風景の画家が、人物を描く——カミーユ・コロー

女性が草地に座る。上体を前へかがめる。
膝の上に、開いた本を置く。両手で支える。
顔は下を向き、頁を見る。横顔が見える。
衣は淡い桃色で、裾が広がる。袖は青と白である。
頭には赤い布を巻く。房が肩に落ちる。
背景は緑の野で、奥に低い木立が横に並ぶ。
さらに奥には水面らしい明るい帯がある。
空は薄い灰色で、雲がほとんどない。
年の欄には、1869年と1870年、と二つの年が並ぶ。
本を読む場面は、この画家の人物画で繰り返される主題である。
読む姿は、動かない。長く座っていられる。模特児にとって楽な姿勢でもある。
同時に、内面を示す型でもある。何を読んでいるかは描かれない。
二つの年が並ぶ
この一点だけ、年の書き方が違う。
ほかの八点は、およそ、や幅で書かれる。この一点は、二つの年を、と、でつなぐ。
つまり、二年にわたって手が入ったということである。
一度仕上げ、翌年に描き直した。そう読める書き方である。
年の欄の書き分けについては、斜線と、または——カミーユ・コローの年の欄でも扱った。

九点で最も大きい一点である。
女性が半身で描かれる。体を右へ向け、顔だけこちらへ回す。
頭には葉と花を編んだ輪が載る。緑と黄が混ざる。
白い上衣は肩が広く開く。袖がふくらむ。
肩から胸に、赤い布が斜めに掛かる。
右腕は下へ伸び、手が画面の下端に近い。
背景は暗い褐色と緑で、木立らしい形がある。
顔は明るく、頬に光が当たる。目は大きく、こちらを見る。
九点のなかで、視線がこちらへ向く数少ない一点である。
大きさの幅
九点の寸法を並べると、それほど大きくない。
最も大きい一点で、縦81.9センチ、横64.8センチである。
最も小さい一点は、縦41.3センチ、横28.6センチである。
いずれも、壁の一枚として扱いやすい大きさである。
展示会場を占める大画面ではない。手元に置く絵の寸法である。
題が、古い名になる
この一点の題は、古代の予言者を指す語である。
描かれているのは、同時代の女性である。衣装も現代のものに近い。
つまり、題があとから付けられた可能性が高い。人物の名ではなく、役の名である。
同じことは、もう一点にも当てはまる。詩や歴史を司る女神の名が題になっている。
こうした題は、絵に意味を足す。ただし、描かれた人が誰かは分からなくなる。

女性が立つ。石の柵に寄りかかる。
右手を耳のあたりに上げる。髪に触れているように見える。
左手は下へ伸び、細長い巻物のようなものを持つ。
上衣は白に近く、前が開く。釦が縦に並ぶ。
裾は黄土色で、幅が広い。
頭には小さな飾りが載る。葉のような形である。
背景は灰緑色で、左に木立、右に石の柱がある。
空は白く、雲がない。
全体に色が薄い。九点のなかで、最も淡い画面である。
淡い色でまとめる
九点の色は、いずれも彩度が低い。
白、生成り、灰緑、褐色。そこに赤か黄が少しだけ入る。
強い色は、腰の布や頭の飾りに限られる。面積は小さい。
風景画で使われる銀灰色の調子が、人物にも及んでいる。
肌の色も、赤みを抑えて灰色に寄せられている。
誰を描いたのか
九点の題を見ると、人物の名が入るものは一つもない。
女、少女、イタリアの女、といった一般名で終わる。
一点だけ、括弧の中に呼び名らしい語が入る。ただし、その正体は記録に書かれていない。
肖像であれば、名は必ず書かれる。名がないということは、肖像ではないということである。
模特児を雇って描いた、役のある人物画である。だから名が残らない。

少女が草地に座る。膝を折り、体を右へ向ける。
衣は淡い桃色で、袖がない。肩が出る。
裾は白に近く、地面に広がる。
両手で、花を編んでいる。手元に緑と黄の小さな形がある。
頭には黄色い布が巻かれる。
顔は下を向き、手元を見る。横顔が細い。
背景は暗い緑の茂みで、左奥に人影らしい形がある。
足元には、白と黄の小さな花が点々と咲く。
花を編む手
いま見た一点では、少女が花を編んでいる。
手元の動作が主題になっている。顔は付随している。
こうした動作は、絵に時間を持ち込む。編み終われば冠になる。
同じ画面のなかで、始まりと終わりが想像される。
九点のうち、進行中の動作が描かれるのはこの一点だけである。
手元を見る顔
九点の人物の視線を数えてみる。
こちらを見るのは三点、下を向くのは四点、横を向くのは二点である。
下を向く人物は、たいてい手元に何かを持つ。本、花、楽器である。
視線が下がると、顔は影になる。表情が読みにくくなる。
そのぶん、画面は静かになる。物語ではなく、状態が描かれる。

九点で唯一、子どもが描かれる一点である。
少女が立ち、背中をこちらへ向ける。
衣は濃い青で、丈が長い。頭にも同じ色の布が掛かる。
両腕を前へ上げ、何かに手をかける。壁か柵かは判別できない。
顔は右へ回され、横顔がわずかに見える。
背景は明るい野で、奥に木立が横に並ぶ。
空は白と青で、雲が薄い。
足元には草と石があり、白い花が咲く。
支持体は厚紙で、それを板に貼っている。九点のなかでこの一点だけである。