作品を知る

夕方は、空の色だけで示す——欧米の風景画・版画ほか九点

夕方を描くとき、時計は描けない。空の色を変えるしかない。橙、赤、紫、そして灰。九点で、夕暮れの色の幅を並べたい。地上を暗くすると、空の明るさが際立つ。同じ橙でも、朝と夕で使い方が変わる。九点で、その差も確かめたい。

赤い夕日
アルヒープ・クインジ《赤い夕日》メトロポリタン美術館蔵

空が、横縞になる

前の回で、月を見た。

月は円だった。

今回は夕暮れである。

夕暮れの空には、決まった形がない。

代わりに、色の帯が横に並ぶ。

地平線に近いほど暖かく、上へ行くほど冷たい。

橙、黄、桃、そして青。

その並びが、夕暮れの合図になる。

九点を並べて、その帯の作り方を見比べたい。

そして、色を使わずに夕暮れを描いた例も見たい。

赤い夕日
アルヒープ・クインジ《赤い夕日》1905年から08年。館の記録では、布に油彩。134.6×188センチ。番号は1974.100。メトロポリタン美術館蔵。アルヒープ・クインジ《赤い夕日》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、いちばん大きい。

幅が一メートル八十八センチある。

画面のほとんどが、空である。

上端は暗い褐色。

そこから下へ、橙が濃くなっていく。

中央あたりで、最も明るい黄橙になる。

その中に、大きな雲の塊がある。

暗い紫褐色で、輪郭が丸く盛り上がる。

その雲の下端に、赤い円が見える。

太陽である。

輪郭がぼやけ、まわりが強く光る。

雲の下は、水平の帯である。

赤い光が、水面に映る。

いちばん下は、暗い地面。

低い草の影が、点々と並ぶ。

太陽を、直接描く

九点のうち、太陽の円が見えるのはこの一点だけである。

そして、その円は小さい。

画面の幅の二十分の一もない。

しかし、いちばん明るい。

まわりが橙で、その中心だけが赤く光る。

第十回で、月の円について書いた。

月は、まわりより明るい円だった。

太陽は、それより強い。

直接見ると目が痛むほどの明るさである。

絵具では、その明るさは出せない。

だから、まわりを暗くする。

雲を暗い紫褐色にして、そのすぐ下に太陽を置く。

その対比で、明るさを作っている。

空の色は、短い時間しか続かない

夕暮れの空は、数分で変わる。

太陽が沈むにつれ、色の帯が下へ動く。

そして、上から順に暗くなる。

つまり、一枚の絵に描かれた空は、ある一瞬の状態である。

その一瞬を、どう決めるか。

九点を見ると、選ばれた瞬間が違う。

太陽がまだ見えている段階が一点。

太陽が沈んだ直後が三点。

さらに暗くなり、空だけが明るい段階が二点。

そして、時刻が判別できないものが三点。

もっとも、油彩でこの一瞬を写生するのは難しい。

色が変わりきる前に、描き終わらない。

だから、多くは記憶と観察を組み合わせて室内で仕上げる。

第五回で、写生と構成の違いについて書いた。

夕暮れの絵は、そのほとんどが構成されたものである。

見たままではなく、見た記憶を組み立てている。

そして、そのことが、空の色をより整った縞にしている。

実際の空は、もっと不規則である。

色の帯を、数える

この一点の空を、上から下へ数えたい。

暗い褐色。

橙。

明るい黄橙。

赤。

そして、また暗い地面。

五段である。

実際の夕暮れの空も、こうなる。

太陽の近くが最も明るく暖かい。

そこから離れるほど、暗く冷たくなる。

そして、地平線の下は暗い。

つまり、夕暮れの空は同心円状ではなく、横縞に見える。

太陽が地平線に近いからである。

九点の多くが、この横縞を持っている。

国会議事堂、日没
クロード・モネ《国会議事堂、日没》1903年。館の記録では、布に油彩。81.3×92.5センチ。額を含めて107×117.5×8.8センチ。番号は1963.10.48。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。クロード・モネ《国会議事堂、日没》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

第三回でも、この画家の別の一点を読んだ。

そちらは霧の橋だった。

こちらも霧である。

画面の中央に、建物の輪郭が浮かぶ。

尖った塔が三本ほど立つ。

いずれも、青紫の影として描かれる。

細部はまったくない。

窓も、壁の質感もない。

そのまわりの空は、橙と桃色である。

筆の跡が短く、細かい点として並ぶ。

下半分は、水面である。

空の色が、そのまま映る。

そして、水面の中央に、光の帯が縦に伸びる。

太陽の反射だろう。

太陽そのものは、見えない。

逆光では、すべてが影になる

夕暮れに、太陽のほうを向いて立つ。

すると、あいだにあるものはすべて暗くなる。

光を背にしているからである。

この一点でも、建物が一様な青紫である。

塔の形しか分からない。

第六回で、遠い山が空の色に近づくと書いた。

逆光では、逆のことが起きる。

近いものまで、影になる。

そして、色を失う。

つまり、逆光の絵では、形だけが残る。

第一回で、人の大きさについて書いた。

逆光の人物は、輪郭だけになる。

それでも人と分かる。

輪郭が持つ情報は、思ったより多い。

色を刷り分ける

神奈川宿の夕景
歌川広重《神奈川宿の夕景》1833年から34年ごろ。館の記録では、木版画、紙本着色。24.1×35.6センチ。番号はJP474。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《神奈川宿の夕景》メトロポリタン美術館蔵

第四回でも、同じ地名の別の版画を読んだ。

構図がよく似ている。

画面の右に、坂道と町並み。

建物が斜めに並び、屋根が段々に重なる。

道には、人が数人歩く。

左は、海である。

濃い藍から、水色へ。

上へ行くほど淡くなる。

そこに、帆をたたんだ船が二艘。

手前の一艘は、大きい。

そして、海と空の境に、橙の帯がある。

細く、水平に伸びる。

その上は、白と水色。

さらに上端に、青い帯。

左上に、青い雲の形と、題箋。

ぼかしという技法

版画で色の帯を作るには、二通りある。

一つは、色ごとに版木を分けて刷る。

境目がはっきり出る。

もう一つは、一枚の版木の上で、絵具を濃淡に置く。

刷ると、濃いところから薄いところへ、なだらかに変わる。

この一点の海が、その方法である。

上が濃く、下が淡い。

境目がない。

そして、空の橙の帯も、同じである。

上へ向かって薄れていく。

この技法があるおかげで、版画でも夕暮れが描ける。

第九回で、版画の雪が一様な白になると書いた。

濃淡を付けられるのは、この技法があるからである。

そして、この濃淡は刷るたびに変わる。

絵具の置き方が、毎回同じにはならない。

だから、同じ版木から刷った版画でも、空の色が違うことがある。

第十五回で扱った、複製と反復の問題がここにも現れる。