写しは、創造である——永樂保全
籠目の黄——山椒魚が取り付く

高さ36.2センチ。先の煎茶壺の、二倍以上の背丈がある。九点の中で最も大きい。
花を生けるための瓶である。
胴の面には、籠目が彫り出されている。竹籠の編み目を、土の上に刻んだ文様である。
編み目の一つひとつが、規則正しく交差する。彫りの手間を思うと、気が遠くなる。
大きな器ほど、彫りと釉の失敗は許されない。
この背丈は、窯の技への自信の表れと考えられる。
その上に、黄の釉が掛かる。ここにも、交趾ゆずりの黄がある。
黄の面のところどころに、褐色が差す。
所蔵館の記録は、黄と褐色の釉、彫りと金の文様を挙げている。
肩には把手が付く。よく見ると、生き物の形をしている。
山椒魚である。ぬめりのある体が、器の肩に張り付くようにかたどられている。
竜でも獅子でもなく、山椒魚を選ぶ。この機知は、文人好みといえるだろう。
所蔵館の記録は、この花瓶の意匠も交趾様式としている。
竹籠を写した彫り。南方渡りの色釉。水辺の生き物の把手。
一つの花瓶の中で、いくつもの引き出しが同時に開いている。
写しは、原本を一対一でなぞるだけの仕事ではない。
様式を消化した上で、要素を組み合わせて新しい器を作る。
この花瓶は、写しが創作へ滑らかにつながっていく様子を見せてくれる。
記録が「写し」と明記する碗
写しという仕事の性格を、はっきり示す一点がある。

高さ3.5センチ、口径9.8センチ。ごく小さな、白磁の碗である。
画像は白黒の記録写真だが、白磁なので、失われている色は少ない。
犠牲碗とは、祭祀に供物を捧げるための器の呼び名である。
所蔵館の記録は、この碗を中国・宋の定窯の碗の再現と明記している。
定窯は、宋代を代表する白磁の窯である。名窯の一つに数えられると伝えられる。
温かみのある白と、薄く端正な作りで知られる。
白磁の写しでは、色に頼れない。土の白さ、釉の艶、器の薄さで勝負が決まる。
薄い器を歪みなく焼き上げるのは、白磁の難所である。
つまりこの碗は、数百年前の中国の名窯に挑んだ写しである。
しかも祭器という、格式の高い器形を選んでいる。
祭器の形は、中国では古い青銅器の時代にさかのぼる。
器の形を知っていること自体が、古典の教養だった。
記録はさらに、この碗を偕楽園焼としている。
偕楽園焼は、紀州徳川家の御庭焼として知られる窯と伝えられる。
保全が紀州で「永樂」の金印を拝領した話と、ここでつながる。
大名の庭の窯で、宋の白磁を再現する。
写しであることは、隠されるどころか、記録として残された。
赤と金——言葉で読む色

酒を注ぐ銚子である。高さ13.3センチ。
画像は白黒の記録写真である。器の面は、灰色の濃淡でしか見えない。
しかし、所蔵館の記録が色を書き残している。透明釉の上に、赤と金。
この様式は「金襴手(きんらんで)」と呼ばれる。
赤の地に、金で文様を置く。金襴の織物のような華やかさから、この名があると伝えられる。
もとは、明の時代の中国磁器に始まる様式である。
日本の茶人や好事家は、渡来の金襴手を長く愛好してきた。
保全は、この華やかな様式も自家のものにしていた。
文様は鳳凰と吉祥文。冒頭の煎茶壺と同じく、めでたい意匠である。
横に張り出した注ぎ口を備え、祝いの席の酒器にふさわしい作りである。
白黒写真の、濃い地の部分が赤。文様の明るい線が金。
記録の言葉を頼りに置き換えていくと、灰色の器に色が差してくる。
金襴手は、白黒写真でも文様の輝きが明暗の差として残る。
言葉で色を補うには、向いている様式といえる。
月と秋草——和の引き出し
写しの手本は、中国の品ばかりではない。

高さ7センチ、口径12.4センチ。抹茶の茶碗である。
地には、細かいひびの入った釉が掛かる。
釉に走るこのひびは、貫入と呼ばれる。焼き上がりの冷める時にできる。
欠点ではなく、景色として味わわれてきたものである。
そこに、丸い月と、穂を伸ばす秋草が描かれている。
所蔵館の記録は、ひび釉の上の上絵と金を挙げている。
秋草は、すすきや萩を思わせる細い線で描かれる。
月は、輪郭だけの丸である。余白が、そのまま夜空になる。
茶碗は、手に取って回しながら使う道具である。
月と秋草の景色も、回すたびに移り変わっただろう。
丸い月に秋草。この取り合わせは、京焼の和風意匠の定番である。
琳派の系譜に連なる意匠と考えられる。
尾形乾山——筆と窯の回も参照してほしい。
保全の守備範囲は、乾山ゆずりの和風意匠にも及んでいた。
交趾の黄、宋の白磁、明の金襴手、そして乾山風の秋草。
幅こそが、技の証明
ここまでの五点で、すでに様式は四つに分かれた。
一つの様式を再現するだけでも、土と釉薬の研究が要る。
交趾の黄には交趾の土と火加減があり、白磁には白磁のそれがある。
様式ごとに、材料も温度も仕上げも違う。
その全部を、一つの工房が引き受けた。
注文主も、また多様である。茶人、大名、文人。
それぞれの好みに、それぞれの様式で応える。
注文に応じて、どの引き出しでも開けてみせる。
写しの技術力とは、この幅のことである。
同じ工房の品と言われなければ、別々の窯の九点と見誤りそうである。
一点の奇抜さではなく、様式の幅の広さと再現の確かさ。
それが、道具を納める家に求められた力だった。
そしてこの幅は、器の種類においても発揮される。次のページで見ていこう。