作品を知る

夕方は、行動に写る——モネ・陶泓・ムンクほか九点

夕食後の食卓に器が三つ残り、農夫が家路につき、灯りの下で縫い物が続く。朝が題の行にしか宿らないのに対し、夕方は人の行動そのものに写る。帰る・居残る・選ぶ・縫う・片づける。九点の夕方を動詞で数え、朝の回と対にして読む。人のいない夕べも並べた。

室内、夕食後
クロード・モネ《室内、夕食後》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

ランプの下に、器が三つ残っている

夕方の部屋の絵である。

天井から吊られたランプに、火が入っている。

笠の下のふくらみが、白く光っている。

丸い食卓の上は、あらかた片づいている。

残っているのは、受け皿つきの器が三つだけである。

手前には椅子が二脚、こちらへ背を向けて並ぶ。

一脚は引かれたまま、誰も座っていない。

女が一人、卓の向こうで手元の白い布に針を入れている。

背中を見せた男が、その向かいに掛けている。

右奥では、暖炉にもたれた男が立ったまま話している。

炉の中では、薪がまだ赤い。

壁の花模様は、暗がりに沈みかけている。

光っているのは、ランプと、卓の面と、白い布だけである。

窓は描かれていない。

外の空は、一片も見えない。

それでも、これが夕方だと分かる。

室内、夕食後
クロード・モネ《室内、夕食後》1868年から1869年。館の記録では、油彩・カンヴァス。50.2×65.4センチ。額を含めて76.4×93.4×7.6センチ。番号は1983.1.26。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。クロード・モネ《室内、夕食後》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

題は《室内、夕食後》という。

時刻の名が、行いの名で言い換えられている。

夕食のあと、という言い方は、日没から何分たったかを指さない。

その家で食事が済んだ、という目印があるだけである。

この題は、空ではなく食卓を基準にして、時を呼んでいる。

館の記録に、この絵の解説の文はない。

書いてあるのは、1868年から1869年という年と、寸法と、来歴だけである。

来歴の欄には、収集家夫妻の名が並ぶ。

横は65.4センチで、手元に置いて眺めるくらいの大きさである。

壁に掛けて大勢で見るための大画面ではない。

一つの家の、一つの晩がおさまる寸法である。

左下の隅には、署名がある。

画家が二十八のころの作である。

さて、朝の回で、朝は画面から確かめにくいと数えた。

朝の絵は、題の行に朝を預けていた。

では夕方はどうか。

この絵の答えは、はっきりしている。

移動をやめ、火を囲み、水をやる。

夕方は、空の色ではなく、人の行動に写る。

夕方の空の色については、夕方は空の色だけで示すという回が既にある。

今回はだから、色ではなく行動を数えたい。

夕方の絵の中で、人は何をしているのか。

日本語には、たそがれという語もある。

「誰そ彼」、つまり、あれは誰かと問う時刻が語源だと言われる。

顔の見分けがつかなくなるほど暗い、という時間の定義である。

光の量ではなく、人に起きることで時刻を呼ぶ。

夕方の絵も、同じやり方で夕方を示すのではないか。

九点で確かめてみる。

帰る人と、帰りそびれた人

夕方の行動の筆頭は、帰ることである。

春の夕べに帰る農夫たち
陶泓《春の夕べに帰る農夫たち》17世紀はじめ。館の記録では、絹に墨と彩色の画帖の一葉。24.5×26.7センチ。番号は1999.223。クリーヴランド美術館蔵。陶泓《春の夕べに帰る農夫たち》クリーヴランド美術館蔵

絹の地は、飴色に焼けている。

四百年分の時間の色である。

その中を、浅い流れに沿って農夫たちが歩いている。

木々の枝は、まだ半ば裸である。

鍬をかつぎ、家のほうへ向かう。

題のとおり、野良仕事からの帰り道である。

館の記録では、作者の陶泓は今日ではほとんど知られていない画家だという。

だが、読み込まれた細部は多い。

浅い流れと、まだ水を張らない田。

芽吹きはじめた緑の点々。

そして、ねぐらへ帰る鳥。

これらがみな、農作業の始まる季節と、実りへの期待を示すと記録は読む。

人だけでなく、鳥まで帰り道にいる。

夕方は、画面の全員が同じ方向へ動く時間である。

朝の出がけなら、人はてんでな方向へ散ってゆく。

帰りは、方向がそろう。

そろった向きが、時刻の矢印になる。

この一葉には、対になるもう一葉があることも記録に書かれている。

そちらは竹林に鶴が一羽立つだけの、より詩的な画面だという。

働く夕べと、静かな夕べ。

画帖は、二種類の夕方を持っていた。

帰るはずの時間に帰れない人々も、絵になっている。

マンスフィールド山で日暮れを迎えた一行
ジェローム・B・トンプソン《マンスフィールド山で日暮れを迎えた一行》1858年。館の記録では、布に油彩。96.5×160.3センチ。番号は69.182。メトロポリタン美術館蔵。ジェローム・B・トンプソン《マンスフィールド山で日暮れを迎えた一行》メトロポリタン美術館蔵

岩がちの山の頂に、男女の一行が腰を下ろしている。

敷物が広げられ、籠のようなものが置かれている。

眼下には谷がかすみ、遠くの空だけが夕焼けの色になっている。

人の群れは、画面の右下の隅に寄せられている。

残りの大部分は、山と空である。

人の小ささが、そのまま帰り道の長さに見える。

岩の上には、女たちのスカートの色が点々と散っている。

行楽の華やかさと、日暮れの薄暗さが、一枚の中で入れ替わりつつある。

一人が立ち上がり、遠くを指している。

題は《マンスフィールド山で日暮れを迎えた一行》である。

英語の題の最初の語は「遅れた」を意味する。

行楽の一行が、山の上で日暮れに追いつかれたのである。

この作品の記録は短く、場面の説明はない。

だが、題の一語が物語の全部を引き受けている。

彼らはこれから、暗くなる山道を下りなければならない。

指の先にあるのは、眺めではなく、帰り道だと考えられる。

行楽の絵に、帰りの心配を描き込む。

1858年のアメリカで、山登りはまだ新しい遊びだった。

遊びの絵のはずが、題の一語で、小さな冒険の絵になっている。

夕方の絵の緊張は、帰れるかどうかの緊張である。

夕食の支度と、灯りの下の仕事

家に帰り着いた人には、次の行動が待っている。