反り返る。
つまり、花弁のような形である。
胴の模様
胴を見たい。
細かい線が、刻まれる。
そして、その上に大理石模様が重なる。
つまり、二重の模様である。
外側の飾り
胴の外側を見たい。
丸い塊が、いくつか付く。
そして、その形が渦を巻く。
つまり、装飾である。
浅い形
寸法を見たい。
高さ4.4センチ、直径10.2センチ。
つまり、平たい。
一九四六年の寄贈、再び
九点すべてが、同じ年の同じ寄贈である。
つまり、一括して館へ入った。
そして、それが記録に残る。
何を、入れるか
浅い鉢は、菓子か果物を盛るのだろう。
もっとも、館の記録は用途を示さない。

透かしのある皿
八点目は、円い皿である。
中央に、渦を巻く模様。
そして、周囲に格子の透かし。
つまり、穴が開いている。
皿の縁
縁を見たい。
外へ向かって、わずかに反る。
そして、格子が並ぶ。
つまり、装飾の帯である。
透かしという技法
縁を見たい。
小さな穴が、規則的に並ぶ。
そして、格子状になる。
つまり、型で穴を作っている。
型で、穴を作る
硝子で穴を作るのは、難しい。
そして、型の設計が要る。
つまり、技術の見せどころである。
濃淡の分布
中央を見たい。
濃い部分が、渦を巻く。
そして、その周りが淡い。
つまり、模様が中心から広がる。
中央の模様
中央を見たい。
渦を巻く形が、放射状に広がる。
そして、その中に濃淡がある。
つまり、大理石模様が生きている。
最も大きい一点
寸法を見たい。
直径26.4センチである。
つまり、九点の中で最も大きい。
光が、透ける
硝子は、光を透す。
そして、透かしがあれば、そこから光が抜ける。
つまり、二重に光が働く。
皿の用途
大きな皿は、卓の中央に置く。
そして、菓子や果物を盛る。
もっとも、館の記録は示していない。

細長い器
九点目は、細長い。
縦5.1センチ、横15.2センチ、奥行き27.6センチ。
つまり、横に長い。
形の記録
寸法の欄には、三つの数字がある。
つまり、立体として測られている。
そして、それが形を示す。
三つの寸法
寸法の記録を見たい。
縦、横、奥行きの三つがある。
つまり、円ではないからである。
表記が、形を示す
円い器は、高さと直径で測る。
そして、細長い器は、三方向で測る。
つまり、表記が形を示す。
縁の波
縁を見たい。
細かい山形が、連なる。
そして、両端に取っ手らしき形がある。
縁の模様
縁を見たい。
細かい線が、刻まれる。
そして、山形が連なる。
つまり、型の彫りである。
両端の突起
両端を見たい。
平らな突起が、外へ伸びる。
つまり、持つための部分だろう。
底の形
底を見たい。
平らで、安定する。
そして、縁が立ち上がる。
つまり、こぼれにくい形である。
何を、載せるか
細長い器は、菓子や果物を載せる。
あるいは、卓の飾りかもしれない。
館の記録は、示していない。
九点の内訳
九点をまとめたい。
鉢が三点、蓋物が三点、花瓶が一点。
そして、皿が一点、彫刻が二点。
すべて、同じ技法
九点とも、型押しの大理石模様ガラスである。
つまり、材料と技法が揃っている。
すべて、同じ年代
制作年も、いずれも一八七〇年から九〇年。
つまり、二十年の幅に収まる。
すべて、同じ寄贈
来歴も、いずれも同じ人物の寄贈である。
そして、年は一九四六年。
収集の性格
一人が、同じ工場の同じ種類を集めた。
つまり、体系的な収集である。
まとまって、残る意味
一点だけでは、比較ができない。
九点あれば、形の幅が見える。
鉢、蓋物、花瓶、皿、そして長靴。
同じ材料で、何を作るか
同じ硝子で、これだけの形が作られる。
つまり、型さえあれば何でも作れる。
型の費用
型を作るには、費用がかかる。
そして、多く作れば元が取れる。
つまり、量産が前提である。
型という要
型押しの要は、型である。
そして、型を彫る職人がいる。
つまり、意匠は型で決まる。
色のない七点
画像についても、まとめたい。
九点のうち、七点が色のない記録写真である。
そして、二点は色のある写真である。
色が、要である硝子
この硝子は、色と模様が要点である。
つまり、白黒では価値が伝わりにくい。
二点で、補う
もっとも、色のある二点がある。
そして、いずれも白黒の対がある。
撮影の順番
館の収蔵品は、膨大である。
そして、撮影には人手と時間がかかる。
だから、順番がある。
比べることで、分かる
同じ品の白黒と色を並べる。
すると、何が失われるかが分かる。
そして、他の七点の色も想像できる。
九点をまとめて見ることに、意味がある。








