画家を知る

花だけを、四十三年——ファンタン=ラトゥールの静物

最後の一点——三色すみれ

三色すみれ
アンリ・ファンタン=ラトゥール《三色すみれ》1903年。油彩・画布。縦22.9センチ、横28.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。アンリ・ファンタン=ラトゥール《三色すみれ》メトロポリタン美術館蔵

当サイトの公開分では最も遅い一点である。

小さな画面に、三色すみれが群れている。

花は黄と濃紫。花弁の中心に黒い斑がある。

葉は暗緑で、輪郭がぼやけている。

器は見えない。低い鉢か、地面に置かれた状態だろう。

背景は暗く、上部が茶褐色に沈む。

右下に署名がある。

筆は柔らかく、輪郭が溶けている。

初期の食卓の絵と比べると、形の輪郭が緩んでいる。

器を省くという判断

器の有無について、少し考えておきたい。

静物画では、器は主題を支える台である。

花を立たせ、果物を集め、画面に垂直の要素を与える。

その器を省くと、画面は水平の広がりだけになる。

薔薇を卓に直接置いた一点では、そのぶん花の量感が前に出る。

つまり器を省くのは、主題を花そのものに絞る操作である。

同じ画家が、器のある絵と器のない絵の両方を作っている。

構成の選択肢を、意識的に使い分けていたことになる。

四十三年で、何が変わったか

年代順に並べると、変化と不変が見える。

変わったもの。輪郭の硬さである。

1860年の器は縁がはっきりし、1903年の花は縁が溶けている。

そして色数。初期は白と黒に近い構成で、後年は色が増える。

変わらなかったもの。構成の骨格である。

卓の水平線、平らな背景、光は左上から。

この三つは、四十年を通じてほとんど変わらない。

つまり画家は、枠を固定して中身だけを替えていた。

花の絵は、売れる商品だった

商売の面も書いておきたい。

19世紀後半、花の静物画には安定した需要があった。

家庭の壁に飾りやすく、主題に説明が要らない。

この画家の花の絵は、とくにイギリスの収集家に売られたと説明される。

つまり生活を支えたのは花の絵だった。

同時代の画家が肖像や風景で生計を立てたのと同じ関係である。

商売として成立する主題を選び、その中で質を上げる。

反復は、経済の条件と技術の追求が重なった結果でもある。

イギリスの市場

販路についても触れておきたい。

この画家の花の絵は、主にイギリスで売られたと説明される。

19世紀後半のイギリスでは、家庭に飾る絵の市場が育っていた。

フランスの官展では静物の評価が低いが、海の向こうでは需要がある。

つまり市場を国外に見つけたことになる。

そのため、国内での知名度と実際の生産量が釣り合わない。

作品が海外に流れたため、後世の収蔵先も英米に多い。

当サイトの公開分がアメリカの二館から来ているのも、その結果である。

作品の所在は、当時の販路の記録でもある。

見立て——枠を固定すると、細部が見える

まとめておきたい。

同じ主題を繰り返すことには、明確な利点がある。

条件が固定されると、変化が見えるようになる。

卓の位置と光の向きを変えなければ、花の違いだけが問題になる。

つまり反復は、比較の装置である。

同じ場所を繰り返し描いた風景画家と、考え方が同じである。

その事情は別のコラムでも扱った。

そして四十年続けたことで、この画家の名前は花と結びついた。

主題を絞ることは、記憶されやすさにもつながっている。

群像の肖像も描いている

主題の幅にも触れておきたい。

この画家は、詩人や音楽家の群像肖像も描いている。

同時代の芸術家を並べ、記念写真のように配した作品である。

つまり静物専門の画家ではない。

しかし当サイトの公開分は、ほぼ静物と自画像である。

群像の大作は公共の施設に収まり、動きにくい。

だから公開画像として見られるのは、市場に出た小品が中心になる。

私たちが見ている画家像は、流通の形をしている。

その偏りは、他の画家にも当てはまる。

卓の高さと、視点

視点についても書いておきたい。

この画家の静物では、卓の面がわずかに見える程度の高さから描かれている。

つまり座って卓を見る位置である。

真上から見下ろせば、皿と卓の面が大きく見える。

真横から見れば、卓の面は線になる。

その中間を選ぶことで、器の形と卓の広がりの両方が示される。

視点の高さは、静物画で最初に決める条件である。

暮らしへ——同じ場所で、花を月に一度撮る

最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。

家の同じ場所に花を置き、月に一度撮ってみてほしい。

置き場所、光の向き、背景を変えない。

季節ごとに花だけが変わる。

一年たつと、十二枚の比較の組ができる。

枠を固定すると、中身の違いがよく見える。

四十三年続けた画家がやっていたのは、この積み重ねである。

飾るときは、小さな静物は目の高さより少し下に掛けるとよい。

卓の上の物を見下ろす角度に合う。

もう一つ。背景の色を変えて撮ってみるのも面白い。

白い壁、褐色の板、暗い布。同じ花でも印象が変わる。

背景の明度が、花の白さを決める。

静物画の画家が背景に手を入れ続けた理由が、体で分かる。

もう一つ。花が枯れるまで、同じ位置で撮り続けてみてほしい。

数日で形が崩れ、色が沈む。

同じ枠の中の変化が、いちばん分かりやすい記録になる。

群として見ると、変化が見える

最後に、見方をまとめておきたい。

23点を制作年で並べると、四十三年の変化が読める。

輪郭の硬さ、色数、背景の扱い。

同じ主題だからこそ、差が見えやすい。

主題を絞った画家は、群として見るのに向いている。

公開画像は、そのための道具である。

四十年分の作品を、年代順に一画面へ並べられる。

実際の美術館では、離れた部屋に分かれて掛かっている。

時間の流れを一望する作業は、画像の側で行うしかない。

RELATEDあわせて読みたい

画家を知るの記事一覧