画家を知る

風景の画家が、人物を描く——カミーユ・コロー

読書する女
カミーユ・コロー《読書する女》1869年と1870年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦54.3センチ、横37.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・コロー《読書する女》メトロポリタン美術館蔵

女性が草地に座る。上体を前へかがめる。

膝の上に、開いた本を置く。両手で支える。

顔は下を向き、頁を見る。横顔が見える。

衣は淡い桃色で、裾が広がる。袖は青と白である。

頭には赤い布を巻く。房が肩に落ちる。

背景は緑の野で、奥に低い木立が横に並ぶ。

さらに奥には水面らしい明るい帯がある。

空は薄い灰色で、雲がほとんどない。

年の欄には、1869年と1870年、と二つの年が並ぶ。

本を読む場面は、この画家の人物画で繰り返される主題である。

読む姿は、動かない。長く座っていられる。模特児にとって楽な姿勢でもある。

同時に、内面を示す型でもある。何を読んでいるかは描かれない。

二つの年が並ぶ

この一点だけ、年の書き方が違う。

ほかの八点は、およそ、や幅で書かれる。この一点は、二つの年を、と、でつなぐ。

つまり、二年にわたって手が入ったということである。

一度仕上げ、翌年に描き直した。そう読める書き方である。

年の欄の書き分けについては、斜線と、または——カミーユ・コローの年の欄でも扱った。

シビュラ
カミーユ・コロー《シビュラ》1870年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦81.9センチ、横64.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・コロー《シビュラ》メトロポリタン美術館蔵

九点で最も大きい一点である。

女性が半身で描かれる。体を右へ向け、顔だけこちらへ回す。

頭には葉と花を編んだ輪が載る。緑と黄が混ざる。

白い上衣は肩が広く開く。袖がふくらむ。

肩から胸に、赤い布が斜めに掛かる。

右腕は下へ伸び、手が画面の下端に近い。

背景は暗い褐色と緑で、木立らしい形がある。

顔は明るく、頬に光が当たる。目は大きく、こちらを見る。

九点のなかで、視線がこちらへ向く数少ない一点である。

大きさの幅

九点の寸法を並べると、それほど大きくない。

最も大きい一点で、縦81.9センチ、横64.8センチである。

最も小さい一点は、縦41.3センチ、横28.6センチである。

いずれも、壁の一枚として扱いやすい大きさである。

展示会場を占める大画面ではない。手元に置く絵の寸法である。

題が、古い名になる

この一点の題は、古代の予言者を指す語である。

描かれているのは、同時代の女性である。衣装も現代のものに近い。

つまり、題があとから付けられた可能性が高い。人物の名ではなく、役の名である。

同じことは、もう一点にも当てはまる。詩や歴史を司る女神の名が題になっている。

こうした題は、絵に意味を足す。ただし、描かれた人が誰かは分からなくなる。

ムーサ——歴史
カミーユ・コロー《ムーサ——歴史》1865年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦46センチ、横35.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・コロー《ムーサ——歴史》メトロポリタン美術館蔵

女性が立つ。石の柵に寄りかかる。

右手を耳のあたりに上げる。髪に触れているように見える。

左手は下へ伸び、細長い巻物のようなものを持つ。

上衣は白に近く、前が開く。釦が縦に並ぶ。

裾は黄土色で、幅が広い。

頭には小さな飾りが載る。葉のような形である。

背景は灰緑色で、左に木立、右に石の柱がある。

空は白く、雲がない。

全体に色が薄い。九点のなかで、最も淡い画面である。

淡い色でまとめる

九点の色は、いずれも彩度が低い。

白、生成り、灰緑、褐色。そこに赤か黄が少しだけ入る。

強い色は、腰の布や頭の飾りに限られる。面積は小さい。

風景画で使われる銀灰色の調子が、人物にも及んでいる。

肌の色も、赤みを抑えて灰色に寄せられている。

誰を描いたのか

九点の題を見ると、人物の名が入るものは一つもない。

女、少女、イタリアの女、といった一般名で終わる。

一点だけ、括弧の中に呼び名らしい語が入る。ただし、その正体は記録に書かれていない。

肖像であれば、名は必ず書かれる。名がないということは、肖像ではないということである。

模特児を雇って描いた、役のある人物画である。だから名が残らない。

花冠を編む少女
カミーユ・コロー《花冠を編む少女》1860年から1865年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦41.9センチ、横29.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・コロー《花冠を編む少女》メトロポリタン美術館蔵

少女が草地に座る。膝を折り、体を右へ向ける。

衣は淡い桃色で、袖がない。肩が出る。

裾は白に近く、地面に広がる。

両手で、花を編んでいる。手元に緑と黄の小さな形がある。

頭には黄色い布が巻かれる。

顔は下を向き、手元を見る。横顔が細い。

背景は暗い緑の茂みで、左奥に人影らしい形がある。

足元には、白と黄の小さな花が点々と咲く。

花を編む手

いま見た一点では、少女が花を編んでいる。

手元の動作が主題になっている。顔は付随している。

こうした動作は、絵に時間を持ち込む。編み終われば冠になる。

同じ画面のなかで、始まりと終わりが想像される。

九点のうち、進行中の動作が描かれるのはこの一点だけである。

手元を見る顔

九点の人物の視線を数えてみる。

こちらを見るのは三点、下を向くのは四点、横を向くのは二点である。

下を向く人物は、たいてい手元に何かを持つ。本、花、楽器である。

視線が下がると、顔は影になる。表情が読みにくくなる。

そのぶん、画面は静かになる。物語ではなく、状態が描かれる。

もの珍しげな少女
カミーユ・コロー《もの珍しげな少女》1860年から1864年。厚紙に油彩、板に貼る。館の記録では、縦41.3センチ、横28.6センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。カミーユ・コロー《もの珍しげな少女》メトロポリタン美術館蔵

九点で唯一、子どもが描かれる一点である。

少女が立ち、背中をこちらへ向ける。

衣は濃い青で、丈が長い。頭にも同じ色の布が掛かる。

両腕を前へ上げ、何かに手をかける。壁か柵かは判別できない。

顔は右へ回され、横顔がわずかに見える。

背景は明るい野で、奥に木立が横に並ぶ。

空は白と青で、雲が薄い。

足元には草と石があり、白い花が咲く。

支持体は厚紙で、それを板に貼っている。九点のなかでこの一点だけである。