画家を知る

写しは、創造である——永樂保全

籠目の黄——山椒魚が取り付く

黄釉籠目文の花瓶——山椒魚の把手
永樂保全《黄釉籠目文の花瓶——山椒魚の把手》19世紀前半。炻器、黄と褐色の釉。高さ36.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。永樂保全《黄釉籠目文の花瓶——山椒魚の把手》メトロポリタン美術館蔵

高さ36.2センチ。先の煎茶壺の、二倍以上の背丈がある。九点の中で最も大きい。

花を生けるための瓶である。

胴の面には、籠目が彫り出されている。竹籠の編み目を、土の上に刻んだ文様である。

編み目の一つひとつが、規則正しく交差する。彫りの手間を思うと、気が遠くなる。

大きな器ほど、彫りと釉の失敗は許されない。

この背丈は、窯の技への自信の表れと考えられる。

その上に、黄の釉が掛かる。ここにも、交趾ゆずりの黄がある。

黄の面のところどころに、褐色が差す。

所蔵館の記録は、黄と褐色の釉、彫りと金の文様を挙げている。

肩には把手が付く。よく見ると、生き物の形をしている。

山椒魚である。ぬめりのある体が、器の肩に張り付くようにかたどられている。

竜でも獅子でもなく、山椒魚を選ぶ。この機知は、文人好みといえるだろう。

所蔵館の記録は、この花瓶の意匠も交趾様式としている。

竹籠を写した彫り。南方渡りの色釉。水辺の生き物の把手。

一つの花瓶の中で、いくつもの引き出しが同時に開いている。

写しは、原本を一対一でなぞるだけの仕事ではない。

様式を消化した上で、要素を組み合わせて新しい器を作る。

この花瓶は、写しが創作へ滑らかにつながっていく様子を見せてくれる。

記録が「写し」と明記する碗

写しという仕事の性格を、はっきり示す一点がある。

犠牲碗——中国古器の写し
永樂保全《犠牲碗——中国古器の写し》1830年ごろ。白磁。高さ3.5センチ、口径9.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。永樂保全《犠牲碗——中国古器の写し》メトロポリタン美術館蔵

高さ3.5センチ、口径9.8センチ。ごく小さな、白磁の碗である。

画像は白黒の記録写真だが、白磁なので、失われている色は少ない。

犠牲碗とは、祭祀に供物を捧げるための器の呼び名である。

所蔵館の記録は、この碗を中国・宋の定窯の碗の再現と明記している。

定窯は、宋代を代表する白磁の窯である。名窯の一つに数えられると伝えられる。

温かみのある白と、薄く端正な作りで知られる。

白磁の写しでは、色に頼れない。土の白さ、釉の艶、器の薄さで勝負が決まる。

薄い器を歪みなく焼き上げるのは、白磁の難所である。

つまりこの碗は、数百年前の中国の名窯に挑んだ写しである。

しかも祭器という、格式の高い器形を選んでいる。

祭器の形は、中国では古い青銅器の時代にさかのぼる。

器の形を知っていること自体が、古典の教養だった。

記録はさらに、この碗を偕楽園焼としている。

偕楽園焼は、紀州徳川家の御庭焼として知られる窯と伝えられる。

保全が紀州で「永樂」の金印を拝領した話と、ここでつながる。

大名の庭の窯で、宋の白磁を再現する。

写しであることは、隠されるどころか、記録として残された。

赤と金——言葉で読む色

金襴手の銚子——鳳凰吉祥文
永樂保全《金襴手の銚子——鳳凰吉祥文》19世紀前半。磁器に赤と金の上絵。高さ13.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。永樂保全《金襴手の銚子——鳳凰吉祥文》メトロポリタン美術館蔵

酒を注ぐ銚子である。高さ13.3センチ。

画像は白黒の記録写真である。器の面は、灰色の濃淡でしか見えない。

しかし、所蔵館の記録が色を書き残している。透明釉の上に、赤と金。

この様式は「金襴手(きんらんで)」と呼ばれる。

赤の地に、金で文様を置く。金襴の織物のような華やかさから、この名があると伝えられる。

もとは、明の時代の中国磁器に始まる様式である。

日本の茶人や好事家は、渡来の金襴手を長く愛好してきた。

保全は、この華やかな様式も自家のものにしていた。

文様は鳳凰と吉祥文。冒頭の煎茶壺と同じく、めでたい意匠である。

横に張り出した注ぎ口を備え、祝いの席の酒器にふさわしい作りである。

白黒写真の、濃い地の部分が赤。文様の明るい線が金。

記録の言葉を頼りに置き換えていくと、灰色の器に色が差してくる。

金襴手は、白黒写真でも文様の輝きが明暗の差として残る。

言葉で色を補うには、向いている様式といえる。

月と秋草——和の引き出し

写しの手本は、中国の品ばかりではない。

月に秋草の茶碗
永樂保全《月に秋草の茶碗》1825年ごろ。陶器、ひび釉に絵付。高さ7センチ、口径12.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。永樂保全《月に秋草の茶碗》メトロポリタン美術館蔵

高さ7センチ、口径12.4センチ。抹茶の茶碗である。

地には、細かいひびの入った釉が掛かる。

釉に走るこのひびは、貫入と呼ばれる。焼き上がりの冷める時にできる。

欠点ではなく、景色として味わわれてきたものである。

そこに、丸い月と、穂を伸ばす秋草が描かれている。

所蔵館の記録は、ひび釉の上の上絵と金を挙げている。

秋草は、すすきや萩を思わせる細い線で描かれる。

月は、輪郭だけの丸である。余白が、そのまま夜空になる。

茶碗は、手に取って回しながら使う道具である。

月と秋草の景色も、回すたびに移り変わっただろう。

丸い月に秋草。この取り合わせは、京焼の和風意匠の定番である。

琳派の系譜に連なる意匠と考えられる。

尾形乾山——筆と窯の回も参照してほしい。

保全の守備範囲は、乾山ゆずりの和風意匠にも及んでいた。

交趾の黄、宋の白磁、明の金襴手、そして乾山風の秋草。

幅こそが、技の証明

ここまでの五点で、すでに様式は四つに分かれた。

一つの様式を再現するだけでも、土と釉薬の研究が要る。

交趾の黄には交趾の土と火加減があり、白磁には白磁のそれがある。

様式ごとに、材料も温度も仕上げも違う。

その全部を、一つの工房が引き受けた。

注文主も、また多様である。茶人、大名、文人。

それぞれの好みに、それぞれの様式で応える。

注文に応じて、どの引き出しでも開けてみせる。

写しの技術力とは、この幅のことである。

同じ工房の品と言われなければ、別々の窯の九点と見誤りそうである。

一点の奇抜さではなく、様式の幅の広さと再現の確かさ。

それが、道具を納める家に求められた力だった。

そしてこの幅は、器の種類においても発揮される。次のページで見ていこう。