作品を知る

夕方は、行動に写る——モネ・陶泓・ムンクほか九点

夕食を選ぶ
アレクサンドル・ルイ・ルロワール《夕食を選ぶ》1872年。館の記録では、布に油彩。31.1×46.7センチ。番号は87.15.90。メトロポリタン美術館蔵。アレクサンドル・ルイ・ルロワール《夕食を選ぶ》メトロポリタン美術館蔵

納屋のような土間に、男が立っている。

足元には、鳥や兎の獲物が並べられている。

かたわらには赤い布が置かれ、樽と砥石が見える。

題は《夕食を選ぶ》である。

並んだ獲物のどれを夕食にするか、という場面だと考えられる。

幅47センチの小さな絵で、食卓ではなく、その手前の時間を描いている。

この絵は1887年に、収集家カサリン・ロリラード・ウルフの遺贈でメトロポリタン美術館に入った。

来歴の欄に残る、十九世紀の女性収集家の名である。

この作品の記録も短い。

館の分類の札に、鳥・男・兎、とだけある。

《夕食を選ぶ》という含みのある題と、鳥・男・兎という即物的な札。

同じ絵の記録の中で、言葉の温度がこれだけ違う。

題は場面を語り、札は写っている物を数える。

どちらも正しく、どちらも絵の全部ではない。

夕食という語は、時刻を告げる語でもある。

朝食・昼食・夕食。

食事の名は、時計より古い時刻の呼び方である。

何時に食べるかではなく、食べるから夕方なのである。

そして、日が落ちれば灯りがともる。

夕べ
アルベール・シャルル・ルブール《夕べ》1879年ごろ。館の記録では、紙にコンテと木炭、白のグワッシュ。31.8×48.5センチ。番号は2021.101。クリーヴランド美術館蔵。アルベール・シャルル・ルブール《夕べ》クリーヴランド美術館蔵

画面のほとんどが、闇である。

真ん中に油ランプの火が一つ。

そのまわりに、三人の女の手元だけが浮かんでいる。

顔は、ほとんど闇に沈んで見分けられない。

それでも三人だと分かるのは、白い手元が三か所にあるからである。

光の輪の外は塗り込められているのに、部屋の広さはなぜか感じ取れる。

館の記録では、描かれているのは作者の母と妹と妻だという。

三人はテーブルを囲み、寄り添いながら、それぞれの縫い物に沈んでいる。

母と妹と妻だから、三つの世代が一つの灯りを分け合っていることになる。

木炭の使い方が変わっている。

紙をまず黒い粉で覆い、明るいところだけを残して描いたと記録は説明する。

闇から先に描き、光をあとから彫り出すやり方である。

夕方の部屋では、闇のほうが先にあって、灯りがあとから来る。

描く順序が、部屋の時間の順序と同じになっている。

夕べの部屋の見え方に、手順まで合わせてある。

記録には、逸話も残る。

1879年の印象派展でこの素描を見たらしい若きスーラが、間もなく同じ主題を木炭で描いたという。

紙の右下には黒インクの署名があり、右上には紙漉き場の透かしが入っている。

来歴の最初には、批評家ロジェ・マルクスの名が載る。

灯り一つの夕べが、批評家の手を経て、次の世代の手本になった。

人がいなくなると、色しか残らない

帰る人がいれば、空になる場所がある。

黄色い夕べ
ジョルジュ・ゴダン《黄色い夕べ》1904年ごろ。館の記録では、多色のアクアチント。紙は24×32.6センチ。版の跡は21.3×28.1センチ。番号は2003.51。クリーヴランド美術館蔵。ジョルジュ・ゴダン《黄色い夕べ》クリーヴランド美術館蔵

画面の下半分は、濃い緑の地面である。

木立が右手にひとかたまり、黒い影になって立つ。

地面には細い道が一本、奥へ消えていく。

人は、一人もいない。

家も、灯りも、煙も見えない。

上半分は、黄色い空である。

紫がかった雲が、横に三段、刷毛で引いたように伸びている。

緑と黄が、地平線の一本の線で分かれている。

館の記録では、フランスのゴダンが19世紀の終わりに作った、光にあふれる色刷りの一つである。

抽象すれすれまで行く小さな連作だという。

どこか特定の土地を写したのではなく、気分を思わせる風景だと記録は読む。

平らに置かれた深い緑と鮮やかな黄には、日本の色摺木版の影響があるとある。

主題も技法も、まさに世紀末の風景だというのが記録の評である。

浮世絵が西洋の絵に何を渡したかを数えた回の、その先で刷られた一枚ということになる。

紙の下の余白には、鉛筆の書き込みがある。

画家自身が刷った旨と、題と、名が読めると記録は書く。

ここまでの絵は、夕方を人の行いで示してきた。

帰る、支度する、灯す、選ぶ。

ところがこの一枚には、行う人がいない。

人がいなくなると、夕方を名乗れるものは色しか残らない。

黄色い空と、黒く沈んだ地面。

その差だけが、時刻を言っている。

題も《黄色い夕べ》で、色の名がそのまま時刻の名になっている。

行いで示す絵は題に動詞を持ち、色で示す絵は題に色の名を持つ。

九点の題を見比べると、この違いは案外はっきりしている。

せめてもの人の跡は、あの細い道である。

誰かが歩いて、もう帰ったあとだと考えることはできる。

だが、それは画面が言っていることではない。

言えるのは、道があって、人がいない、というところまでである。

心の夕方と、石の夕方

夕方は、心の状態の名にもなる。

夕べ、メランコリー(第一)
エドヴァルド・ムンク《夕べ、メランコリー(第一)》1896年。館の記録では、手彩色の木版。画面は37.7×45センチ。番号は1959.82。クリーヴランド美術館蔵。エドヴァルド・ムンク《夕べ、メランコリー(第一)》クリーヴランド美術館蔵

藍色の海辺に、頬づえをついた男がうずくまっている。

目は伏せられ、波打ち際の線がうねりながら奥へ続く。

館の記録では、描かれているのは失恋に苦しむムンクの友人、美術批評家のヤッペ・ニルセンだという。

オスロの南の、アスゴールストランという漁村の岸辺である。

友人の実名が記録に残っているのは、版画ではめずらしい。

夕べの憂鬱に、持ち主がいるのである。

批評家という職業も、どこかで効いているのかもしれない。

これは推測である。

木目の粗い板をあえて選び、板の筋を画面の肌合いに使ったとある。

彫りも、わざと粗い。

黒で刷ったあと、水彩とグワッシュで一枚ずつ違う色を差した。

つまり、同じ版から刷られても、この色合いはこの一枚にしかない。

夕方の色を、刷りのたびに選び直したことになる。

単純化された形と平らな空間と暗い色が、男の沈み込みに対応すると記録は読む。

空と海の境には、白い雲が横に流れている。

風景の全部が、うつむいた頭のまわりに巻きついているように見える。

題の《夕べ》は、時刻であると同時に、この男の心の名である。

夕べという語が心の状態を指せることを、この版画は前提にしている。

付記によれば、この刷りは版木が二つに切られる前の、二枚しか知られていない初期の刷りの一枚だという。

夕方を、彫刻にした例もある。