作品を知る

七宝は、褪せない——ル・バスティエ・清風与平・カトリンほか九点

硝子の粉を火で溶かして作る色は、光にも空気にも強い。七宝の九点を数えると、瑪瑙に似せた嗅ぎ煙草入れ、褪せない写真、絵の仕上がりのたとえ、草原の花を指す動詞まで幅があった。石を真似る技法であり、絵に真似られる面でもある。火で固めた色の記録である。

嗅ぎ煙草入れ
シャルル・ル・バスティエ《嗅ぎ煙草入れ》クリーヴランド美術館蔵

手のひらに乗る箱が、石に似せてある

きわめて小さい箱である。

全体は2×3.4センチしかない。

平たい楕円で、厚みが薄い。

蓋は身と同じ大きさで、平らである。

蓋と身の境に、細い金の線が回る。

側面は、縦の帯に分かれている。

帯は交互に色が変わる。

白い帯と、赤褐色の帯である。

白い帯の中には、細かい模様がある。

模様は黒く、枝分かれしている。

木の枝のようにも、水草のようにも見える。

赤褐色の帯の中には、白い点が並ぶ。

点は等間隔で、粒がそろう。

蓋の上面にも、同じ黒い模様がある。

縁には、点の帯が二重に回る。

金の部分は、線としてしか見えない。

面のほとんどが、七宝で覆われている。

面はどこも平らで、段差がない。

色と色の境も、盛り上がっていない。

削って平らにしたためである。

嗅ぎ煙草入れ
シャルル・ル・バスティエ《嗅ぎ煙草入れ》1777年から78年。館の記録では、金と七宝。全体は2×3.4センチ。番号は1957.406。クリーヴランド美術館蔵。シャルル・ル・バスティエ《嗅ぎ煙草入れ》クリーヴランド美術館蔵

館の記録では、この箱の黒と白の意匠は、めずらしい種類の瑪瑙を真似ている。

黒い筋が、木の枝や水草のように走る石である。

瑪瑙に似せた七宝は、千七百七十年代の後半に流行した。

この時代のこの国の、自然の珍奇な品や鉱物や植物への関心を映しているという。

そして館は、こう付け加えている。

この作り手自身が、この意匠で少なくとも七つの箱を作った。

館の記録は、そう説明している。

つまり七宝は、石の真似として始まっている。

石であれば、模様は選べない。

七宝であれば、模様を描ける。

描いたうえで、選べなかったように見せている。

館の記録は、その流行が数年で終わったことも示している。

年の幅は、五年ほどしかない。

七宝は、九つの場所に現れる

この一箱を出発点に、七宝にまつわる九点を数えていく。

七宝とは、硝子の粉を金属や陶の面に載せ、火にかけて溶かしたものである。

溶けた硝子は、冷えると硬い層になる。

色は、混ぜる金属で決まる。

そして色が褪せない。

火で作られた色だからである。

先に言ってしまうと、九点のうち、金属の上の七宝は三点である。

三点では、七宝は焼き物の上の色である。

一点では、七宝は写真の支持体である。

一点では、七宝は絵の見た目のたとえである。

そして一点では、七宝は題の中の動詞である。

つまり九点のうち三点で、七宝は物として存在しない。

比喩か、言葉としてあるだけである。

銅を彫って、硝子を詰める

二点目は、細長い板である。

聖トマス・ベケットの聖遺物箱の飾り板
アルパイス親方《聖トマス・ベケットの聖遺物箱の飾り板》1220年から25年。館の記録では、金めっきし彫りを入れた銅、シャンルヴェ七宝。全体は16.9×28.5×0.5センチ。番号は1951.449。クリーヴランド美術館蔵。アルパイス親方《聖トマス・ベケットの聖遺物箱の飾り板》クリーヴランド美術館蔵

横長の板である。

全体は16.9×28.5×0.5センチしかない。

厚みは5ミリしかない。

地は深い青である。

青の上に、小さな丸い花が散る。

花の中心は白く、まわりが緑と赤である。

板は、左右二つの場面に分かれる。

左の場面には、十字架がある。

十字架に、人物が掛かる。

その左右に、人物が一人ずつ立つ。

右の場面には、祭壇がある。

祭壇の前に、人物が座る。

その背後から、兵士が剣を振り上げる。

兵士は二人いる。

剣は、座る人物の頭へ向かう。

人物の顔と手は、金色である。

衣は、青と緑と白の七宝である。

板の下には、細い脚が二つ付く。

脚は金色で、板より明るい。

下端は、外へ少し開く。

館の記録では、ある大司教が大聖堂で殺された。

その信仰がすぐに広まったことは、多くの七宝の聖遺物容器が作られたことに表れている。

この飾り板は、殉教の場面と磔刑の場面を並べている。

かつては、そうした容器の正面をなしていたという。

館の記録は、そう説明している。

シャンルヴェとは、地金を彫りくぼめる技法である。

くぼみに硝子の粉を詰めて焼く。

だから硝子と金属が、同じ高さに並ぶ。

金色の人物は、彫り残した銅である。

そこに金めっきがかかっている。

顔の部分だけ、面が盛り上がる。

打ち出して立体にしてあるためである。

つまり一枚の板の中で、平らな部分と立体の部分が混じる。

硝子の部分は平らで、金属の部分だけが起きている。

細い線で、区画を作る

三点目は、鍔である。

鍔
平田派《鍔》江戸時代。館の記録では、赤銅、金、七宝、銅。高さ7.3センチ、幅7.5センチ、厚さ0.6センチ。重さ153.1グラム。番号は43.120.692。メトロポリタン美術館蔵。》メトロポリタン美術館蔵

丸みのある四角い板である。

高さ7.3センチ、幅7.5センチ、厚さ0.6センチしかない。

重さは153.1グラムある。

中央に、細長い穴が開く。

その左右にも、渦を巻いた穴がある。

穴は大きく、板の面積を減らす。

地の色は、黒に近い青である。

その上に、細い金の線が走る。

線は蔓の形をしている。

蔓の先には、小さな葉が付く。

葉は緑と白の七宝である。

蔓には、丸い実も付く。

実は緑と黄と白である。

瓢箪らしい。

七宝の粒は、どれも小さい。

葉の一枚が、爪の先ほどしかない。

色の境には、細い金の仕切りがある。

仕切りがなければ、溶けた硝子は混ざってしまう。

いちばん大きなものでも、数ミリしかない。

館の札には「葉」と「瓢箪」がある。

館の記録では、材料は四つである。

赤銅、金、七宝、銅。

赤銅は、銅に金を少し混ぜた合金である。

薬品で処理すると、黒に近い青になる。

その黒が、七宝の緑と白を引き立てる。

地が明るければ、粒は目立たない。

地を暗くすることが、色を見せる条件になっている。

その上に、金の線と七宝の粒が置かれる。

刀装具の合金の名については、鍔の合金の名前で扱った。

釉の上に、色を焼き付ける

四点目からは、七宝が焼き物に移る。