美術史・技法

技法の欄に、合金の配合が書かれる——刀の鐔九点

銅と金の合金。銅と銀の合金。鐔の技法の欄には、材料の名ではなく配合が入る。赤銅と四分一である。九点のうち八点には重さの欄もある。金工の記録が絵画とどう違うのかを読みたい。大小、二枚で一組の件もある。銘の位置は、面の中にある。

鐔
後藤一乗《》メトロポリタン美術館蔵

技法の欄に、金属の配合が書かれている

刀の鐔(つば)を九点、記録の欄で並べてみる。

技法の欄に並ぶのは、こういう語である。

銅と金の合金。銅と銀の合金。真鍮。鉄。

ふつう、技法の欄には材料の名が入る。

板。カンヴァス。油彩。木。紙。

ところが鐔の欄には、配合が書かれている。

何と何を、どう混ぜたか。

そして多くの場合、括弧が続く。

括弧の中には、その合金の呼び名が入る。

赤銅。四分一。

材料の名ではなく、金属の名前そのものが記録されている。

赤銅と四分一

九点のうち七点に、赤銅が使われている。

銅に金を少し混ぜた合金である。

館の記録は、まず成分を書き、括弧に呼び名を入れる。

順序が逆でないところに、この記録の性格が出る。

読む人がどの言語を使っていても、成分なら分かる。

呼び名は、その土地の職人の言葉である。

四分一も同じ形で書かれる。

銅と銀の合金、括弧して四分一。

名は、銀をおよそ四分の一混ぜることに由来するとされる。

配合を数で言い表した呼び名である。

鐔
後藤一乗《鐔》19世紀。館の記録では、赤銅(銅と金の合金)、銀、金、銅。縦6.8センチ、横6.4センチ、厚さ0.5センチ、重さ113.4グラム。番号は43.120.728。メトロポリタン美術館蔵。後藤一乗《》メトロポリタン美術館蔵

赤銅の地が、青みを帯びた黒に沈む。

表面はよく磨かれ、光が鈍く走る。

右手に、銀色の鳥が一羽立つ。

首を下げ、水辺のものをついばむ姿である。

足もとに、金の細い草が数本のびる。

左には、三日月の形をした穴が抜かれる。

中央には、刀身を通すための縦長の穴がある。

その右の縁近くに、細い銘が刻まれる。

黒い地に銀と金だけを置く。

色の数を絞ることで、鳥の白さが際立つ。

作者の欄に、二人の名がある

九点のうち二点は、作者の欄に二人の名が並ぶ。

そのうち一点は、役割の欄も二つに分かれている。

一方が装具を作る人、もう一方が意匠を担う人である。

彫った人と、図を描いた人が別だということだ。

小さな金属板の上でも、仕事は分かれている。

もう一点は、二人とも装具を作る人と記される。

同じ役割の人が二人、一点に関わったことになる。

どちらがどこを担当したかは、記録に書かれない。

書かれないから、こちらで決めつけることはできない。

鐔
加納夏雄・紫原壽良《鐔》19世紀なかば。館の記録では、四分一(銅と銀の合金)、赤銅、金、銀、銅。縦7センチ、横6センチ、厚さ0.5センチ、重さ121.9グラム。番号は36.120.101。メトロポリタン美術館蔵。加納夏雄《》メトロポリタン美術館蔵

角の丸い方形に近い輪郭である。

地は青黒く、平らに磨かれる。

右上に、鳥が一羽、金と銀で嵌め込まれる。

嘴を下に向け、翼をたたむ。

その上から細い枝がのび、小さな花が付く。

花は金と銀で作り分けられる。

左下には、水草らしい細い線が二本走る。

地の大部分は、何も置かれずに空いている。

空けたことで、右上の鳥に目が行く。

左寄りの縁に、細い銘が刻まれる。

番号が、現物に書かれている

九点のうち一点だけ、写真に赤い数字が写り込んでいる。

現物の表面に、番号が直接書かれているのである。

19.71.6。

これは、館が付けた受入番号そのものだ。

美術館の番号は、年、その年の何番目の群、群の中の何点目という形で付けられることが多い。

この番号もその形に見える。

紙や布であれば、こういう書き込みはしない。

金属だから、消せる塗料で書ける。

館は、なぜ書くのかを記録に残していない。

取り違えを防ぐためだろうと想像はできる。

しかし想像であって、記録ではない。

花籠透鐔
鈴木勝容・萩谷勝平《花籠透鐔》1860年。館の記録では、鉄、四分一(銅と銀の合金)、金、銀、銅。縦7.3センチ、横6.7センチ、厚さ0.6センチ、重さ85グラム。番号は19.71.6。メトロポリタン美術館蔵。萩谷勝平《花籠透鐔》メトロポリタン美術館蔵

九点でただ一つ、全面が透かし彫りである。

籠に花を盛った図が、地を抜いて作られる。

籠の編み目が、細い線で刻まれる。

その上に、菊や蘭らしい花が幾種類も重なる。

花の一部には金が置かれ、点のように光る。

外周には、四角い金の粒が等間隔で並ぶ。

角ばった帯が、円い図を四角く囲んでいる。

中央下に、赤い数字が三つの組で書かれる。

これが、いま見た受入番号である。

作品の一部ではなく、館の書き込みである。

出所の行が、六通りある

九点は、六つの別々の経路で一つの館に入った。

いちばん早いのが1891年の遺贈である。

つぎが1919年、記念の基金による購入。

1936年と1943年に、それぞれ別の人の寄贈が続く。

2006年には、別の寄贈品と交換する形で購入されている。

いちばん新しいのが2018年の寄贈。

最初と最後で、127年の開きがある。

一つの棚に並ぶ九点が、百年以上かけて集まった。

寄贈が七点、購入が二点。

刀装具は、まとまった数で人の手に渡ることが多い。

一人の収集家が数百点を持ち、それがそのまま館に入る。

九点のうち五点が、二人の寄贈者から来ている。

群で入るから、番号も連番になりやすい。

前に見た大小の二点が43で始まるのは、そのためである。

技法の欄が、一語で終わる一点

九点のうち一点は、技法の欄に語が一つしかない。

鉄。それだけである。

合金の名も、金や銀の名も出てこない。

十六世紀、萩の一派の作と記録される。

九点でいちばん古く、いちばん軽い。

重さ56.7グラム。

もっとも重い一点の三分の一以下である。

象嵌を重ねれば、そのぶん重くなる。

軽さは、そこに何も足していないことの結果である。

鐔
萩派《鐔》16世紀。館の記録では、鉄。直径7.9センチ、厚さ0.3センチ、重さ56.7グラム。番号は36.120.162。メトロポリタン美術館蔵。萩派《》メトロポリタン美術館蔵

正円に近い輪郭である。

地の大部分が抜かれ、細い骨組みだけが残る。

上に菊の花が二輪、下にも一輪。

左右には、葉の形をした面が広がる。

いずれも輪郭を線として残し、内側を抜いている。

金属の色は一様な鉄の茶色である。

錆と磨きの差で、面ごとに濃淡が出る。

中央の穴の上下に、小さな銅の詰め物が見える。

刀身に合わせて穴を調整した跡である。

作った時ではなく、使う時に足されたものだ。