名の残り方に、五つの段階——トマス・セア・カミングス
名のない五点。敬称と姓だけの二点。姓名のそろう一点。夫の姓名に本人の名を添えた一点。同じ画家の同じ二十年でも、題に残る名の量はここまで違う。掌に載る象牙の肖像を、題から読みたい。枠ごと撮られた画像も、六点ある。

題を、五つに分ける
美術館の記録では、題が名の役をする。
肖像の場合、その題は描かれた人の名になるはずである。
ところが、名が伝わっていなければ、題は書けない。
そのとき、館は種類の名で呼ぶ。
紳士の肖像、婦人の肖像。
名の残り方に、五つの段階がある
九点は、いずれも小さな肖像である。
象牙に水彩で描かれた、掌に載る大きさの絵である。
その題を並べると、名の残り方が五つに分かれる。
名がまったく残らないものが五点。
敬称と姓だけが残るものが二点。
姓名がそろって残るものが一点。
夫の姓名に、本人の名を括弧で添えたものが一点。
同じ画家が、同じ時期に描いた九点である。
それでも、名の残り方はここまで違う。

九点の内訳
先に、九点の中身を確かめておく。
九点とも、象牙に水彩である。
寸法は、縦5.6センチから10.5センチ。
年は1825年から1845年ごろまでの二十年に散る。
描かれた人は、男性が六点、女性が三点。
九点とも、同じ館に収まっている。
掌に載る絵
九点の寸法を並べると、最も小さいものが縦5.6センチ。
最も大きいものでも、縦10.5センチである。
いずれも、掌に載る。
壁に掛ける絵とは、見る距離が違う。
手に持ち、目に近づけて見る。
だから、細部まで描き込まれている。
象牙という下地
九点の技法は、いずれも象牙に水彩である。
象牙を薄く削り、その上に細い筆で描く。
象牙は白く、わずかに透ける。
薄く色を置けば、下から白が返ってくる。
肌の色を出すのに向いた下地である。
なお、象牙はいまでは国際的な取引が厳しく制限されている。
ここで扱うのは、十九世紀前半に作られた作品の記録である。
名のない五点
九点のうち五点は、題に名がない。
紳士の肖像が四点。婦人の肖像が一点。
つまり、誰を描いたか分からないということである。
小さな肖像は、家の中で持ち歩かれる。
首から下げ、机の抽斗に入れ、旅に持って出る。
代々受け継がれるうちに、誰かが分からなくなる。
題は、誰が付けるのか
器や版画では、題が後から付けられることが多い。
肖像では、事情が違う。
誰を描いたかが分かっていれば、それが題になる。
分からなければ、種類の名になる。
つまり、肖像の題は、伝わった情報をそのまま映している。
館が考えて付けるものではない。
なぜ、名が消えるのか
大きな肖像なら、壁に掛かり続ける。
家の由来を語るとき、その絵が持ち出される。
小さな肖像は、そうはいかない。
引き出しの奥にしまわれ、何十年も出てこない。
出てきたときには、知っている人がいなくなっている。
名を失った肖像の扱い
名が失われても、絵としては残る。
館は番号を付け、保管し、公開する。
いつか名が分かるかもしれないからである。
他の記録と照合すれば、判明することもある。
そのために、画像と寸法と年を残しておく。
売られると、なおさら
もう一つの事情がある。
小さな肖像は、売買されやすい。
美術品として市場に出れば、家の記憶とは切り離される。
売る側は、誰かを知らないまま売る。
買う側も、知らないまま買う。
館に入るころには、名は失われている。
誰のために描かれたか
小さな肖像は、公に見せるためのものではない。
家族や恋人が持つためのものである。
だから、そこに描かれた人が誰かは、持ち主が知っていればよい。
紙に名前を書いて添える必要もない。
その前提が、後になって効いてくる。
持ち主がいなくなると、誰も知らなくなる。
裏に書かれることもある
枠の裏に、名や日付を書き残す例はある。
髪を編んで納めることもあった。
そうした場合には、名が伝わる。
九点のうち四点で名が残るのは、そうした手掛かりがあったからかもしれない。
もっとも、記録にはその根拠が書かれていない。
四人の男性
名のない五点のうち、四点は男性である。
いずれも黒い上着に、白い襟。
首元に黒い布を巻いている。
1830年代から1840年代の、標準的な装いである。
顔立ちは違うが、衣装は似ている。
衣装から個人を特定することは、できない。

二十年の幅
九点の年は、1825年から1845年ごろまでに散る。
最も古い一点が1825年から1830年。
最も新しい一点が1843年ごろ。
そのあいだに、七点が並ぶ。
年の書き方は、二通りある。
範囲で書くものが三点、ころ、を付けるものが六点。
ころ、という語
ころ、が付くのは、館の推定だという印である。
九点のうち六点が、その状態にある。
衣装や髪型から、時期を絞ったのだろう。
範囲で書く三点は、別の根拠があったのかもしれない。
いずれにせよ、記録には根拠が書かれていない。
空を背にする
いま見た一点の背景には、青い空と白い雲がある。
室内ではなく、外にいるように描かれている。
小さな肖像では、背景を暈すことが多い。
そこに空を入れると、画面が明るくなる。
金の枠に収められ、上に吊るすための環が付く。
枠ごと撮る
九点の画像を見ると、多くは枠ごと撮られている。
金の枠、飾りの付いた環、裏板。
記録の寸法は、象牙の部分だけである。
つまり、画像に写っている範囲と、記録の数字が一致しない。
九点のうち、枠が写るものは六点ある。
環という部品
いくつかの枠には、上に環が付いている。
鎖を通して首から下げるためである。
環の形は、枠ごとに違う。
単純な輪のもの、葉の飾りを付けたもの、渦を巻いたもの。
象牙の絵とは別に、金工の仕事がそこにある。